ささやかな黄金時代(4)

 魔法属性の合成は手袋の魔法具に依存する。セグから受け取った2枚は薄い生地で作られ、片手に重ねて身につけたときに刺繍ししゅうされた刻印部分の厚みで手袋の間に空洞ができないよう、素地そのものへ刻印の模様が織り込まれている。


 私は右手に2枚の手袋を順番にかぶせていった。


 内側……素手に取り付ける1枚目は、属性の無い魔法弾を放つ通常の魔法具だ。裏にある米粒ほどの大きさの刻印が、使役する魔法士から魔法力を引き出し、表の刻印より放出する。


 外側にかぶせる2枚目に限り、構造が他の魔法具と異なる。手のひらの布地の裏側には従来の物に記された米粒ほどの刻印ではなく、の刻印が施してある。表側についているのは放出の刻印だ。単体では魔法弾を放つことができないことから、外側の2枚目は装置と表現した方が正しいのかもしれない。


 1枚目から放出された無属性の魔法弾が2枚目の裏に吸収され、魔法属性を帯びた後に再び2枚目の表側から発射されることが、今日の実験を成功させる前提となる。


 魔法士単位で魔法弾の受け渡しができるのならば魔法具単位でも可能なはずだ。集団で魔法を放つ場合、複数人から無属性の魔法弾を集めた砲台役の魔法士が属性付加の魔法具を身につけて、後から4種類の属性をまとわせることに成功している。


 右手にかぶせた1枚目の手袋は魔法弾を集める役割を担い、2枚目は魔法弾に属性を付加して発射する役割を果たす。以前、試しに従来の手袋を無理やり重ね合わせたとき、すでに発動の兆候は見えていた。2枚の手袋を使っても魔法弾を発射する確証は得ている。


 合成にはもう一点、デスティンが発表した遠隔から魔法属性を発動させる理論が必要だ。


 2枚の手袋を身につけた魔法士の腕めがけて、別の魔法士が外から魔法弾を放つ。あらかじめ受け手の魔法士が1枚目の手袋で発生させた魔法弾は、外側にかぶせた2枚目の手袋を通るときに、遠隔から受け取った魔法弾を吸収して別途、新しい属性を帯びるだろう。


 距離を隔てた場所でも魔法の効果が発動することは発表されている。目算が確かならば、本日の実験で無属性の魔法弾が後から新しい属性を持つことまで明らかになるはずだ。そして複数の魔法属性を合成するには、この遠隔付与の仕組みを利用する。


 1枚目の手袋では無属性の魔法弾を生み出す。2枚目の手袋の内側から吸収された魔法弾は、同じ2枚目の外側に元から描かれた刻印の属性を帯びて再び発射されるまでの間に、外部から放たれた別の属性を受けて同時に2種類の魔法属性をまとう。魔法弾の属性を合成させる流れだ。


 デスティンの理論を用い、遠隔から魔法弾を受けて属性を追加することができるのか……。最終目的の合成まで可能なのか……。実験結果を分けて解析できるようにするため、外側にかぶせる手袋は無属性の魔法弾放出の刻印が入ったものと、火属性の魔法弾放出の刻印が入ったもの2種類を用意してもらった。


 先ほど身につけた1組2枚と荷物袋から取り出してもらった残りの1枚を加えた、合計3枚の新しい魔法具を短期間で製作したセグの腕前には恐れ入る。


 ――実験を始める前に大きく深呼吸した。


 最初にあらかじめ調べるのは、前提条件である2枚重ねの魔法具が正常に機能するかどうかだ。内側には無属性の魔法弾を放出する手袋を身につけたまま、外側は魔法弾を吸収して再び放出する手袋を無属性、火属性の刻印が入った順につけ替えて、異なる魔法弾を撃ち出す。


 ……いずれも成功した。無属性の刻印から光球が発生し、火属性の刻印から火球が飛び出した。魔法具を重ね合わせ、外側の手袋が無属性の魔法弾を吸収しての属性を付加し、再度発射できることが証明された。





 いよいよ本題である魔法属性の合成を試みる。最終目的は火属性に土属性を合成する。


 まず、遠隔から土属性の魔法弾を受け取って、自分が撃ち出そうとしている無属性の魔法弾に新たな属性を付加できるかどうか実験する。2枚重ねの外側には、魔法弾を吸収して無属性のまま放出する手袋をかぶせた。手を加えなければ無属性だが、土属性を外から与えられることで魔法具を属性付加できる状態へと変える。


「ティータ! 離れたところから、おれの右手めがけて土属性の魔法弾を撃ってみてくれ。発表のときに用いた手袋は持っているだろう?」


 みかん色の髪を束ねた魔法士は無言であごを引いた。


 彼女は私から10メートルほど離れて、右腕を胸の前に突き出し、手首を左手で支えた。目をつむって集中する。魔法弾を放つ所作だ。手袋の刻印が緑色に輝き、同色の光の塊が私の構えた右腕に向けて放たれた。こちらも魔法弾を撃つ体勢が整っている。目標を裏庭の隅にたたずむ1本の枯れ木に定めた。


 私の手袋が若草色の光に包まれた。ティータの発した魔法弾は見事に命中した。手のひらの刻印が同じ緑色に輝き……直後、土属性とおぼしき緑の光弾が飛び出した。


 新たな魔法弾は空中を直進して枯れ木に命中した。衝突した塊は無数の光彩に分かれて消え去った。気づけば枯れ木の全身を淡い緑色の光が包んでいる。枝の先端は成長し、みずみずしい葉を伸ばし始める。数秒のうちに新緑の一部から登場した花は早々に散り果実を作った。すべてが消えゆく光とともに闇の中へ溶け込んでいく。


「成功だ」


 土属性の魔法弾は吸収の刻印を使い、人間の身体に充満させて傷を治癒する効果のほか、直接当てるだけで植物の成長を活性化したり、人や動物の体力を回復させたりすることができる……。


 吐き出す息と共に肩の力が抜けた。いったん下げた右腕を頭上で振ってティータへ成功の合図を送る。吸収した魔法弾を無属性のまま放出する魔法具に、土属性付加の機能を持たせることができた。


「最後の実験だ。火属性に土属性を合成する! もう一回土属性の魔法弾を撃ってくれ!」


 私は2枚重ねた手袋の外側1枚をはずし、魔法弾を吸収して火属性を付加する手袋につけ替えた。魔法弾を放つ動作に入る。そのまま撃てば火球が飛び出すところまで確認している。成功すれば属性を土台とした新たな魔法弾が合成されるため、危険の及ばない上空を目標とした。


 再び土属性の魔法弾が私の手袋に命中する。炎が燃え盛る様子をイメージしながら、土属性が魔法具全体を覆うタイミングで、火属性の魔法弾を空めがけて撃ち出した。


 ――放とうとした。一瞬手袋の周囲で輝いた緑色の光はところが、瞬時に消滅してしまった。先刻、無属性の魔法弾で成功したときと同じ過程をたどったが、残ったのは静寂だけだ。


 もう一度合成なしで火属性の魔法弾を放つ。ランプの光を凌駕りょうがするまぶしい炎の塊が紫色の空に吸い込まれた。再び実験だ。ティータが土属性の魔法弾を放ち、それを受け取って火属性の魔法弾を撃ち出そうとする。


 やはり何も起こらない。の魔法弾を用いれば、新たに属性を付加して放つことが可能だ。けれど火属性の魔法弾に土属性を加えるまでには至らない。複数の属性を持つ魔法弾を放つことは叶わなかった。


 脳裏に魔法の伝道師が伝えたという一項目がよみがえる。


④魔法弾自体を改良することはできない、拡張は離散数学に従う


 魔法属性を合成するという実験は、4種類の属性で構成される「魔法弾」というハードウェア自体を改良することなのかもしれない。


 ハードウェアは魔法具だけではない。正確に表現すれば、人間が魔法弾を放出するメカニズムこそが異邦人のもたらした不可侵な領域……ハードウェアだ。今回、魔法研究のルールを逸脱したかもしれない目論見もくろみは崩れ去った。


「失敗……なの?」


 ティータが心配そうな顔をして近づいてくる。


「失敗だ。いずれ属性を変えて試してみるが現状では『魔法属性の合成』はできないだろう」


「そう……」


 みかん色の髪を束ねた女性魔法士は肩を落とした。傍観ぼうかんしていたセグも立ち上がり、肩をすくめて期待に添えなかった旨を伝えている。


「ティータ、ありがとう」


 彼女の肩に手を置いて誠実なる女神の労をねぎらった。


「セグ、実験の結果は後日、ジフ村で詳しくお伝えします」


 コートに全身を包んだ腕利き職人に感謝した。


「……わかった。おれは今日ジフ村へ戻る。泊まって都会の暮らしを見聞していきたいところだが、この街はどうも落ち着かない。連絡を待とう。付き合いは今日で終わりじゃないようだからな」


 私の表情を一瞥いちべつして不敵な笑みを浮かべた。


 お礼したいところだが今日はお別れだ。彼をティータと2人で、魔法研究所の正門前から西へ向かう道まで見送った。城壁と物見櫓ものみやぐらの外側に沿って首都コアの外へと続く静かな街道だ。陽は完全に落ちて天上に星が瞬いていた。日課はお休みとなった。セグの後姿を見ながら2人一緒に深々と頭を下げる。小柄な体躯に大仰おおぎょう外套がいとうの姿は次第に小さくなり、かろうじて月の照らす闇の中へ消えていった。






◇欄外◇【ハードウェアの仕様】


 コンピューターにおいてハードウェアの仕組みは電気のON/OFFという2元的なデジタル、離散数学で構成されています。ソフトウェアはハードウェアを活用する位置づけにあるため、同じく離散数学のルールが求められます。他にもハードウェアの仕様は多くの場面でソフトウェアのプログラミングに関わってきます。


 物語はコンピューターと似た設定を持つ「魔法弾」の仕様を解説する内容です。魔法弾の属性を合成する開発は、魔法弾を発射するというハードウェア自体を改造することであり、「離散数学」に反した拡張になるため不可能だと説明しています。

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