Ver2.2 聖弓魔法兵団

聖弓魔法兵団(1)

 明くる朝、普段着のまま国立図書館へ向かった。少し肌寒かったのでマフラーを巻く。監視役の魔法士ふたりが後からついてくる。それとなく声をかけてみた。当然かもしれないが「役に立たない」教科書を読むことは禁じられていた。一方で国家の認可印がついている文献や、魔法研究所の公開情報を閲覧することは許された。温情に甘えて幾つかの文献や機関紙に食指を伸ばす。


 政府が発行している新聞は穏やかな見出しがおどっていた。


「今年も凶悪犯罪数ゼロ」


 レジスタ共和国は魔法暦に元号を改めてから人間同士のいさかいが激減し、最近にいたっては犯罪という言葉自体が忘却の彼方へ消えようとしている。終末思想にとりつかれて刹那せつな的快楽主義の悪党に身を落とすやからが出てきても不思議ではないが、現実に犯罪者は出ていない。むしろ投獄された自分が年度を代表する囚人と呼ばれる可能性だってある。


 新聞を元に戻すと、魔法研究所の機関紙を手にとって最新の成果を確認した。


「過去最大規模の影の子らを無傷で撃退!」


 見出しは先日の華々しい聖弓魔法兵団せいきゅうまほうへいだんの戦果で始まっていた。デスティンの言っていたとおり、魔法研究の成果を存分に示すことができたようだ。全くの無傷というのは多少脚色が加えられているかもしれないが、大怪我を負った者がいないのは確かだろう。


 興味深いのは詳細の部分に記された、「風」の属性が多大な効果を挙げたという一文だ。これまで常に効果を認められていたのは「火」の属性だった。生命活動を停止させる効果が影の子にも有効であるならば、8年後の魔法暦100年「運命の日」に待ち受ける影の王との決戦に大きな希望を持つことができる。


 投獄期間を含めて、私はしばらく魔法研究の最先端から遠ざかっている。無傷で撃退したという魔法弾がどのようなものか、直に目にしたいものだ。禁止されている身分で不謹慎かもしれないが、さっそく魔法研究の詳細へと興味が向かった。


 数週間は国立図書館へ通い、「役に立つ」文献の調達に専念した。監視の目が初日と比べて幾分か緩んだのを実感する。今なら魔法研究の演習を見学できるかもしれない。近々、大規模演習が実施されるとの噂を耳にした私は、街の出入り口のひとつである魔法研究所西側の静かな場所へ足を運んだ。


 目的地まで続いている城壁外側を西へ抜ける道は、かつてセグと魔法合成の実験をした後に彼を見送った記憶がある。腕利き職人とは手紙を中心に交友を続けていたが、投獄される際に途絶えてしまった。一応、息災であるという返事だけは受け取っていた。


 演習場所は首都西側の玄関口、石造りのアーチをくぐった外側だ。植物の繁茂はんも豊かな平原地帯は以前から魔法の演習に使われている。魔法研究へ関わるのを禁止された立場上、直接至近で見ることは許されないだろうから傍観できる高い場所がないか周囲を見渡した。


 鐘を吊るした教会らしき塔が付近で最も高い場所のようだ。私は演習当日に建物内部まで入る許可を得るため、敬虔けいけんな礼拝者を装いつつ監視ふたりを上手く言いくるめて、ひとり教会の扉を叩いた。神父は快く演習当日に塔へ入ることを許してくれた。事前準備は問題なく整えられたようだ。後は目的の日を待つだけだ……。





 魔法研究の大規模演習が実施される朝がやってきた。魔法研究所の1階はローブを着た魔法士でひしめきあい、正門扉は常に開放されたままになっていた。いずれ、収まりきらなくなった研究生が外で別途説明を受けるような日も来るだろう。私服姿の私は、買い物という名目で街の大通りへ繰り出す途中だった。視界の端に魔法研究所の様子を捉えると、過去にないほどの盛況振りから魔法研究が発展する未来を想像し、期待に胸を躍らせた。


 いったん宿舎に戻った私は身支度を整え、教会の尖塔せんとうまでおもむく。先ほど見た魔法研究所の正門前から城壁外側を西の街外れまで伸びる道は、じきにローブ姿の魔法士で埋まることだろう。


 教会の扉を開け、椅子を整頓していた神父に一礼してから建物の奥へと足を伸ばす。慌てて監視も後を追ってきたので、一緒に塔の上まで登るように誘った。


 季節は11月下旬の晩秋だ。涼しいより肌寒いといった風が首に巻いたマフラーを跳ね上げる。天気は快晴で視界は遥か国境の稜線を見渡すことができる。絶好の演習日和、見学日和である。


 塔の最上階は男が3人立つにはぎりぎりの広さだ。連れてきた2人と並び、狭い場所に詰め込んだ。互いに押し合うような体勢は、寒さを防ぐことにかけては格好の環境だ。監視役もさすがに私が演習を見学することに気づき始めたのだろう。後で何と報告するか、考えあぐねている様子だった。止めるタイミングは逸したようだが……。


 1時間も経たずに魔法士の一団が教会の前を通り過ぎていった。首都の敷地と平原との境い目である石のアーチをくぐり、広い場所で停止する。教会のある首都方向を正面に見据え、規則正しく整列し始める。ほどなくして「聖弓魔法兵団せいきゅうまほうへいだん」と呼ばれるローブ姿の集団ができあがった。


 上質な白亜はくあ色のローブをまとった縦10名の魔法士の後ろに、黄色にくすんだローブを着込んだ縦10名が並ぶ。1列縦20名が横に2列集まってひとつのグループを形づくる。軍隊なら一個小隊、一部隊と呼ばれる存在だろう。次々と部隊のグループは横へ広がっていき、隣の部隊と幅8メートルの間隔を空けていた。


 魔法兵団全体で、1部隊2列計40名のグループが横に10部隊並ぶ。壮麗でありながら迫力ある威圧感が周囲の空気を引き締める。聖弓魔法兵団は目を離していた数ヶ月で随分と洗練されていた。


 中央の列の先頭にはティータの姿が見える。隣の小隊の列はレッドベースが先頭に立っていた。2人とも各部隊をまとめる立場のようだ。私も不細工ながら小さな集団の指揮官めいた立場を務めたことがある。比較にならないほど彼らは毅然きぜんとして職務を全うしていた。


 魔法士たちの正面に魔法研究所長エキストと魔法兵団長デスティンが現れ、直立した。痩身の研究所長は以前と変わらぬ容貌で権威と自信をみなぎらせていた。ふたりとも白を基調とした、他より豪奢ごうしゃなデザインのローブを身につけている。


 号令が上がった。魔法士たちは一斉に動き始め、きびすを返し、こちらの反対方向へ100メートルほど遠く離れた場所まで駆け足で移動した。集団全体が首都や教会に背を向けた格好だ。


 1列の前10名が着ている白地に赤と青の直線ラインで装飾されたローブの背中には、幅30センチの大きな魔法の刻印が描かれている。円の内側に六芒星。レッドベースが今年初めに完成させたローブ用の魔法弾吸収の刻印だ。後ろ10名の黄色がかった方には付いていない。


 砲台役の魔法士まで魔法の力を受け渡すのに、今や互いの手をつなぐのではない。遠距離から対象となる魔法士の背中に向けて魔法弾を発射するのだ。遠隔送信の技術は完全に実用化された。かつて火傷を負った向こう見ずな魔法士のケースと異なり、魔法弾の経由に危険や衝撃はともなわない。






◇欄外◇【遠隔からメモリ内の場所を指し示す番号、ポインタ】


 聖弓魔法兵団せいきゅうまほうへいだんで用いられている、番号を使った遠隔の魔法士への魔法弾伝達の仕組みは、C言語プログラミング特有の機能「ポインタ」がモデルとなっています。例えば番号4の魔法士は「4」という数字で1や2や3などの番号をつけた魔法士と区別されます。


 C言語のポインタも番号でメモリの位置アドレスを指定し、他と区別します。指定した場所はデータの入れ物として扱うことができます。プログラマーはポインタを用いることで、配列のように並んだデータのみならず、メインメモリほとんどの領域をアドレス指定して利用できます。ポインタに格納されたアドレスを保存、管理しながら巨大なシステムを構築することが可能です。


 また、ポインタが指定するデータの中身をC言語で記述する場合、「*」(読み……アスタリスク)を用います。例えば「(ポインタ名)NO=4」の場合、中身は「*NO」と表現します。データの中身とは本編で言えば番号を背負った受け取り側の魔法士本人です。「*NO=100」のようにして中身に変更を加えます。ポインタ自体の数値はメインメモリ全体の位置番号ですから大きな値が入っています。桁数は多いですが、他と区別する番号以上の意味はありません。


 ポインタは便利ですが、メモリのデータを制限されることなく参照したり、書き換えたりすることが可能なため、プログラミングの記述ミスが強制終了などの大きな問題に発展することがあります。繊細な注意が求められます。

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