聖弓魔法兵団(3)

 デスティンが声高こわだかに指示を送った。号令の続きだ。魔法士たちの緊張具合から見て、まだ何かあるのだろう。


 全部隊の後方から数名……魔法弾を砲台役まで供給していた1列9名いる魔法士の後方4名、一部隊につき8名が中央の部隊へ近づいていった。部隊ごと8メートルずつ間隔を開けていた聖弓魔法兵団の後ろ半分が中央へ密集する。離れた私の位置からは、凸状に魔法兵団の一部が変形するように見える。


 移動した供給役の魔法士が手袋をつけ替え、身体と手の向きを中央側にいる真横の魔法士の背中に合わせた。端から数えて全10部隊中、1から4部隊までは右、6から10部隊に所属する者は左を向いている。魔法兵団の中央、5番目の部隊の供給役18名に向けて、他の部隊から8名ずつが魔法弾を集約させているようだった。


 送り先である5番部隊の先頭には、みかん色の長髪ロングを風に揺らす女性魔法士が立っている。幼なじみの姿に間違いない。


 九つの部隊、総計72人分の魔法弾が中央の部隊へ収束していく。供給役の魔法士も5番部隊に限っては背中の刻印に強烈な光が宿り始めた。灰色の光、風の属性だ。ティータを先頭にした魔法士の列は、周囲から集めた魔法弾を砲台役の彼女へ送り始める。


 数が多すぎる……。にわかに解答までたどり着けない現状に困惑した。


 他の部隊72名に加えて5番部隊にいる18名から集まる魔法弾の数は総計90におよぶ。明らかに個人の魔法力を上回る。魔法兵たちはひとりの魔法士のもとへ尋常ならざる魔法力を注ぎ込んでいた。


 ティータは後ろ姿しか見えなかったが、物怖じせず背中から流れ込む魔法弾の群れを受け入れた。彼女のローブの刻印が無彩色の太陽でも存在するかのように激しく輝く。灰色の光があふれて白と黒、モノトーンの世界を背後にいる魔法士たちの周囲に張り巡らせた。


 彼女は右腕の手首を左手で支えて固定し、右の手のひらを前方へ向け、じっと集中していた。そして――


 耳を切り裂かんばかりの高音が周囲にこだました。内耳ないじに痛みを感じた自分ですら距離を隔てた場所にいる。本人や周りにいる人間たちへの影響は計り知れない。


 彼女の手から飛び出した、幅30メートルはあろうかという光と煙の混合体が螺旋らせん状となり、帯とたとえるにはあまりに巨大な渦が水平に疾走した。横たわった巨大な竜巻は周囲の大気や地表のすべてを渦の中心へ吸い込み、瞬時に遥か彼方まで吹き飛ばした。


 大渦おおうずが通った大地はえぐれて深い堀となり、両端は堤防の如くめくれ上がる。地中の岩石が顔を出し、大草原だった場所は地上に果てしなく続く一筋の溝をつくった。


 渾身こんしんの破壊が終わり数秒間の静寂が周囲を包んだ。デスティンの高らかな号令が飛び、再び魔法士たちの時間を動かし始める。私は幼なじみの無事を願いながら、ただ魔法士の集団を見つめていた。監視役の2名も固唾かたずんで演習に見入っていた。隊列の先頭にいた女性魔法士は疲弊してうなだれていたが、すぐに姿勢を正して指示に従ったようだ。


 銀髪の魔法兵団長が手を上げ采配を振るう。魔法士たちの地面を踏み鳴らす音が晴れた空に吸い込まれた。演習内容は行軍の確認作業に入り、再び魔法弾が放たれることはなかった。私たちが毒気を抜かれたまま、その後1時間も経たずに大規模演習は終了した。




  

 幼なじみと会うことができたのは夕方になってからだった。魔法研究所から出てきた彼女の肩を、魔法士のローブの上からつかんで半ば強引に呼び止めた。


「ティータ……身体は大丈夫なのか?」


 みかん色の長髪ロングの毛先が風でふわりと浮かび上がった。重力に引かれて元の位置に戻り綺麗に長さを揃える。


「アキム、演習……見てたんだ。びっくりしたけど、正直うれしいかな。気にしてくれてるってだけで元気が出てくるもの。でも、わたしなら大丈夫。いつも訓練してるんだから」


「無事で良かった……けれど、個人の魔法力を超える大量の魔法弾を身体にためて撃ち出すなんて、たとえ上からの指示でも無茶苦茶だ」


 彼女は一瞬悲しそうな表情を浮かべた。一筋の冷たい風が吹き抜けていった。ティータは髪を整えることなく、りんとしたまなざしで厳しく私をにらみつけた。


「国中の人間の未来がかかってるの。影の王を倒さなくちゃ誰も生きていけない。魔法士のわたしに求められるのは魔法弾を撃つこと。わたしじゃなきゃ出来ないことなのよ!」


「集約した巨大な魔法弾を撃つことならデスティンにもできる。君が犠牲になってまで……」


 口から出掛かった言葉が急に止まった。


 私は馬鹿だ……。ティータは誠実な女性だが浅はかではない。身体にどんな影響が出るかわからない実験に従うほど愚かな選択をするはずがない。


 私はなぜ、自分に対する待遇が投獄されていた時期から一変したのか改めて考えた。彼女が掛け合ってくれたのだ。何の条件もなしに囚人が罪をまぬがれるわけがない。面倒なら周りに口止めしたまま永遠に牢獄へ放っておけば事足りる。あえて監視をつけてまで自由を与えられたのは、それに見合う取り引きがあったからだ。


「あなたのことだから気づいているかもしれないけど、理由はひとつだけじゃない。わたしだって魔法士として必要とされることに誇りを持っているの」


 彼女の矜持きょうじが鋭い視線となって私の甘さを射抜いた。個人の問題ではない。ティータは華奢な両肩に大きな責任を背負っているのだ。レジスタ共和国に住む人々の命、私の命、彼女の人生……あいまいな言葉で揺らぐ決意ではない。幼なじみの強い使命感を前に自分は無力だ。彼女を呆然と見つめる目がはなはだ情けなかった。


 その背後、赤く染まった黄昏たそがれの空はるか遠くに黒い月が姿を現していた。逃れられぬ運命を司る漆黒の球体……。眼前に立つティータの瞳は逆方向からの陽光を反射し、みかん色の髪は上空の深紅しんくと重なっていた。なまめかしくも激しい情景に思わず息を呑む。


「さよならアキム。今度はゆっくり話をしようね」


 ティータは買い出しに街へ出かける途中だったようだ。用件を済ませるためと告げ足早に姿を消した。残る香りが鼻腔びこうをくすぐる。以前かすかに漂っていた柑橘かんきつ系の甘い匂いではない、嗅いだことのない香水の匂いだった。街角は赤、紫へと色合いを急激に変えようとしている。私は押し黙るほかなかった。魔法研究所正門前に立ちすくんだまま、去りゆく彼女の背中をじっと見つめていた。

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