第20話 地方創生とJリーグ

「オレ、法律とか政治の話って正直肩凝ってさ、スポーツと政治の関連を考えてみたんだ。マスターも『人の集まるところ、政治あり』って言うからさ」

清水央司が切り出したのはサッカーの話題。クリアファイルに入れてきたA4の用紙にプリントしたレジュメのコピーを配る。レジュメというのは、研究発表や講演などで要旨や項目をまとめたものを指すフランス語で、近年政界でも使われるようになったアジェンダも似たような意味で使われることがある。

「Jリーグって、地域密着を重視してるよね、J1もJ2も。あれって結構、地方の活性化に貢献しているんじゃないかって気がするんだけど」

スポーツ好きの千穂は野球だけじゃなく、サッカーも“守備範囲”だ。

「郷土愛っていうか、応援凄いよね、浦和とか、ガンバ、鹿島とかは特に」

「ガンバ大阪ね」

ガンバ大阪は2年連続の天皇杯王者だ。千穂が確認するまでもない。

「名古屋とか広島だって熱いよ」

央司は言うが、名古屋グランパスは2016年シーズンの成績はふるわず、Jリーグ発足から初めてJ2降格の憂き目を味わうことになった。

「やっぱり、都市名を前面に出して戦うっていうのは、気分的に盛り上がるわよね。選手もサポーターも」

「ガンバ大阪は、大阪にはJ2のセレッソ大阪もあるから区別してガンバっていうことの方が多いけど、今のJ1は北からベガルタ仙台、鹿島アントラーズ、柏レイソル、浦和レッズ、大宮アルディージャ、FC東京、川崎フロンターレ、横浜Fマリノス、湘南ベルマーレ、ヴァンフォーレ甲府、アルビレックス新潟、ジュビロ磐田、名古屋グランパス、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島、アビスパ福岡、サガン鳥栖の18チーム。J2も22チームあって、一部重複する都市もあるけど、人口の多い大都市だけでなく、全国に広がりができたよね」

一覧で整理してあるからいいが、かなりのスポーツ好きでもJリーグのチーム名を正確に言うのは意外と難しい。

「欲を言えば、東北の北の方と北陸にもうちょっとがんばってほしい気がするけどな」

護倫は生まれ故郷の新潟を応援している。

「J1の鳥栖なんて、人口7万だよ7万。それでも、ホームでは毎試合1万人以上のサポーターがチームを応援してるんだから、愛着ぶりは熱狂的だね」

央司の言うように、鳥栖は佐賀県の県庁所在地でもなく、都市の規模としてはJ1、J2を含めて最小の部類に入るだろう。

「なんか地方の方が熱いよね、基本。オレ思うんだけどさ、たとえば、鳥栖がFC東京とか、横浜Fマリノスに勝つでしょ。気持ちいいじゃん、東京は人口一千万。横浜は七百万。いわゆる下剋上みたくて」

「そういう問題?」

この上ない爽快感を喩えたつもりの幹太だが、女子には理解しづらい比喩かもしれない。

「まあ、それぞれのチームの選手が全て地元出身の選手じゃないから、思い入れの深さは微妙って感じもするけど、そんな爽快感もあるんだろうなきっと」

「2002年に日本と韓国で共同開催したワールドカップ。私たちは生まれたばかりだから殆ど記憶にないけれど、相当盛り上がったんだって。だけど、大会後の日本代表チームの不振もあって、ちょっと人気が落ちたらしいわ」

「もしかして燃え尽き症候群? ワールドカップロスみたいな?」

サッカーに疎い広海が、千穂の意見にかぶせる。

「うーん、燃え尽き症候群っていうのかどうか分からないけど、スター選手の引退とかも影響したかもね。カズとかヒデとか」

「プロ野球との差別化を図ったサッカー協会の作戦も功を奏したし、ワールドカップで優勝した女子サッカー日本代表の活躍も影響したと思うんだけどね。また、少しずつ人気が盛り返してる」

スポーツの話題を選んで正解だった。央司はいつになく饒舌だ。

「野球ってさ、サッカーみたいにいかないのかな」

広海の疑問は、地域に根ざしているサッカーと、本拠地が大きな都市に偏っているプロ野球の違いだ。

「北海道とか福岡とかは、盛り上がりハンパないけどな」

「あれさ、札幌も福岡もサッカーはイマイチ目立たないから、声援を送るチームがファイターズだったり、ホークスだったりするんじゃね。千葉ロッテのファンも盛り上がりでは負けてないし」

護倫風の分析だ。

「なるほど。福岡は2年前J1昇格を果たしたけど、確かに札幌はまだJ2だ。案外いい線いってるのかなその分析」

幹太も一応は納得した上で、持論を展開した。

「でも、同じ100万都市の広島はどっちも熱いよ。ホームチームのサンフレッチェ広島は今年こそ首位争いはできなかったけど、昨シーズンまではリーグ優勝を含め、上位の常連だったし。2016シーズンは“神ってる”カープに主役を譲ったけれど、野球もサッカーもファンはとにかく熱い」

と護倫。

「でもプロ野球全体で見ると、そう結論付けるのは難しいな。北海道と福岡、そして仙台の場合は特別なんだ。全部パ・リーグのチームだよね。パ・リーグは、福岡ソフトバンク・ホークス、オリックス・ブルー・ウェイブ、埼玉西武ライオンズ、千葉ロッテ・マリーンズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、北海道日本ハム・ファイターズの6チーム。オリックスは神戸を本拠地にするチームで、東北楽天は仙台を本拠地にするチーム。楽天の場合は、東北にプロ野球の球団がひとつもなかったことや東日本大震災があったりしたから東北地方全体のチームという位置づけもあったりするんで、都市名に準じるものとします。オリックスが神戸に特化できない事情はちょっと置いといて、他の4チームは全部チーム名に本拠地の都市名が付いている。でも、元々そうだったわけではなくて、Jリーグに触発されて変更したんだよね、実は」

千穂の“週刊ジツハ”は珍しい。

「へー、そうだったんだ」

護倫も知らない情報だった。

「じゃぁ、セ・リーグは?」

「セントラル・リーグは事情がもっと複雑っていうか、大人のジジョウが絡んでいるから政治的には面白いわよ」

央司の発表を横取りするように、、千穂が勿体をつけた。


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