第22話 「全然問題ない」自分で言うな!
「だけど、格好悪いよな。舛添知事。政治資金で正月の家族旅行とか、下着買ったり」
「回転寿司で打ち合わせとかもね」
ランチタイムを過ぎた「じゃまあいいか」は比較的すいていた。
「俺たちが文化祭の打ち合わせするんでも、さすがに回転寿司は行かないもんな。場所決めする時に、そんな発想が浮かばない。ある意味凄いよね、政治家って。SMバーで打ち合わせする秘書がいたり。集中力がハンパないんだよ、やっぱり」
「あれかな。築地市場が豊洲に移転するから海産物の調査でもしたって言うのかな、回転寿司店でさ。資料代で購入した数多くの美術品だって研究用だったり、外国の要人へのプレゼント用だ、って臆面もなく言い切れるんだからさ」
耕作の皮肉は東京都民の声を代弁しているのではないか。
「東京を訪れる大事なお客さんにプレゼントするんなら、ネットオークションで落札した絵画とかでなくって、江戸切子とか、べっ甲の簪(かんざし)、粋な柄の手ぬぐい、日本らしい木製の箸とかの方が外国の方には喜ばれると思うけど」
幼稚園に通う娘の彩香のお迎えの帰りに立ち寄った市川深雪。デザイン関係の仕事をしていた経験からだろうか、伝統工芸にも詳しい。
「東京の文化としては歌舞伎関係のグッズとか、飾りの付いた羽子板なんかも江戸の伝統工芸品としてはピッタリじゃないの。外国人観光客にも人気なのよ」
アナウンサーの長岡悠子。毎年、正月公演には着物姿で出かけるほどの歌舞伎ファンでもある。
「だから、元々そういう目的じゃないんですって。後付け、後付け。ネットオークション使うのだって、店頭と違って対面販売じゃないから匿名性っていうか、要するに顔が見えない安心感もあったんですよ」
女性陣の意見を否定したのは幹太。知事の会見をウォッチしてきたからか、弁明の内容も信用していない。
「あのy.masuzoeのハンドルネームは神経を疑うわよね。『私、東京都知事です』って宣言しちゃってるわけでしょ。いくらフェイス・トゥ・フェイスじゃないって言ったってプライバシー考えたら小学生だってやんないと思う。名字もイニシャルもバレバレじゃないね。もうアンビリーバボー」
と深雪。y.masuzoeというのは、舛添知事はネットオークションの入札の際に使った名前だ。当然、落札結果にも明記されることになる。むしろ名前を目立たせかったのではないかと勘ぐりたくなる。
都庁に寄せられた知事への批判や苦情は2万件を超えたという。公金流用疑惑や多額の出張旅費、ほぼ毎週末に東京を離れ、公用車で神奈川県湯河原町にある自身の別荘通いを続けていた問題を批判する内容はもちろんだが、繰り返される中身のない無責任な会見内容への憤りも多いはずだ。
「金曜の午後に定例記者会見を設定しているのも、週末を湯河原で過ごし易くするためのスケジューリングなんだって。公用車の利用記録を見ると時間も一致してるの」
悠子が指摘する。知事の定例会見は概ね金曜の午後2時からセッティングされ、会見後の公用車の出庫時間は午後3時前後が多かった。
「でさ、出発地か到着地のどちらかが公務なら都の規定上は問題ないって話だけど、ほとんど世田谷区の自宅を経由して別荘に向かっているのよね。普通は自宅に着いた時点で公務の送迎は終わるはずよね」
丁寧に図解してくれるテレビの情報番組のおかげで、広海も知事の行動には詳しくなった。
「きっと『寄ったのは自宅じゃなくて事務所だ』って言い訳するんだよ。抜け道はいくらでもあるさ」
カウンターの奥にいた恭一が口を挟んだ。
「自宅に寄った理由は、別荘に持っていく着替えとか身の回り品を用意するためよね、絶対」
深雪のいかにも市民感覚の感想だ。
「でも、そうは言わない。もし追及されたら、仕事の資料を準備していたって言うんだろうな」
恭一にも舛添知事の腹の内くらい見え見えだ。
「普段から車の中で仕事をして、別荘でも資料に目を通しているって言うくらいだから、大概のビジネスグッズや資料は携帯しているんじゃないの、最初から。政治資金として購入したブランドバッグに入れてさ」
高校生たちの批判の目は思いの外厳しい。知事へのツッコミも鋭いが、想定される受け答えまで考えている。これなら元検事の弁護士に代わって“第三者”として知事にアドバイスできるかもしれない。
「あのブランドバッグってセカンドバックだから、ビジネス文書を入れるには小さ過ぎるんだってよ。バッグもそうだけど、私は家族と行った旅行のホテル代とか寿司屋さんやレストランの飲食費に政治活動費を使うっていう神経が分らない。家族がかわいそう」
深雪はテーブル席で絵本を読んでいる娘の様子を見守っている。
「彼なら、この店にコーヒー一杯飲みに来ても、きっと『領収書ちょうだい』って言うわよ」
「公用車で乗り付けるの。金曜の午後、別荘に向かう途中で。チャイナ服姿だったらウケるんだけど」
「そうれはないだろ。悪ノリし過ぎ」
「方向も違うし、それはないな。領収書は切るよ。お客様ファーストなんで」
高校生の冗談を恭一は軽くあしらった。
「政治活動に具体的な規定や制限がないことが問題なんですよ。政治家本人が『政治活動だ』って言えば何だって政治活動になるみたいな常識外れのルールを自分たちで作っちゃってる。それで『法律的には問題ない』って開き直る。厚顔無恥も甚だしいっしょ」
耕作は政治活動の仕組みが問題だと指摘する。特に使用目的などお金の問題。
東京都知事の給料は年間約2,800万円。国務大臣とほぼ肩を並べる金額だ。ボーナスは年間約780万円。一期4年の任期を満了した場合の退職金は3,600万円という。
「ひと月200万もの給料をもらって、何に使っているのかしらね。生活用品から飲食代、たまの家族旅行の代金まで政治活動費で賄っているわけでしょ」
広海が高校生らしい素朴な疑問を投げ掛けた。
「グローバルネットワークとかって名前の国会議員時代から自ら代表を務める個人事務所も、泰山会っていう都知事になってからの事務所も自宅の一部を間借りしていることになっている。それも相場よりも割高な賃料払ってね。多分、受取人の名義は本人じゃないと思うけど、事実上は支払う側と受け取る側が舛添家同士というこになるんだろうな。だから給料以外の収入も相当懐に入っているわけだ」
と恭一。一般的に、政治活動費は個人的な資産形成には使用できないことになっている。家賃の支払い先の名義がどうなっているか興味深い。
「それってさ、はっきり言って借り主も貸し主も自分自身ってことでしょ。形は違っても、実質的には自分で自分に貸しているだけ。名義上は別な名前にしておいて法律的には問題はないかもしれないけど、実質的には問題大アリでしょ。少なくても世界のトーキョーのトップリーダーのあるべき姿じゃないし、やるべきことではないわね」
深雪は事務所費の仕組みにも到底、納得がいかない。
「釈明の記者会見で疑念を持たれていることを認めて『不徳の致すところ』って頭を下げたんだけど、形ばっかりで全然反省しているようには見えないの。そのくせ公用車で毎週末、湯河原の別荘に通うのはやめたのよ」
悠子は都政を担当する記者ではないから、知事の記者会見にも縁がない。情報量としては高が知れている。
「“自粛”でしょ、やっぱり。悠子さんたちがあれだけ追及すれば、誰だってそのくらいの空気は読むよ」
「空気なんて全然読めてないわ。だって会見では『都の規定通りで全然問題ない。移動の車は“動く知事室”で公務をしている。別荘でも資料を調べたり、身体のケアのためにも必要』って断言していたんだしさ。やましい所がなければ止める必要なんかないじゃない。会見で言ったことに責任を持つ意味でもね。やってることが支離滅裂よ」
悠子が耕作に反論する。但し、アナウンサーとしての立場ではない。喫茶「じゃまあいいか」の『恭一ゼミ』の参加者としての発言だ。
実際、知事は一回目の釈明会見以降、週末午後に設定している定例会見後ほぼ“定例”になっていた公用車を使った世田谷の自宅経由、湯河原の別荘行きの“公務”を行わなかった。
「政治家って、分かりやすー!」
広海は言い放った。
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