第19話 主要国も“政経分離”
「どうもならないよ、長い目で見れば。私たちの先人たちは首都移転を繰り返してきた歴史があるわけだしね。奈良から京都、京都から江戸ってね。そう言えば東京都ってさ、京都へのオマージュがあるのかな。東の京都って書くじゃない。文字通りの意味だよね、きっと。また調べることが増えちゃった。まぁ、首都の移転は歴史の宿命かもね。それに18歳選挙権と同じよ」
千穂の言う通り、日本の歴史を振り返ると首都は何度となく移転している。東京に移転して400年以上経つから、錯覚しているだけかもしれない。
「18歳選挙権と一緒かよ、ってどこが?」
と央司。首都移転の必然性は何となく分る気がするが、18歳選挙権と同じ、とは何のことかピンとこない。
「はぁ? あんた今まで勉強会で人の話聞いてた?」
「聞いてたさ。聞いてたけど、分らない」
「今度は開き直り? あのさ、18歳選挙権を導入した理由ってなんだっけ。大義名分」
央司の相手をする愛香。教室の会話同様に掛け合いのテンポがまるで夫婦(めおと)漫才を見ているようだ。
「俺たち若者の声を政治に反映できるようにするために決まってんじゃん」
「そういうの若者じゃなくてバカ者って言うの。政治家のセンセーたちが聞いたら、舌出して大喜びしそうな平均的な高校生の回答ね」
「あざーす」
愛香の皮肉も、央司には全然堪えていない。
「全然褒めてないんですけど。大体、建て前を真に受けてどーすんの。世界の191の国と地域の殆どが18歳選挙権を採用しているからでしょうが」
「そうとも言う。多勢に無勢」
「ホントにもう。別に勝ち負け競ってるわけじゃないし」
幹太が夫婦漫才に終止符を打つ。
「世界の大勢がそうだからってことだろ」
「あのね、大勢じゃないけれど、先進国でも首都と経済・文化の中心都市が違う国って結構あるのよ。」
と千穂。
「例えば?」
央司が相方を愛香から千穂へ。
「一番身近なところではUSA、アメリカ合衆国ね。首都はワシントンD.Cで、商業や文化の中心はもちろんニューヨーク。オーストラリアも首都はシドニーやメルボルンじゃなくてキャンベラだし」
噛んで含めるように説明する千穂。ワシントンD.Cもキャンベラも行ったことはない。
「そういえば、間もなくオリンピックが開かれるブラジルも、リオデジャネイロもサンパウロも首都じゃないんだよな。首都はブラジリア。あんまり聞いたことないからイメージも沸かないんだけどさ」
幹太が付け加える。
「カナダだってモントリオールじゃなくてオタワ。トルコもイスタンブールじゃなくてアンカラだしね。最近知ったんだけど。一番大きい都市が首都なんて、先入観にとらわれ過ぎなの。首都が仙台で、経済の中心が東京でもノー・プロブレム」
再び、千穂。トルコの首都を確認したきっかけは、「イスラム国」とも呼ばれるテロ組織IS(イスラミック・ステイツ)との対立や、安住の地を求めて命懸けの逃避行を繰り返す避難民のニュースだった。
「そうだったのか」
取ってつけたような合いの手は央司。
「また池上彰。ホントに好きだよね、テレビ」
お約束のツッコミは、もちろん愛香だ。
「だってさ、政治の勉強になるんだって。オレね、人生の大事なことは全部池上彰に教わった、かも」
今度は千穂が反応する。
「どこかで聞いたようなフレーズも、お得意の受け売りね。学校の先生が聞いたら泣くわね、絶対。でね、アメリカだってオーストラリアだってそうなんだから、政治の中心と経済の中心が異なっていたって別に問題はないの。っていうか、もしかしたら首都を商業・文化の中心と違う方が機能的なのかもしれないわ」
相方が代わっても央司のボケは続く。
「政経分離、か」
「それを言うなら政教分離ね。政治と経済の分離じゃなくて、政治と宗教の分離でしょうが。絶対、先生泣いてるわ」
「世界史、苦手なんだよね」
「そういう問題じゃないでしょ。それに“オウジ”は日本史だって得意じゃないわよね」
「あたっ」
と千穂。ジョークを交えて、央司を軽く転がしている。その瞬発力に感心していた広海が論点を変える。
「とにかく地方創生とか真剣に考えるんなら首都をどこに置くかよりも、とにかくマジ東京の一極集中を解消しないとダメね。世界各国にも例があるんだし」
「仮に首都を仙台に移転するとして、広海は何と何を移転するわけ?」
現実に即して考えてみようと千穂。
「そうね、政治の中心を移転するんだから、とりあえず国会。つまり、国会議員のみなさんは全員お引っ越し」
「それって大丈夫なの?」
国会を丸ごと地方に持っていくという発想は、愛香には現実離れでしかない。
「何が?」
「地元の選挙区から遠くなって不便になる人が増えるだろうし、住まいも必要になるわけで」
愛香の疑問はもっともだが、広海にとっては想定内だった。
「何が問題なわけ。だってほら、国会議員ってJRのフリーパス持ってるから、国会なんてどこにあってもタダでしょ。飛行機だって相当優遇されているから、無問題(もうまんたい)」
広海は恭一にウインクしてみせた。日頃から「常識を疑え」とは言ってきたが、この広海の発想に恭一も驚きを隠さなかった。国会議員はJRも航空便も優遇されている。選挙区がどこであろうと、心配する必要はない。議員特権を逆手に取るあたりが広海らしい。
「そうなると、議員宿舎も必要よね。こういう時代だから耐震設計も、土台となる杭打ちも念入りにやるの。一級建築士にお願いして、ちゃんとした業者に発注してね。それから、国民から批判されないように間取りもよく吟味して建てるの。贅沢過ぎないように。最低5年はかけてね」
耐震偽装問題も勉強済み、と何気に恭一へのアピールだ。
「5年って、それかかり過ぎでしょ」
「いや、仮にも議員のセンセーたちがお住まいになるんだから、じっくり時間をかけた方がいいに決まってる。そうだよな、広海」
広海の狙いを読んで、恭一が割り込んだ。満足そうに応える広海。
「勘が鈍いわねぇ、愛香。本当は6年でも7年でもいいんだよ。宿舎が完成するまでは住む所が必要だから、プレハブの仮設住宅に入ってもらうの。何ヶ月も不便でプライベートもない避難所生活を強いられた後、何年も狭くて耐久性も不安なプレハブ暮らしを余儀なくされている被災者の本当の気持ちは、ほんの数分の視察とかお見舞いでチラ見したくらいで分るわけないじゃない。やっぱ、実際に体験してもらうのが一番でしょ」
ようやく広海の本音が分った愛香。両手を叩いて喜んだ。
「なるへそ。な~んか、今までで一番スッキリした」
「でしょ」
傍から見たら、性格が悪いJKに見えることだろう。ふと思ったが、広海は気にしない。もしかしたら政治は案外、難しいことばかりじゃないかもしれない。
「でも、そんなことしたら国会議員のなり手が減っちゃうんじゃない」
現実に戻った愛香の脳裏に、またしても問題が浮上したが、広海にはどこ吹く風だ。
「何で減っちゃうのよ。やっぱ、地方が嫌なの。それとも仮設住宅が嫌なの。国政の議論の場が東京から地方に変わるだけよ。この国のために働きたい、国民の暮らしのために汗をかきたい。そういう志があって議員になってるわけよね、多分。だったら問題ないはず。もし、辞めたいっていう議員がいたら辞めてもらってもいいんじゃない。“自然減”ということで懸案の議員定数の削減もできちゃうじゃない」
「ずいぶん荒療治だな」
恭一は美味しそうにコーヒーを啜った。
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