第26話 収束

「はっ」




 目が覚めた。知らない天井である。…いや、よく見ると知っている天井である。


 …おれは寝ぼけているのか。




「本当に“はっ”て言って起きる人は初めてだ」


「はあ」




 そう言われて初めて、傍らに人がいることに気付いた。


 いや、目が顔の中央に一つきりで、かつ身長は座っていても三メートル近くあるから、人ではない。サイクロプスとかいう種族であろう。




「私はロニー、つい先ほどまで君を治療していたのだ。調子はどうだい」




 その風貌を見慣れないおれからすれば一見恐ろしく感じたが、その声音は平坦な大地の如く落ち着いており、紳士的な人物なのだなと思った。




 さて、言われて胸を見ると、すっかり傷が塞がっていた。ただ、斜めに斬られた跡は残っていた。それ以外は特に不調はない。




「良いです」


「そうか、ならば良かった。…しかし君はなかなか丈夫だね。もうしばらく目を覚まさないと思っていたよ」


「そういえば、あれからどのくらい…」


「アマンシオが私を呼び出してから二時間ほど。今は夜半過ぎだ」




 もうそんなに経つのか。随分眠っていたらしい。 


 となると、ロニーさんはその間ずっとここにいたということだ。




「それはそれは、お手数お掛けしました」


「構わんよ、アマンシオには大恩がある。それに聞くところによると、君があの鮮血嵐土を撃退するのに大きく貢献したそうじゃないか。ならばこの街の住人としても感謝しなければね」


「そんなたいそうなものでもありませんが」




 ただ遮二無二奴に突っ込んで行っただけである。




「そうだ、アマンシオさんは…!」


「大丈夫だ、彼も既に治したよ。しかし彼も酷い傷だったなあ」


「そうですか、それは良かった…」


「さて、起きたばかりだが君はもう少し休んだ方がいい。身体は治っても心が疲れているだろう。私も帰ろうとしてたところだしね」




 言われて気付いたが、確かに妙に身体が怠い。体力の消耗だけでなく、先生の言うとおり心が疲弊しているのだろう。


 退室する先生に礼を言い、おれはもう一眠りすることにした。








 「……」




 今度は何も言わずに目覚めた。


 部屋が明るい。日が昇ったのだろう。




「快調快調」




 すっかり心身共に回復したと感じる。立ち上がってみると少しふらついたが、ずっと横になっていたからであろう。


 元気になったと自覚したら、腹が減った。昨日の昼から何も食べていない上比喩ではなく死にかけたのだから、当然である。




 だが今はもっと大事なことがある。リエルの安否である。


 アマンシオさんが安全を保証してくれたが、それでも己の目で確かめねば落ち着かぬ。


 そうして部屋の扉を開けたところで。




「あっ」


「あっ」




 ぱっちりとリエルと目が合った。




「リエル?」


「あ、うん。え?」


「ちょうど君の様子を見に行こうと思っていたのだ」


「えっと、わたしも…もう大丈夫なの?」


「この通り、すっかり元気だとも」


「そっか…良かった……、ぅぅぅ~~……!」


「ちょ」




 突然、リエルははらはらと涙を流して泣き崩れてしまった。


 おれはというと、急なことにおろおろするばかりである。




「なんだ、どうしたっ」


「だってぇ…おに、おにいちゃん、死んじゃったらって…!わたしの、せいで、おにいちゃんがぁ…!」




 嗚咽混じりでリエルはそう言い、また言葉もなく泣いた。


 …そうか。その通りだ。おれがリエルを心配したように、彼女がおれを心配しないわけがないのだ。


 おれはしゃがみ込んで、泣きじゃくるリエルを抱き締めた。




「大丈夫だよ、おれは生きている。どこも悪いところはない」


「うん……良かった……おにいちゃん、ごめんなさい……!」


「君が謝ることは――ああ、水でも飲みなさい。……ほら深呼吸して。……落ち着いたかね」


「うん…」




 ほう、と安堵の息をついた。まだひっくひっくとやっているものの、ひとまず落ち着いたらしい。




「あの、それで……ごめんなさい」


「そこからかね。まず君が謝ることはないとはっきり言っておく」


「そんなことない。だってあのとき、わたしがおにいちゃんに助けてなんて言わなかったら、おにいちゃんがあんな危ない目にあわなかったのに…」




 ううむ、困った。


 リエルは同年代の子どもより聡い故に、自分に責任を感じているようである。それ自体は構わぬが、彼女はどうにも頑なになっている。


 感情のままに振る舞えばいいというようなことを言ったばかりだというのに。




 アマンシオさんにも言ったが、おれの怪我は他でもないおれ自身が選択した結果であり、その責任の所在は総ておれにある。故にリエルが悪く思うことはないのだが、彼女はそう言っても納得しないのだろう。


 切り口を変えようか。




「リエル、過程はどうであれ、おれも君も無事ここにいる。確かに危険はあったが、それが全てだろう」




 つまり結果論である。終わり良ければ全て良し。




「何より、おれは君を守れて良かったと思う」




 言いながら、ようやく実感が湧いた。


 おれはリエルを守ることが出来たのだ。


 無論、アマンシオさんやテクタルクさんやカラムなど、様々な人達の協力あってこそである。またこれで全て終わったともわからない。


 だが、一つの嵐は乗り越えた。




「…おれは勇者ではなかった」


「え…?」


「それでも、君を守れたのだ。おれにとってはそれが全てだ」




 だから自分を責めてはいけない、と心の底から感じたことをそのまま口にした。




「おにいちゃん…」


「君はどうだ、おれが生きていて嬉しいか」


「あたりまえだよ!」


「なら君自身が助かって、どうだね」


「…わたし?」


「そう、君自身だ」


「……うれしい。良かった。……怖かったんだもん……!」




 そこでまた、リエルは泣き出した。


 しかしおれには満足感があった。おれのことではなく、ようやく自分のことについての本音を口にしてくれたからである。


 喜ぶべきときは、喜べば良い。






「…はぁ。ありがとね、おにいちゃん」


「まったく、我慢しなくて良いと昨日言ったばかりではないか。他人のことを考えるのは勿論だが、君はもう少し自分を優先し給え」


「あは、そうだったね」




 ようやく笑顔が戻った。同じようなことを二度もさせるとは、まったく難儀な子どもである。


 だからこそ、ひとまず彼女が笑ってくれて良かったとも思う。




 その後は、二人で他愛もない話に華を咲かせたのであった。

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