聖弓魔法兵団(2)

 後列10名の黄色がかったローブを着た魔法士たちが一斉に散開した。対照的な白いローブを着た前列10名の近くまで各人が対になるように移動し、辺りを点検する。作業が終了したのか先頭に合図を送った。


 白いローブの魔法士たちは右腕を胸の高さまで上げ、左手で手首を支えた。一列に並んでいる白亜はくあの魔法士ひとりひとりが、目の前2メートルほど離れた場所にいる別の魔法士の背中へ手のひらを向けて集中しはじめる。各部隊2列合計20名が隊列を崩さず先頭を向いていた。こちらから反対側、集団の最前列にいる魔法士が半拍置いて、背後の魔法士同様に右腕を上げた。


 1列の背後9名から受け取った魔法弾を、最前列の魔法士がの魔法力を加えて放つ。火球ではなかった――。私が4年前に披露した直進する炎の帯、赤い光条だ。


 10個の魔法弾を連結させた炎の光条は、1部隊から2本ずつ10部隊から一斉に放たれて都合20本を数えた。


 火をつけた弓矢など玩具に見えるほどの破壊力、貫通力の込められた赤い矢じりが何本も大草原をつらぬいた。地面に沿って直進する帯の数々は真っ赤な絨毯じゅうたんのように一帯を染め上げ、過ぎ去った後に残る残像は北方の世界に存在するというオーロラを連想させた。余韻に浸る暇なく遠隔の大地に連続して炎の柱と爆音が発生する。空気を震わす轟音が威力の大きさを物語っていた。


 炎が消えて数分が経過すると、今度は同じ隊列のままの属性を付加した魔法の帯が大草原の向こうへ放たれた。機関紙に載っていた、影の子を無傷で殲滅せんめつしたという魔法属性だ。


 炎のように派手な光彩はなく無色透明だが、竜巻を横にしたような風の渦が大草原を切り裂いて彼方へ消えゆくさまが目に映った。風の魔法弾が通った後の草地は黒く変色し、植物だった部分は塵芥じんかいとなって空中へ溶け込むように消滅した。


 私が数ヶ月前にいた現場でも魔法兵まほうへいが連携して魔法弾を放つ仕組みは完成していた。属性に関わらず最前列の魔法士は砲台の役目を果たす。2番目以降は彼らに魔法弾を送り込む。前者が「砲台役」、後者が「供給役」という関係だ。全員が同じイメージを共有しなければならないという問題は訓練によって解決している。


 集団で撃ち出す魔法弾の群れは聖弓魔法兵団せいきゅうまほうへいだんの名にふさわしい強力無比な遠距離攻撃を実現させた。破壊力は甚大であり、防ぐことの叶わぬ無敵の弓矢だ。例えば異国の軍隊と戦闘になった場合、相手にどのぐらい死傷者を出すかわからない。数百名の魔法士が数千もの敵兵を一瞬にして焼き尽くす様など考えたくもない。レジスタ共和国の「魔法兵」という名称が、魔法士の客観的価値を変えたのは疑いようの無い事実だ。





 デスティンが魔法士たちの背後から再び号令をかけた。言葉の仔細しさいまでわからないが、身振りから何か新しく指示を与えている。


 1部隊の砲台役――先頭2名のうち1名が距離をとって座り、前から2番目の供給役魔法士双方は残った1名の背中に向かって右手を突き出した。最前列の砲台役魔法士1名がゆっくり右腕を上げる。彼の背中の刻印が燃えるように赤く輝いた。


 短い静寂の直後だ。先刻を超える巨大な炎の光条が1部隊から1本ずつ、計10本の帯となって大草原を貫通し、遠方で弾けて爆発四散した。上空まで届こうとする噴煙、地鳴りと共に伝わる轟音。1部隊供給役18名の魔法弾をひとりの砲台役に集約して発射する強力な連結魔法弾だ。


 威力は先ほど撃ち出された火属性の矢と比べて2倍どころではない。形容する言葉が見つからない。過去には10名以下の魔法弾を集約した威力しか見たことがなかった。


 集約、連結した魔法弾を砲台役が放つためには、自ら多くの魔法弾を撃つ能力が不可欠だ。砲台役は魔法弾の「うつわ」である。うつわが不足していれば、魔法弾を発射できないか、放ったとしても効果が安定しない。最前列にいる魔法士たちは20発近い魔法弾を撃つだけの器、すなわち魔法力を有しているのだろう。


 ――いつの間にか塔の上から身体半分乗り出して、魔法演習を食い入るように見つめていた。次は同規模で放つ風の魔法弾だろうか。情報通りなら魔法研究所で最も強力な攻撃方法だろう。生唾をごくりと飲み込んで、魔法士たちの動作の機微を見守った。


 先頭の砲台役となっていた各部隊の魔法士が手袋をつけ替える。


 再び、隊列の2番目を除く魔法弾の供給役が、それぞれ手のひらを自分の前に立つ魔法士の背中へ向ける。火属性の時と同じく、2番目の魔法士は砲台役ひとりに1部隊全員の魔法弾を送るつもりだ。座った砲台役は待機したままだ。立っている砲台役魔法士が右腕を上げ、同時に背中の刻印が強く「灰色」に輝いた。


 甲高い音を轟かせながら、竜巻を横にした螺旋らせん状の風らしき透明の塊が、先頭の魔法士から撃ち出された。大気を歪める無彩色の渦が魔法兵団の前方へ10本飛び出した。


 螺旋状の渦は貫通力を持ち、大草原の生命を根こそぎ刈り取るように直進した。太さは1本5メートルほどだろう。風の魔法が通ったあとは緑の生命が消し飛び、乾いた土と岩肌がむきだしになった。実験場となった前方の草原は無機質な大地へ変貌を遂げた。


 白いローブをまとった魔法士たちは巨大な砲台へ魔法弾を供給する装置だった。一方で黄色がかったローブを着た者たちは、白亜の魔法士のそばで所在なく立ち尽くしていた。


 そのうち1名が指示を受けたのか、砲台の一部である魔法士へ手をかざし、土属性と思われる魔法弾を放った。被弾した側が手で会釈する。治癒の効果が発現したようだ。怪我しているように見えなかったので疲労回復といったところだろうか。


 周囲にいる魔法士たちは魔法弾の砲台役と供給役を支援する役回りなのだ。ふと気づいたのだが土属性を放った魔法士は後輩リューゾのようだ。小柄のずんぐりした体型に加えて動作がゆっくりなので記憶上の彼にぴたりと重なる。

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