あともうちょっとですかね。


 選ぶ楽器やパートに、性格が出ていると言いますか。って、冒頭に言ったじゃないですか。真面目な人もいますから、一概には言えないんですけどねとも。


 私に声をかけた彼女は、優等生みたいな見た目をしていました。スカートの長さは、膝ぐらいの無改造。ブラウスのボタンも一番上まで締めて、きっちりネクタイも結って。普通の格好なんですけれど、軽音部の中ではかなり目立ちます。やっぱり、だらしない奴多いですからね。


 自分を見ているようだなとも、思いました。「陸上部とか入ってそうなのに、軽音部なんだ。真面目なのに意外」って、よく言われたものです。


 でまあそこはいいんですけれど、その人が出す音って、性格も出るんですね。楽器をやった事がある人になら、伝わるかなあという、微妙な話をするんですが……。


 例えば、AさんとBさんが同じ楽器で、同じ曲を演奏するとします。全く同じ事をしている筈なのに、音の印象が演奏者によって変わるという事は、まああるんですよ。嘘ォって、あんまり楽器やらない人には、疑われるんですけれど。


 実際に私は、部室の外にいても、そこから漏れてくる音で、これは誰が出してる音だなと、同校の部員なら、顔を見に行かずとも分かっていました。音の出し方が、人によって違うんです。同期にもよく、私のベースは分かりやすいって言われました。一音一音が粒立っててはっきりしてて、正確性が他の人よりしっかりしてるとか、イライラとしてると音が尖って、落ち込んでると覇気が消えるとか。


 ギターやベースの場合、指使いに性格が出るから、そこから出る音にも変化が出るって言った方が、分かりやすかったですかね。私イライラすると本当に音が尖るんですよ。自分でも分かるぐらい。


 「確かに好みってありますから、このバンドの音好きじゃないなってものは、聞き流していたのも正直あります」。っていう言葉は、ここに繋がってくるんです。このバンドの音は好きじゃない、と感じたら、そこのバンドの人と話してみても、やっぱりあんまり気が合わないって事は、よくありまして。音に出てる性格から、多分私、あそこのバンドの人達とは、馬が合わないだろうなって分かるんです。それぐらい、音には出てるんですね、それを鳴らしてる人の性質が。


 私を呼び止めた彼女は、上手でした。ああ、上手いなって、最初の一音を聴いた瞬間にもう分かって。


 これだけ技術のある人とバンドやれたら、楽しいだろうなって、思いました。彼女とバンドやってるメンバーが、羨ましいとも。……なんですけれど、何て言えばいいんでしょう、すっごい、気持ち悪かったんです。


 上手うま過ぎて気持ち悪いわーとか、そういう、一周回っての誉め言葉とかじゃなくてですね、本当に言葉に困るんですけれど……。嫌な感じがしたんです。彼女の音。


 上手いんですよ? 上手いんですけれど、そこに乗ってる彼女の性格とか人間性が何か、蛞蝓なめくじを……連想させるような、気味の悪さが溢れてて。


「じゃあ、一、二、三、四」


 って、リズム隊ですから、私から切り出して。


 まあこんな感じかなって作った私のリズムの上に、後から彼女の音が乗るんです。

 別にこれは普通です。彼女が先にギターを鳴らして、その下に滑り込むように私が追いかけて後から支えるっていうのでもよかったんですけれど、まあその時はそうなって。

 上手いなと思った、そのほんの一瞬の直後には、ヌルって言うか、べちゃって言うか、水っぽい何かを身に叩き付けられたような、強烈な不快感に襲われました。


 蛇? やっぱり蛞蝓なめくじ……。いえ、死んだ海月くらげかもしれません。丁度その間ですかね。溺死でもしたのか水を吸って、二十センチぐらいにパンパンに膨れ上がったでっかい蛞蝓が、何匹も背中を這い回っているような。

 でも同時に、胃の辺りもひやっと冷たくなっていて、内臓の調子も何だか、妙な感じになっていました。ずるっと腹の中に、冷えた両手を入れられて、わたを弄り回されているような。今、私の目の前でギターを弾いている、あの女に。


 その不快感に襲われた瞬間、音が狂いそうになったんです。でも咄嗟に手が動いて、すぐに持ち直しました。

 そこに、失敗したくないとかの意思は全く無く、もう三年間の積み重ねで得た、ただの反射です。難しい曲をやる訳でもないのに、いちいち手元を見ながら弾くという事は、当時はもう久しくしていませんでしたから、それはもう、容易く修正してしまいました。表面上は。



 耳が勝手に音を聞いて、そこから判断した両手が、勝手に動いてくれるのに任せているようなもので、当の私は、酷く混乱していましたけどね。確かに気の合わない人と合わせた時も、こうした不快感はあるけれど、こいつはそれとは桁が違うと。



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