勝敗の行方(2)
閉じたまぶたが再び開くと、いつの間にか荷車の上に仰向けの姿勢で乗せられていた。馬2頭がゆっくり引っ張っていた。行き先は首都コアの病院施設だろう。
リューゾの遺体を放置したままの別れはつらかったが、今後は生きている人間のことを優先して考えなければならない。頭の中で、亡くなった後輩に別れを告げた。同時に私の思考は、正常なはたらきを取り戻し始めた。
最初に考えたのは……ティータの安否でも他の魔法士たちの
おそらく影の王との戦闘に乗じて邪魔な存在を排除しようとしたのだろう。過去の投獄の件を含めて、卑劣な手段を用いた事実を口封じしたいというのが本音だろうか。私が持つ「魔法力」の高さが周囲の魔法士たちに広く評価され、心ならずも砲台役という人事配置をしたが、いずれ処分するつもりだったのかもしれない。
魔法や影の王とは全く関係ない
影の王に変化はあるのだろうか? 確認するまではどのような結果に落ち着いたのかわからない。なぜ、自分は助かったのか? なぜ、魔法士たちは全滅しなかったのか? 夜になっても答えは出なかったが、影の王の行方については同日の夕方に現れた、100年近く変わることのない姿をもって人間への回答となった。
生き残った魔法士たちは魔法研究所へ運び込まれ、元古城の各階で用意されたベッドの上に寝かせられた。簡素な環境だったが寝食が用意されているだけ幸せだ。私の
治癒の魔法弾によって回復できる怪我には限度があり、死者を生き返らせることができないのと同様、失った身体の部位を取り戻すことはできない。また「一度」に治せない負傷は翌日の魔法弾ではそれ以上快方に向かうことがなかった。魔法が決して奇跡の類いではないという一例だ。
私は両手の指先からひじにかけて
首都コアには病院がいくつかある。負傷者の収容に魔法研究所が用いられたのは、魔法士たちに付着した黒い物体が原因だった。
救助に向かった魔法士たちは知らなかったが、病院の関係者は黒い物体の正体が、影の子を形成する液体が凝固したものだと気づいていたようだ。実態を知ったときにはぞっとしたが、魔法研究所と懇意であったはずの病院が魔法士たちの入院を拒んだ理由らしい。
築かれた信頼関係にヒビが入るほどの敗戦。魔法研究所の権威は
傷が
今まで治療を受けていたのは魔法研究所の2階らしい。幅広の大階段を1階へ降りると、大広間はベッドで埋め尽くされていた。全身のほとんどを包帯に巻かれ、未だ満足に身体を動かせない者ばかりだ。自分が極めて軽傷で済んだ部類であることを実感した。
魔法研究所の正門扉の外には木製の大きな掲示板が外に向かって
「戦死者・行方不明者総数424名、重傷者210名、軽傷者ほか8名」
掲示板に列挙された中から自分の名前を探した。苗字の順に並べられた名前は故郷を同じくする人間を探し出すことに繋がる。分類が同じであれば、自分とティータの名前は並んで表記されているはずだ。ほどなく重傷者の欄に「アキム・ミヤザワ」の名称を見つけることができた。心臓の鼓動がひとつ脈打つたびに早くなるのを感じながら、下の行へ視線を移動した。
ティータ・ミヤザワ……幼なじみの名前が自分と同じ重傷者の欄に掲載されていた。見間違えではない。みかん色の髪をした幼なじみは生きている! 私は一旦飛び上がったあと動力を失った
幸運を神に感謝した。彼女が収容されたのは魔法研究所の近くにある大きな病院らしい。腹の底から
まず戦死者・行方不明者の欄を上から確認した。知っている名前がいくつも挙がっている。
レッドベース・コア。首都生まれの先輩の名前を目にした。何度も間違いではないか確認し、うなだれつつ理解した。赤髪の長身魔法士で世話好きの先輩は戦死した……。第3部隊の砲台役として
最後まで目を通すと、なんだか現実感に乏しい感覚に身を包まれた。掲示された名前の人物はこの世にいない。二度と会うこともない。文字で書かれた情報がにわかには信じられなかった。
勇敢に戦って散った者たちの
しばらく物思いにふけっていたが、気を取り直して重傷者の欄に目を移した。重傷者の数は戦死者の半分以下だ。
デスティン・コア……銀髪の魔法兵団長の名前を見つけた。収容先は、首都コアにある自宅らしい。ティータの近くにいて影の王と対峙する
軽傷者は8名。実質、戦闘に参加しなかった者たちだ。あるいは、
魔法士の治療を監督する職責の人間を探し、自分たちの最高責任者の所在を訊ねた。「心に深い傷を負い、療養中」とのことだった。生き残った魔法研究士たちは現在、後任者として高齢のジョースタックへ現場復帰を打診しているらしい。何とも釈然としない事態に喪失感が募る。
魔法研究所の将来は期待できないが……遠い未来の不幸を考えるより、すぐ先の
腕に巻かれた包帯を幾分か
故郷が同じだから、私の苗字はティータと同じミヤザワだ。診断書を見せて兄弟が見舞いに来たということにすれば、入り口を通してもらえるはずだ。つらつらと考えながら宿舎から送られてきた私服に袖を通す。右足のひざ下だけは包帯をほどくと黒い患部が露出してしまうため、大仰な包帯をしたまま靴を履かず出かけることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます