影の子遭遇戦《魔法暦88年》(3)
それでも
「全方位に同時攻撃! 遠慮するなよ」
監督する立場のエキスト魔法研究士が自ら指示を出した。支援部隊の魔法士が手袋の扱い方を熟知したと見定め、前衛部隊へと参加させ全員で円形陣を敷いた。負傷者やティータを背中で守りながら、円の外側から襲い来る敵を迎え撃つ。
「火属性の魔法弾、撃てっ!」
私は他の魔法士と肩を並べ、近寄る人影の方角へ右腕の手のひらを向けた。魔法具の刻印が赤く光り、炎の塊が敵意むき出しに飛び出す。数秒後には両側の魔法士の手のひらからも火球が放たれ、宵闇を貫いた。散発とはいえ放射状に次々と発射される炎の軌跡は、円の半径を描くように濃紺の大地を赤く美しく彩っただろう。
数分が経過した頃、地面に立つ影の子は1体もいなくなっていた。火属性をまとう魔法弾を多数受けた泥人形は、スギヤマ村を薄く照らすように各所で燃え盛り、地面に伏した。
ティータも顔に土埃をつけてデスティンと戦線へ加わっていた。
「ようやく目標数を越えたな」
エキストが
「前回の襲来時には40体を超える影の子が出現した。あのときは悲惨だったよ」
汗を浮かべた顔を向けて他の魔法士たちへ笑いかける。
若干、緊張がゆるんだ。肩に入った力が抜けて腕は自然と下りた。しかし一瞬の
ヒヒィーンという高く苦しそうな鳴き声が、移動に使った馬を
信頼は脆くも崩れ去った。木材をへし折る破砕音がこだましたかと思うと、
目を疑った――。
スギヤマ村まで行動を共にした馬たちが姿を真っ黒に変えて魔法士の方へと突進してきたのだ。泥に覆われた4つ足の集団。頭数は魔法士一行と同じ20。足音は地鳴りとなって内臓を揺らし、視界に映る黒い影を揺らした。
エキストがヒステリックに声を上げる。
「魔法弾を放つ準備をしろ! 早足で掛ける馬のスピードに気後れするな。寸前まで炎で攻撃してから左右に分散しろ!」
魔法士たちは主任魔法研究士の命令通りに、迫りくる馬の群れへ向かって右腕を構えた。冷たい汗が頬をすべり落ちる。数が多すぎる――。2、3発で1頭退治することができても、到底勢いを止めることはできない。
デスティン、ティータ、レッドベースが先頭に立ち、漆黒の馬たちを迎え撃った。魔法弾は1発放つと次に発射可能となるまで1分を要する。撃って次々と横へ飛びのく魔法士たち。何もできず飛びのく者もおり、放った魔法弾は計20発に及ばなかった。地面を激しく踏み鳴らす音とともに、散開した間を切り裂くように通り抜けていく漆黒の馬群――。
蹄の音が小さくなったのも束の間、身体を反転させて再び轟音とともに近づいてきた。10頭以上が火炎弾を受けて燃え盛っている。異様な光景だ。挿絵の入った神学書で見たことのある地獄の馬車が脳裏をよぎる。焼け焦げた臭いがつんと鼻腔を刺激する。先刻まで宵闇に包まれていたはずの村落の風景は、燃える獣によって炎の
馬の形状をした「影の子」は
馬が近づいていく集団にはエキスト主任研究士のほか、ティータがいた。エキストは恐怖の表情を浮かべたまま唇をわななかせて近づく群れを凝視している。みかん色の髪を後ろに束ねた幼なじみも地べたに半身を横たえ、間近に迫る危機に覚悟を決めたようだ。
私は左右の手の指を1本ずつ交互に
漆黒の馬群に対し呆然と眺めていた魔法士たちの前へ躍り出る。
「バカっ!」
背後からティータの声が聞こえる。だが、私は冷静に胸の前で拳となって重なり合った手のひらを離し、右腕を水平に伸ばして影どもの姿を凝視した。
空気を震わす轟音――。
手のひらから飛び出したのは火球ではなく空中を貫く炎の帯、赤い光条だった。長く柱のように伸びた火炎は黒い馬の先頭を身体ごと吹き飛ばし、後続の馬を蹴散らしてはるか遠くの地面から爆発音を上げた。
直撃を逃れた他の馬たちも荒れ狂う爆炎に包まれる。残らず糸が絡まったマリオネットのように踊り狂い、崩れ落ちるように地面へ倒れた。
馬の姿をした「影の子」から発せられる断末魔の叫びがスギヤマ村を共鳴した。変貌したとはいえ馬のいななきだ。哀れな家畜の最期だが黒い人影と同様、仲間を襲う敵にかける情けはない。
突然、視界がぼやけた。魔法弾を撃ち尽くした後のような疲労感が全身を襲う。顔から噴き出す汗があごをつたって、ぽとり地面へ落ちた。私は意識を保つよう努めながら自分が命を奪い去った獣の群れを凝視した。
やがて最後の一頭も動かなくなった。同時に喧騒が嘘だったかのように周囲が静まりかえる。各所でくすぶり続ける炎の音のみが魔法士たちの鼓膜をかすかに震わせた。
「何が起こったんだ?」
エキストはこちらに目を向けて呆然と立ち尽くしていた。その背後に見え隠れする炎の残骸がチロチロ光を放っている。私は魔法暦88年「影の日」で一番の功績を挙げたはずが、地面にしりもちをついたまま、先輩魔法士に肩を貸されるのをじっと待つ羽目になった。
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