特任魔法研究生(5)
「異国の概念『ソフトウェア』の仕組みを見事に応用してみせたわけだな」
赤髪の先輩が感心した様子で語気を弾ませた。
「まあ、普段高慢な態度を取っている魔法研究士が皆一様に腰を抜かしていたのは傑作だったなぁ……ハハハ」
一方、銀髪の優等生は違った印象を持ったようだ。理解を深めた満足感と、受け入れがたい概念への反感が入り混じった複雑な表情を浮かべて口を開いた。
「僕もソフトウェアの考え方については文献を読ませてもらった。君は実績を挙げたし、離散数学に沿った向上は確かに一理ある。だが、魔法具や刻印などハードウェアの部分を研究し続けていた人間をないがしろにしてもらっては困る。エキスト先生たちが進めていた魔法弾の研究結果があればこそ上手くいったんだ」
デスティンの意見はもっともだ。私は従来の魔法弾の仕組みを独自の考え方で拡張しただけに過ぎない。魔法弾を放出する刻印、吸収する刻印、両方が揃っていたから新たな魔法の使い方にたどり着くことが出来た。格別な評価を受けたのは見た目の派手さゆえだ。
同じく1月に発表したデスティンの魔法理論も見事なものだった。エキスト研究班の中心として遠距離から魔法弾を飛ばし、離れた場所にある吸収の刻印へ魔法属性ごと吸い込ませることに成功した。遠くにいる負傷者に吸収の魔法具を持たせて治癒の魔法弾で回復させたのだ。治癒能力の向上も多大な功績だが、何より距離を隔てて魔法弾の効果を維持し発動させた意義は大きい。
従来の刻印に工夫を施すところなどは自分の考えが及ばぬ領域だ。デスティンは功績を認められた結果、特任魔法研究生となった。
「う~ん、ハードウェアなるものが大事だという意見は正しい! 俺の研究班が一番重要だということだな」
陽気に叫ぶレッドベースは研究班のひとつを預かり、ローブや手袋など魔法具全般の製作を一手に担っていた。
「デスティンの研究成果で今後は遠隔へ魔法弾を飛ばし、受け取る魔法具が主流となりそうだ。大量生産ともなれば忙しさは今までの比じゃない。アキムの方からは新しい魔法具の製作リクエストを受けられそうにないな」
先輩は真面目な表情に変わって、こちらへ向き直った。
「アキム……もし魔法具を改良して研究したいと考えているなら……俺とは織物業の商売敵になるんだが、首都から西へ向かったジフ村にいる、セグという人物を訪ねてみるといい。うちの家系はデザインと生産効率の高さで現在の地位を勝ち得ているが、刻印を施す織物職人としての技術に限れば、セグの一門は他家の追随を寄せつけない繊細さを持っている」
とても大事な話だった。ちょうど苦慮している問題だったからだ。
「実は、魔法弾を放つ刻印が入った手袋を重ねてかぶせられないか、試していたところなんです。放出の手袋の上に吸収の手袋を裏がえしてかぶせ、さらに火属性の魔法弾を放つ手袋と合わせて3枚重ねで身につけたら新しい試みができるのではないかと思って……」
「また、なんだって魔法具を重ねて使おうなどと思ったんだ?」
「魔法属性を合成できないか考えていたんです……。炎を噴き出す際に風属性の力を使って嵐のような破壊力を生み出したり、土属性を加えて燃え盛るほど強力な治癒を実現したりできないか悩んでいます。上手くいけば自然界にない現象を起こせるかもしれません」
レッドベースの真剣なまなざしに鋭く冷たい輝きが宿った。一方で
「……けれど、現在支給されている備品では手袋を重ねた場合、魔法弾は発動しません。何度も試しましたが、火属性の赤い輝きがうっすらと現れる程度でした。布地がもっと薄ければ、複数の刻印の効果を同時に利用できるのではないでしょうか?」
レッドベースは魔法具への不満とも受け取られかねない発言に対し、気を悪くすることなく答えた。
「なおさらセグのもとを訪ねてみるべきかもしれん。俺の織物職人としての技術は親父に及ばなくてな。現状より薄いものとなると無理とは言えんが時間がかかる。俺が魔法士になったのも、家業では自分の持ち味を生かせないと踏んでのことさ。それが結局、魔法士用の備品を開発する特任魔法研究生になってしまうのだから世の中は因果なものだ」
親の仕事か……私の両親は故郷のミヤザワ村で農業をしている。兄弟は体格の良い弟がいるから手伝いには困らないだろうが、実際のところ金にもならない魔法研究生になった自分はどうしようもない親不孝者だ。
「僕は反対だ。外部の人間へ魔法についての情報を漏らすのは危険だ。もしかしたらどこかに影の王の手下が潜んでいるかもしれないからな」
デスティンが身を乗り出し、神妙な面持ちで意見を述べた。テーブル中央まで近づけてきた顔がマグカップ内の紅茶の水面に反射し、揺れで生じた波紋の輪にひしゃげた銀髪の表情を映した。端整な顔立ちが台無しだ。
「おまえは少し敵を大きくしすぎていないか? 情報が漏れるのなら、とっくの昔に魔法研究所なんて襲撃されているぞ」
赤髪の先輩は
銀髪の魔法士は失礼、とばかりに座り直した。
「……さっそく行ってみる事にします。レッドベース先輩、ご教示ありがとうございました」
「礼を言うのは結果を出してからだな。
自分にも覚えがあるという
「これで昼食会終了というわけだ。アキム、デスティン……今後とも仲良くやっていこう」
先輩の音頭で3人が右手を重ねることになった。妙に芝居がかった仕草だ。言い出した本人さえ真面目ではないかもしれない。けれど、魔法研究の仲間の輪に入ることができたという実感は深く記憶に刻まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます