Ver2.3 決戦への道のり

決戦への道のり(1)

 魔法暦93年2月20日、大規模演習を見学してから4ヶ月――


「過去100年にわたる魔法研究の成果はついに究極の域へのぼりつめた」


 魔法研究所の1階大広間にてエキスト魔法研究所長は演説を始めた。研究所に入りきらないほど集まった研究生たちは、上気して彼の言葉に耳を傾ける。私も聴衆の一員だ。


「影の子との戦闘はもはや児戯に等しい。敵は奴等の首領であるのみだ」


 おお、とざわめく声が石造りの壁を震わせた。


「魔法暦100年10月10日、『運命の日』まで影の王は姿を現さないと言われているが、我々は知っている。黄昏時にわずかではあるが黒い球体が実体化することを……」


 エキスト所長の目が大きく見開いた。


「影の王を観察し続けた斥候せっこうからの報告では、黄昏の折、必ず球体から表面を覆う液体の一部を地上へ落としているらしい。影の王は完全に未来まで封印されたわけではない。奴から流れ落ちた一部が影の子となり、多くの人間が犠牲になった。私は命を落とした者たちに哀悼の意を表すとともに反撃の機会をうかがっていた。黄昏時の実体化を逆に考える。今度は我々が『運命の日』より先に影の王へ攻撃を加える。1年のうち最も色濃く姿を実体化させる10月10日、聖弓魔法兵団の力で先制攻撃を実施する」


 再びざわめく魔法士たち。とはいえ、今度は当惑の声も多かった。


 魔法研究所長の話では、1年で10月10日に限り、影の王は実物に近い姿をさらす。遠目ではわずかな差異を感じることがあっても、光の加減と判断されてきた。姿のみならず大量の影の子を産み落とすのも同じ日らしい。斥候を務める魔法士からの貴重な報告だが、影の王については不明な点が多すぎる。


「私から提案がございます!」


 銀髪の青年が大広間の奥、演壇に立つエキストの下から声をあげた。


「聖弓魔法兵団長のデスティンです。おそれながら、『影の王』の戦力はいまだ不明です。影の子を基準にすることははなは心許こころもとない。現時点では勝算を量ることができません。しかし、1年以上の猶予をいただければ、戦力400名の魔法兵団を600名以上に増員し、さらなる魔法士の訓練をもって、何者にも負けぬ力を蓄えることができましょう。魔法研究が究極の域へ達したとのエキスト魔法研究所長のご見解、お間違えではございません。ならば魔法暦100年を待とうが待つまいが同じこと。相手が完全に復活を遂げる前に叩くことこそ上策。完璧なる魔法兵の力をもって、翌94年を影の王打倒の年といたしましょう。一刻も早く、レジスタ共和国の民に平和を確約することは私たちの使命です」


「賢明なる魔法兵団長の言う通りだ。準備期間を1年半設け、確実に『影の王』を撃退する計画を実行する。敵はの首領。用心しすぎるということはない。魔法士たちは国の財産だ。確実な勝算をもって、ひとりの犠牲者さえ出すことなく影の王を葬り去ろう」


 大広間は歓声につつまれ、聡明で思慮深い魔法研究所長へ畏敬いけいと賛辞の言葉が送られた。湧き上がった拍手に自分も加わっていた。早すぎはしないか……行動とは裏腹に言い様のない不安が全身を包む。私の視線は魔法士たちの最前列にいるであろうティータの姿を探していた。


 外連味けれんみのある演説が終わり、魔法研究士と一部の研究生たちは大階段を昇って2階へ消えた。残った魔法研究生たちは、外の演習場にて魔法弾を撃つ訓練が用意されている。


 10発、15発と魔法弾を繰り出す後輩たちに混じり、私はツギハギだらけの魔法具を懐から取り出した。右腕を上げ20メートル先、地面に刺さった等身大のくい目掛けて光の塊を放った。4年前の記録19発を超えてなお魔法弾は1分ごとに飛び出し続けた。


「26発っ!」


 計測していた魔法研究生が慄然りつぜんとした顔で叫んだ。研究所の2階で魔法力の高い者が別行動している状況で、あきらかに場違いな成績だ。魔法研究所全体で現在の最高記録はティータが主席で「41発」。デスティンが次いで30発だった。レッドベース先輩の25発は超えたようだ。魔法弾を撃ち尽くした症状が現れる。外壁と櫓の見える視界が左右に揺れだした。


 見たことのある体型が目と鼻の先に立っている。中腰の姿勢から相手の顔を見上げ、かつて自分に懐いていたリューゾであることに気づいた。姿勢を正して彼の顔を直視した。久しく会話することのなかった後輩へ気の利いた言葉のひとつも投げかけてやりたかったが……ずんぐりした男は逃げるように他の魔法士の後ろに隠れてしまった。


 投獄された人間と話すのを怖がっているのだろうか。それとも何か後ろめたいものを抱えているのか。私はいぶかしげな表情で、もう姿の見えない後輩がいた場所をじっと見据えた。


 単なる魔法研究生の撃ち出した魔法弾の数に対するどよめきはまだ残っていた。教会の尖塔で大規模演習を見学してから4ヶ月間、魔法弾について持っている知識を総動員して鍛錬した。知識と身体能力、才能と努力が重なれば、ある程度まで成長するのは当たり前のことだ。


 けれどティータは桁が違う。彼女の成長は幼少期からの誠実な努力によってつむがれたものだ。その華奢きゃしゃな身体を差し出して、自身が単独で所持する魔法力の2倍以上にもおよぶ魔法弾の集約を実現している。彼女を魔法研究の犠牲にしてはならない。説得できないまでも、改めて真剣に話をする機会が欲しかった。

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