第27話 事後
「秘密の通路?」
「うん、テクタルクさんとそこを通ったの」
一体どうやってあの場から逃げたのかという話になったのだが、そういうことらしい。
この建物内には、アマンシオさんの魔法によって作られた異空間の通路があるという。通路は普段は“存在しない”が、アマンシオさんの意志によって顕現するのである。
「おにいちゃんにも言おうとしたんだけど…」
「いや、あの状況でおれに教えればバルヘルトンも知ることになっていただろう」
第一に守るべきはおれではなくリエルなのだからそうしたのは当然である。
そんな折、おれの腹が鳴った。そういえば腹を空かせていたのであった。
「…そういえばきのうのお昼からごはん食べてないよね。下、行こっか」
「うむ」
と言うことで一階に下りたのだが。
「おおおっ来たぞ!!」
「ソウカか!」
「暴毒杯だ!」
「おまえすげーな!」
「体は大丈夫か!」
おれの姿を認めるなり、一斉にここの冒険者達が群がってきた。
ここの冒険者とは、アマンシオさんとテクタルクさんとその相棒たるカラムを除いて一言二言会話した程度である。だというのにこのような好意的な反応だから、少なからず驚いた。
とりあえず体の調子はすっかり良くなったこと、腹が減ったから何かしら食べたいと伝えた。
「イカヅチイナゴが食べたいのだが」
「あるわよー、好きなだけたべなさい」
「ほかはどうだ?」
何も以前はおれへの態度が辛辣だったとかそういうことはないのだが、それにしても一足跳びに友好的になりすぎているように思う。当然悪い気はしないが、なんだかよくわからない。
秘めていても仕方ないので、直接訊ねることにした。
「もし、世話を焼いて頂けるのはありがたいが、皆さん揃ってどうなされた」
「あー、わり、余計だったか」
「いや、そうではありませんが」
「要はあなたの功績が認められたのですよ」
と言ったのはテクタルクさんであった。
つまりおれが鮮血嵐土の撃退に一役買ったことが凄いと思われた、という次第である。
「はあ」
「実感がありませんか」
「まあ」
ロニー先生にも言われたが、おれのしたことは凄いことらしい。しかしおれは自分のするべきことを達成できたことで既に満足しており、また奴と相対していたときはとにかく余裕がなかったので、実感が湧かぬ。
まあ、いい。褒められて悪い気はしない。
ちょうど昼食時だったこともあり、そのまま小さな宴会の如き様相を呈すこととなった。
群がる冒険者達と話す中で、彼らも大変であったとわかった。バルヘルトンが現れた際は、物凄い音がしたにも関わらず誰も来なかったのだが、冒険者達も襲来した盗賊だの何だのと戦っていたらしい。
盗賊が真正面から、よりにもよって冒険者達が集う場所にカチコミに来るというのは違和感があったが、この世界の奴は人間であってもおれの常識を凌駕する力を持った連中がいるのだから、そんなものなのだろうと思うことにした。しかも今回の奴らは大規模な組織の構成員であり、そこらの有象無象の盗賊とはまた違うらしいから、そういうこともあるのだろう。
「力があるのならもっと稼ぎが良くてお天道様にも顔向けのできる職があると思うのだが」
「そうもいかねえのさ。そういうのを目指してあぶれた奴が裏社会に沈む訳だよ」
「ふむ」
諸々事情もあるのだろう。
地球では就職に失敗して家に引き籠もったり自殺したりする例が散見されるが、人の第一目標を生きることと仮定した場合、非合法とはいえ定職に就くことはまだしも健全と言えるやも知れぬ。無論、それで彼らの行いが正当化されるわけではないけれども。
そんなことはどうでもいい。
「アマンシオさんはいらっしゃらないのですか」
「議会に報告しに行ったよ」
「報酬貰えるといいなあ、俺ら絶対警吏の連中より役に立ったでしょ」
「魔石が欲しいわ、たっくさん!」
カーデラという街には領主がおらず、裕福な市民達で構成された議会が治めている。そしてアマンシオさんも一応議会の一員らしいが、重要な会議の時以外はあまり関わらないという。
「そしてその後は国から派遣された騎士からの事情聴取が待ってるわけだ」
「ソウカ、君もだぜ」
「え」
「そりゃあなたも鮮血嵐土と直接対峙したんだし」
「すみません皆さん、急用を思い出しました」
そんな面倒事は御免被りたい。
「いやそういう訳には…」
「どうにかなりませんか」
「俺達に言われてもなあ」
「おにいちゃん、頑張って!」
「……」
リエルにまでそう言われた。
どうにもならないようである。
ならば仕方あるまい、もう腹を満たすことだけを考えることにしよう。
一時間後くらいにアマンシオさんと西洋鎧に身を包んだ連中が数人、連れ立ってやって来た。
「やあソウカさん、もう大丈夫か」
「どうも、お陰様で。アマンシオさんこそ酷い怪我でしたが」
「ロニーはこの街でも五本の指に入る治癒系の魔術の使い手なんだ。だからほら、俺もこの通りだ」
「それは良かった」
大きさの割に妙に傷が塞がるのが早いと自分でも思っていたのだが、先生は魔術を使っていたらしい。
「話しているところ失礼、そちらの方が」
「ああ、そうだ。――ソウカさん、こちらはラバスの騎士団の方々だ。悪いが今から…」
「事情聴取ですか。聞いています」
「そうなのか、すまないな」
そういうことで事情聴取、つまりバルヘルトンと闘ったときの状況説明をすることになった。
そして終わった。
嫌だ面倒だと思っていたが、始まってしまえば大したことはなかった。ただありのまま喋っただけであった。あのときは無我夢中であったから記憶に残っていない部分もあったが。
面倒事はむしろ終わってからであった。
「おい、そこの、ソウカと言ったか」
「はあ」
拍子抜けした気分で阿呆の如く呆然としていると、一人の若い騎士に声をかけられた。
「お前、さっきの話は本当なのか?どうにも疑わしいぞ」
「はあ」
「ええい、気の抜けた返事をするな!お前のような惚けた奴が本当にあの鮮血嵐土を倒したというのか?」
なるほど、そういうことか。確かに疑う気持ちはよくわかるし、実際間違っている。
「倒したのはおれではなくアマンシオさんだよ。おれは少し手伝っただけだとも。そう言ったではないか」
「そもそもそれが怪しい。鮮血嵐土とアマンシオ殿の戦いに割って入ることが出来たと?」
「……。その辺りも全て言ったろう」
「どうだかな。大方大したことのないことを誇張したのではないか?」
おやおや、なんだか剣呑な雰囲気になってきた。
おれが事情聴取を面倒がったのは、こういう話の流れになるのではないかと思ったからである。それがなかったので安堵していたのに、よもやExtraステージがあるとは。
「ふん、だんまりか。やはり図星なのか。――おい、寝るな!」
面倒だから瞑想していたのだが、邪魔された。
もう適当にお茶を濁して退散しようと思って目を開けたが、改めてこの騎士は若いなと思った。ようやく髭が生え揃い始めたくらいだろう。この国の成年がいくつだか知らないが、少なくとも二十にも届いていないと思う。
「君、騎士になってどれくらい経つ」
「…話を逸らすつもりか?そんなことは関係ないだろう」
わかってはいたが、答えてもらえなかった。しかし返事の前に一瞬間があった。
やはり新任か。
騎士とは要するに公務員のようなものであろう。しかも有事の際は戦わなければならぬ。
おれが思うに、彼は狭き門をくぐり抜けた上に国の安全を背負う立場にあることに未だ慣れていない。故に過剰な気負いがあり、怪しいと思ったおれに突っかかる真似をしたのだろう。
そう思うと何だか微笑ましくなってきた。おれも新入社員の頃は緊張していたものである。
「まあ何だ、人は見た目に依らぬということだ」
「む…だが」
「はっは、彼の言う通りだカルロス」
「ニルスさん…」
突然割って入ったのは、アマンシオさんとともにやって来た中年の騎士であった。その風貌は険しく、雨風に晒された巌の如き印象を受けたが、その目は面白そうに細められていた。
「誰も彼もが見た目通りだったら、我々の仕事ももっと楽になるだろう。だが実際はそうではない。ラジード大叫殺の話はしただろう?」
「ええ…」
カルロスとかいうらしい騎士はすっかり苦虫を噛み潰したような顔をしているが、上司と思しき騎士に噛みつく様子はなさそうである。
「君、部下が失礼した。私は君の功績は疑うところなしと思っているが、彼はまだ若くてな。もっとも、それも君にはお見通しだったようだがね」
「いや悪いなソウカさん、ちょっと前から見てたんだ」
そう言うアマンシオさんも愉快そうな表情である。
どうやらおれ達は道化であったようだ。
「うむ、君がどう切り抜けるか少し興味が湧いてな。ともかく、今言った通りそこのカルロスはまだ若い。そして彼の非礼の責は十分な教育が出来ていなかった私にある」
と、ニルスさんは深々と頭を下げた。
反応に困った。
「ニ、ニルスさん…」
困惑したのはカルロス君もであった。まあ、自分が原因で上司が頭を下げたのだから、そうなるのもむべなるかな。
まごついていたのも束の間。
「た、たいへん失礼した!」
カルロス君も頭を下げた。本心はどうだか知れないが、そうするより他にないだろう。
おれとしては早く解放されればそれで良く、余計な時間をとられたことに対する仕返しをする意欲なぞない。
おれは気にしていないから頭を上げなさいと言って終わりにした。
「本当にすまんな、カルロスには改めて言っておく。こやつも悪気があったわけではなさそうなのだが…」
「わかっています。そうでなければ毒を吐いていましたから」
………。
冗談混じりにそう答えたのだが、皆微妙に顔を引きつらせて沈黙したのだった。
「あの騎士は初めて見たな。本当につい最近叙任されたばかりなんだろうな」
「カルロス君ですか」
「ああ。――さて、まだ回復したばかりなのにすまなかったな」
「それはアマンシオさんもでしょう」
「俺は慣れてるからいいんだよ。でもあんたはそうじゃないだろう?今日はもうゆっくりしていいぞ」
「それは良かった。アマンシオさんはどうなさるのですか」
「ああ」
アマンシオさんはぐるりと両腕を大きく回した。
「事情聴取だ」
異世界召喚されたけど勇者ではなかった 東海道 @livre
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