決戦への道のり(2)
空は明るいままだ。以前は内容の濃い会議のあと、日が暮れるまで魔法力を測定したこともあった。私は訓練を監督していた同輩の魔法研究生に挨拶して旧王城の扉の奥へ向かった。
多くの魔法研究生たちが外で鍛錬する間、上階では会議が進められている。エキスト魔法研究所長のほか、デスティン、レッドベース、そしてティータが肩を並べて来年の先制攻撃について検討しているのだろう。私は魔法弾を撃ち尽くした後に残る疲労など気に留めず、2階から人が下りてくるのを待った。
会議が終わるのをひたすら待つというのは不毛な行為にも思えたが、首尾良く顔を知っている人物のひとりと出会うことができた。赤髪の長身魔法士が階段の上に現れたのだ。
「おう、アキムか……。会議は終わったぞ」
魔法研究士のレッドベースだ。26歳となった4歳年上の男は魔法具の研究に加えて、昨年から魔法研究生たちへの指導を兼任していた。本業でも非凡な実績を挙げており、周囲からの信頼は厚い。
「レッドベース先輩。改めてですが、ありがとうございました」
「……ん? 魔法研究生に戻ったことか? よせよ、礼を言われることじゃない」
「先日、正式に罪を償い終わった旨をエキスト魔法研究所長より拝聴しました。先輩の口添えがあったからだと伺っています」
「ウソにウソを重ねた
誓約か……投獄した件を口外しないということだろう。味方もツテもない自分が騒いだところで誰かが助けてくれるわけでもない。どこか私は誤解されている節があるようだ。
「それより、まったくだ。魔法研究会議が聞いてあきれる。内容の半分が世間話だったよ」
赤髪の魔法士は肩をすくめつつ階下へ降りる。片手を振って同行するよう合図すると話を続けた。
「すでに先月……1月の時点で来年、影の王へ攻撃する計画は整っていたんだ。だから、今日は名目上会議のフリをしただけ。そこで何の話が出たと思う? 俺のプライベートだよ」
赤い髪をかき上げ、うんざりした表情を浮かべる。
「26歳になったんだから、そろそろ身を固めたらどうだ……なんだと。数年後にはみんな死んじまうかもしれないってのに、茶化すにもほどがあるってもんだ」
「先輩には、結婚する予定の相手がいらっしゃるんですか?」
「相手か……。いるか、いないか……と聞かれると困るな。逆に複数いてひとりに決めるのが面倒なんだよ」
よく気配りする人間は異性にも好かれるのだな。赤髪の先輩を見ていて嫌味に感じることなく素直に感心する。
「ところで、魔法研究生に復帰したアキムに聞きたいと思っていることがあるんだが……少し話なんかどうだ?」
先輩に
「大規模演習を見学したらしいが、今の魔法兵団の陣形を見てどう思う?」
レッドベースは投獄されていた男に対して
「役に立たない教科書に載っていた内容を引用してもよろしいですか?」
「ああ……でなければ、わざわざアキムに
ならば遠慮はいらないだろう。大きく息を吸い込み、昔より若干頬がこけて大人びた先輩の顔を覗き込んだ。
「離散数学で動くコンピューターの分野です。異世界ではコンピューターの新機能を実装するC言語という名の基本的な手続きに『変数』と『配列』があると、以前に話しました。連結魔法弾のきっかけです。今度は
「またソフトウェアか?」
「……そうです。かつて魔法士たちが個人単位で魔法弾を操っていた時は、各自ばらばらに行動していました。私が発表した『配列』による連結魔法弾は、一撃の威力を上げるヒントになりましたが、魔法士が複雑に連携するまでには至りませんでした」
一呼吸置き、頭を整理しながら説明を続けた。
「しかし、聖弓魔法兵団は40名の魔法士で構成される1部隊の『構造体』が複数集まったものです。『構造体』は配列と異なり、
新しい言葉を用いるため、相手の表情に注意した。
「構造体である1部隊内の魔法士が連携して集約した魔法弾を発射します。1部隊は砲弾役を務める2名の魔法士、魔法弾を生成し送り届ける18名、彼らが負傷したときに回復させる補助役20名のメンバーで構成されています。『メンバー』という言葉は、偶然にも構造体が内部で保持している
「ほぅ……」
レッドベースの眼が興味深げに輝いた。
「1部隊に相当する『構造体』内の問題解決と、外部の問題である部隊数の増加。両者は別々に考えることができます。来年、影の王へ攻撃を仕掛ける場合、既存の完成された連携を維持したまま戦力増強できるのは最大の長所です」
聞き入っていた赤髪の先輩は、前髪の先端を右手の指先でひと撫でした。
「なるほど……面白い。自分たちで作ったものだが、改めて客観的に評価されると自信が沸いてくるな。俺が作った魔法具も浮かばれるというものだ」
私は
「刻印を施した魔法具についてですが、遠慮なく申し上げます……。複数の砲台役から発射される強力な一撃の源である、魔法弾を遠隔から供給する機能は、聖弓魔法兵団の中核です。送り主側は手袋に描かれた刻印の下部、受け取り側はローブの背中に描かれた六芒星の中央に番号を追加し、送受信の相手を限定する方法は、魔法弾の混線を防ぐために編み出した二つとないアイディアだと思います」
少し言いよどみつつ続ける。
「ただ……現状、番号は増え続け、魔法士の数とほぼ同数の
レッドベースの表情が曇った。
「俺の担当する分野が弱点になるかもしれないということか……」
険しく
「いえ、改善する余地がまだ残っていると言っただけです。レッドベース先輩でしたら、問題を解決することも簡単でしょう」
「治癒の魔法弾に番号を追加するというアイディアは混戦でも照準を違えない
ため息をつき、赤髪の先輩は眉間にしわを作ったまま、頭の後ろに手を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。厳しい眼差しが私の後ろの空間へ向けられていた。しばらく周囲を沈黙が包む。いくら待っても表情を崩すことはなかった。天井から下りる冷えた空気が石造りの壁を覆い尽くすまで先輩は黙っていた。
「……まあ、良い話が聞けたと言っておこう、さすがアキムだ。手間をかけたな」
レッドベースは椅子から立ち上がり、私の肩をぽんと叩いた。
私も続いて席を立ち、先輩に軽く一礼してから大階段の方角へ足を向けた。
「ティータなら、しばらくは降りてこないぞ」
世話好きな赤髪の長身魔法士から声をかけられた。仕方がない、今日は宿舎に戻ることにするか。数週間後に次の大規模演習が予定されている。平時に会えなくなった彼女とはそこで必ず顔を合わせるはずだ。鈍感な自分のせいで、一度は遠くへ離れてしまった幼なじみの背中を何とか守ってやりたい……。
◇欄外◇【ポインタとリスト構造について】
レッドベースが作り上げた
魔法弾を供給する魔法士は、他の魔法士から自身の番号を受け渡し先に指定されるのと同時に次の魔法士の番号へ魔法弾を送ります。後ろの魔法士からポインタで指定され、次の魔法士をポインタで指定する……このようなポインタで繋ぎ合わせたデータの集まりのことを「リスト構造」と呼びます。長所は増員や欠員が生じた際に、ポインタを変更するだけで魔法弾を供給する経路を維持できることです。
C言語などで主に用いられるリスト構造は、自身の前だけでなく後ろのデータを指すポインタも加え、前後2方向のポインタを持ったデータの集まりを指します。聖弓魔法兵団の例を単方向リストと呼ぶのに対し、こちらは双方向リストと呼びます。双方向にする理由はポインタの値を変更する際の手間によるものです。ここではポインタを変更すれば、データそのものを移動させずに順序を維持できるという長所までに留めておきます。単方向リストについては、「魔法弾」の動きに沿って聖弓魔法兵団の動きを追うとイメージが沸いてくるかもしれません。
聖弓魔法兵団は「構造体」で部隊を管理し、ポインタによって魔法弾を送受信するプログラムのような存在です。ただし、ポインタは複雑に絡み合うと危険な事故の原因にもなります。物語内で、アキムは大量のポインタがもたらす巨大システムの問題点を指摘したのです。
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