決戦への道のり(3)

 まだ低い太陽がたぎっていた――。


「勝手なことをしてもらっては困る。アキム! 君の持ち場は隣の部隊だ。勝手に行動するというのなら魔法兵団を出て行ってもらう!」


 聖弓魔法兵団長の怒号が鳴り響いた。苛立いらだちを充満させた声色は激しい嫌悪を示していた。


 魔法研究生に戻って1ヶ月、魔法暦93年3月の大規模演習……黄色がかったローブを着た私は初めて参加する場で叱責される過ちを犯した。


 事件は数分前にさかのぼる。本日、私が支給された手袋には1015という番号がつけられていた。10番部隊――正式には「第10部隊」に所属し、1部隊2列の右側、最前列から数えて5番目の魔法士に向かって魔法弾を送るという意味がこめられている。


 横2列に縦10人が並ぶ白亜の魔法士たちの左側ならば十の位は0、右側ならば1となる。一の位は砲台役が1、供給役には2から9、最後に0が割り振られている。


 私は支援役であり、魔法弾の受け渡しと集約には参加しない。背中に吸収の刻印もない。魔法具の種類は番号の該当者へ治癒の魔法弾を放つ一種類のみだ。……と言っても周囲に隠しつつ、黄色がかったローブの懐に支給品とは別の魔法具をしのばせていた。番号が施されていない手袋一式。火・氷・土・風からなる4属性の4枚だ。ティータに何かあった場合、遠隔ではなく直接背中の刻印に手を当てて回復するつもりでいた。


 第5部隊の先頭に立つ彼女の背中には501という番号が振られている。けれど、番号はあくまで遠隔から魔法弾を送り込む際の取り決めルールだ。手袋に番号が振られていなければ、直接吸収の刻印に触れて魔法弾を送ることができる。混線の原因となることもない。仕組みを理解している者に可能な裏技だ。


「第2陣形、直列魔法、火炎弾発射、構え!」


 第1陣形は1列のみ、第2陣形は1部隊の2列両方を示す。後ろから前へ一直線に魔法弾を送るため「直列魔法」と呼ばれている。第2陣形の直列魔法は1部隊の魔法力をひとりに集約して放つ連結魔法弾だ。向かって左側の砲台役魔法士が前方に狙いを定め、右側の砲台役魔法士が座って待機した。


 私の所属する第10部隊から強力な1本の赤い光条が飛び出し、彼方へと消えた。時間差でこちらまで届く大地を伝わる轟音。各部隊から炎の帯が合計10本放たれた。ティータひとりが砲台役となって放つ魔法は風属性のみに限定されており、火属性の連結魔法弾では最大規模だ。


 注意深く魔法弾の行方を観察していた私は異変に気づいた。隣の第9部隊の砲台役魔法士が手のひらをしきりに気にしている。注意を喚起する暇もなく再度、魔法兵団長から先刻と同じ魔法弾発射の命令が下された。


 ――放たれた炎の帯は9本のみ。第9部隊から魔法弾は出なかった。悲鳴が聞こえるのと同時に先頭の魔法士の手袋が頭部ほどもある炎に包まれた。支援役の魔法士が慌てて治癒の魔法を撃ち込むが、燃え盛る炎の前では意味を成さなかった。


 急いで飛び出した私は懐の手袋5枚を取り出し、氷属性の手袋を身につけた。右手から炎をあげて前のめりに倒れ込んだ魔法士のもとへ到着すると直ぐに、氷の魔法弾を放つ。


 数発の魔法弾を発射したあと鎮火を確認した。彼の焼け焦げた手袋を引きがして放り投げ、自分の右腕を隠し持っていた番号のない土属性の手袋につけ替えた。左手には魔法弾を吸収する手袋――。胸の前で左右の手のひらをあわせて集中し、右手を突き出して、焼けただれた腕を抱えてうずくまる男の背中に押しつけた。


 砲弾役の魔法士の右腕はひじのあたりから急激に蒸気がたちのぼり、火傷やけどが健康な真皮へと変わっていった。数分が経過していたが多少跡が残る程度で治療は成功したようだ。


「アキムっ!」


 デスティンが足音を鳴らし歩み寄ってきた。これが叱責を受けるまでの顛末てんまつだ。





「勝手なことをしてもらっては困る。アキム! 君の持ち場は隣の部隊だ。勝手に行動するというのなら魔法兵団を出て行ってもらう!」


 演習は一時中断となった。周囲の視線が一斉に私とデスティンに注がれた。


「アキム! 君が対処しなくても優秀な魔法士はほかにもいる。場合によっては、私自ら負傷者を介抱することもできた。ひとりの勝手な判断と行動によって、築き上げた魔法兵団の規律が大きく乱されたんだぞ!」


 持ち場に整列した魔法士たちは固唾かたずを飲んで見守っている。性懲しょうこりもなく馬鹿な男が罰を受けるようだと冷淡に判断する者……。人命救助を優先したひとりの人間を擁護する者……。本来わかるはずもない、正反対の心の声が当惑のまなざしとなって周囲から降り注いだ。


 また、とがめられるのだろうか……。


「まあ、待て」


 急ぐ様子もなく近づいてきたのは、魔法研究所長エキストだった。


「目先の人命救助のため、集団の不利益を省みず身体が勝手に動くというのは、いかにも未熟者らしい話だ。アキム研究生……君に聞きたいのだが、持ち場を離れた結果、本来守るべき魔法兵がその間に重傷を負ったとしよう。支援役がどう責任をとるつもりだったのかな?」


 反論する余地はない。


「私が間違っていました。立場をわきまえぬ行動お許しください」


 深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。見守る魔法士から安堵あんどのため息がもれたようだ。


 実のところ私はエキスト魔法研究所長の登場に感謝した。デスティンと口論に発展していたら今後演習への参加を禁じられてしまったかもしれない。痛みを知らない新入生だった頃とは違う。納得いかなくても周囲の会話や雰囲気を考慮してやり過ごす処世術は、不器用ながら身につけたつもりだ。


「本人も不細工なりに反省しているようだ。扱いにくい男だが、これから魔法士の増員をした折に似たような問題を抱えることがあるかもしれん。支援役にふさわしくない魔法具は全て取り上げるとして、一人前になるまで成長を見守る度量を発揮しても良いのではないか?」


 魔法研究所長の言葉を黙って聞いていたデスティンは、唇をゆがめながら目を閉じ、こちらを向いて再び口を開いた。


「アキム……今回の件は不問とする。関係者全員に謝罪するように」


 私は背筋を伸ばし魔法兵団長に頭を下げ、魔法士たちへ向き直って声を上げた。


「未熟であることをわきまえず、短慮で行動してしまいましたこと、深くお詫びいたします。己を律するべく努力して過ちを繰り返さないよう心掛けます。申し訳ございませんでした」


 再び姿勢正しく頭を下げた。これで場が収まるのなら安いものだ。


 デスティンは銀色の頭髪をかき上げて仕方ない、と肩をすくめた。一方で調停者のエキストは自分が意図した展開ではなかったのか、何か不満の残る表情を浮かべていた。

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