第21話 「Jリーグ」になれないプロ野球
Jリーグに準じる形でフランチャイズの都市名をチーム名の頭につけたパ・リーグと違い、セ・リーグの事情は複雑だった。政治的なという意味で。
「一方のセ・リーグはというと、読売ジャイアンツ、東京ヤクルトスワローズ、横浜DeNAベイ・スターズ、中日ドラゴンズ、阪神タイガース、広島カープの6球団」
「あれっ、巨人は? 巨人」
連日、スポーツ新聞の一面を飾ることの多い一番馴染みの球団はどこに行ったのか。央司が聞いてくる。
「巨人は読売ジャイアンツ。ジャイアンツはテレビでも新聞でも巨人と呼ばれることの方が多いから仕方がないけど、読売ジャイアンツ。前は、確かテレビ朝日が読売って呼んでたけど、今は『報ステ』も巨人って呼んでるはずよ。ドラフト会議の時なんかは、間違いなく『読売』ってアナウンスされているから、注意して見てみるといいわ」
「なんで? どういう使い分けしてんの?」
千穂の説明にも、央司は納得がいかない。
「分からないわ。多分、大人の事情ってヤツ。興味があったら調べてみたら。やっぱり“政治”の問題なの。でね、セ・リーグで都市名が付いた球団は3チーム。東京ヤクルトと、横浜と広島。横浜は、前身の大洋ホエールズから親会社が変わる時に横浜ってつけたのね。東京ヤクルトも実は最近まで、ただのヤクルトだった。ただのヤクルトって変な言い方だけど。普通にヤクルト・スワローズだったの。あれ、もっと変になったかな。ここ大事なところよ。試験に出るよ、なーんてね。ヤクルト球団はパ・リーグのチームが都市名を冠にするタイミングで東京ヤクルトに変更したの。その際、念のため同じ東京を本拠地にする読売ジャイアンツに、球団名に「東京」ってつけますかって尋ねたんだけど、ジャイアンツがつけないって言うので、じゃあ、てんで東京ヤクルトに変更したんだってさ」
「ジャイアンツは何でつけなかったんだろう」
「もしかしてだけど~、もしかしてだけど~ ジャイアンツは自分のこと『全国の巨人』だと思ってんじゃないの~」
「そういうことだろ」
央司の疑問に、お笑い芸人・どぶろっくの物まねで答える護倫。タイミングを測った幹太がツッコミ役を買って出た。
「『進撃の巨人』じゃなくて『全国の巨人』な」
「『東京の巨人』じゃなくて『全国の巨人』ね」
千穂が珍しく皮肉を言った。
「というわけで、これが、現在のプロ野球のチーム分布図ね。でね、チーム名の現状からも分かるように、パ・リーグはオリックスが神戸オリックスになれば事足りそうだけど、問題もあって…」
カープ女子の千穂はプロ野球全般に興味を持っている。
「何よ、勿体つけて」
「オリックスの前身のチームは、阪急ブレーブス。後に、大阪に本拠地を置いた近鉄バッファローズを吸収合併したのね。『がんばろう神戸』ってスローガンを掲げて日本一にもなったのは阪神大震災の後。復興の後押しをしようとしたわけ」
「イチローがいた時だ」
「イチローもいたし、同じシアトル・マリナーズで活躍した長谷川茂利投手やカージナルスとフィリーズで世界一にもなった田口壮外野手もいたの」
「えっ、武井壮もいたんだ、オリックスって」
「誰が武井って言ったよ、ワザとらしいな。田口、田口壮。“百獣の王”なんていませんから。名前の壮とイニシャルは、合ってるけどな」
発表者から聞き役に回った感のある央司のボケに幹太。
「で、チームを率いたのが仰木彬監督。“仰木マジック”の仰木さん」
「当時の監督が仰木さんでなかったら、現在のイチローもいなかったって話を聞いたことがある」
名将・仰木彬監督がイチローを育てたことは有名なエピソードだ。千穂も護倫も本で読んで知っている。
「まあ、勢いのあるいいチームだったことは確かみたいね。だから、もし正式に都市名をつけるとしたら、チーム事情の関係で神戸と大阪でちょっと綱引きがあるかも、って感じ。で、セ・リーグね。こっちはとてもとても簡単にいきそうにはないわけで」
央司に代わって説明役を続ける千穂。
「何で?」
どうして央司は千穂より野球に疎いんだろう。幹太にはそっちの方が気になったが、黙って千穂の話を聞いていた。
「まず、ジャイアンツ。なんせ自称『全国の巨人』だから、まず東京っていう一地方のチームって立ち位置に立てるかどうかが大問題。ちなみに親会社は読売新聞社ね。オーナーもさ、“球界のドン”なんて言われるくらい影響力のある人だったし」
読売が『東京』をつけるとしたら東京ヤクルトと東京巨人か、東京読売の2球団が東京を冠にすることになるが、特に問題はないだろう。サッカーでも現在はJ1とJ2の違いはあるが、かつてはFC東京と東京ヴェルディが共存していたのだから。そういえば、J1発足時のチーム名は読売ヴェルディ。都市名はついていなかった。きっとJリーグの“ルール”に従う形で企業名を取り下げたのだろう。
「キューカイのドンって、レッド・ソックスの上原浩治みたいな押さえのエース的な存在? 九回にストレートを“ドン”って」
央司のボケが雑になってきた。サッカーに比べると、野球に興味のないのが分かる。付き合う千穂も千穂だ。
「キューカイのドンのキューカイはさ、ラストイニングの9回じゃなくて野球の世界の意味での球界ね。断っておくけど」
「分かってますって」
「で、これまでのプロ野球界のもろもろの経緯を振り返ると難しそうなの。次は中日ドラゴンズ。本拠地は名古屋で、親会社は中日新聞社。ドラゴンズはジャイアンツほどには難しくないと思う。問題は阪神タイガース。ここはジャイアンツと同じくらい問題を抱えているわけ」
「何、何、ちょっと待ってよ。タイガースは敏感だよ、ジャイアンツという響きには特に」
「タイガースの本拠地は阪神甲子園球場で、親会社は阪神電鉄。どこの都市を冠にするか、ホームグラウンドをどうするかも大問題。阪神って言うくらいだから、候補としては大阪と神戸のどっちかだよね。仮に大阪で話を進めると、本拠地の甲子園球場は兵庫県にあるわけで。親会社の関係もさることながら、これまでの長い歴史からいっても本拠地を大阪ドームに移すことは非現実的でしょ。どう考えても甲子園球場は捨てられない。それじゃ、本拠地を神戸に移しましょとなったら、大阪の虎ファンだって大人しく“ニャン虎(こ)”にはなっていないわよね。まあ楽天が仙台楽天じゃなくて、東北楽天なんだから、阪神も阪神のままでいいんじゃないかな、ってことにする?」
千穂は問題提起をしようとしたのか、自分の知識を披露したかっただけなのか。
「えっ、あ、その手があったか。そうなるとやっぱり、問題はジャイアンツか」
ボソッと言った央司の呟きに、幹太が答える。
「ジャイアンツも実は、戦後間もなくまでは東京のチームだったんだ。東京巨人軍って。名前を変えてなければ時代にマッチしないことにはならなかったんだよな、結果論ですけど」
「川淵さんにお願いしたら」
「川淵さんて、川渕キャプテンのこと?」
川淵って聞いて普通、川淵三郎氏以外の誰を思い浮べるのだろう、と護倫は心の中で央司にツッコミを入れた。
「いつまでもキャプテンやってないわよ。バスケットボールの同じような問題も結局、川淵さんが解決に向けて動いたのよね、確か」
「NBLとbjリーグの一本化な。実業団リーグを前身とするプロリーグと、Jリーグに倣って地域に根ざして発足した別のプロリーグのとりまとめ役」
と幹太。
「そうそう。あれも目途が立ったみたいだし。今度は野球界にも尽力してもらったりできないかしらね」
「サッカー、バスケの次は、いよいよ野球もか」
困ったふりで天井を見上げる幹太。
「神様、仏様、川淵様ね」
「それを言うなら、神様、仏様、稲尾様」
「野球バカじゃないから、知らないわよ、フツー。稲尾和久さんの怪物ぶりは」
「知ってんじゃねぇの。この博学女」
「グーグルに載ってた」
「ヤホーじゃねぇのかよ」
野球の雑学を競うように護倫と千穂のやりとりが続いた。
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