特別短編 最高のクリスマスプレゼント

 年末年始は、どこも忙しい。

 が、うちの場合は少し違う。

 俺は主に工事現場で働いているが、年末年始は仕事が休みになるからだ。

 だからその頃は、少しだけ気持ち的にものんびりする。

 工事現場の同僚たちには年始の挨拶もメールで済ませてしまうし(ちなみに俺が持っているのはスマホではなくガラケーだ)、他に年賀状を出すような相手もいないから、大慌てでハガキを買う事も、下手な字をさらに下手にして数十枚分の宛名を書く必要もない。


 そんな俺にも、ここ数年、毎年している恒例行事というものが、一応はある。

 それは、クリスマスのケーキ作りだ。

 ――とは言っても、大掛かりなものではなく、普段は縁がないホットケーキミックスを買って大き目のホットケーキを数枚焼き、間に生クリームを塗って重ねただけの、他人から見ればただのホットケーキだ。

 が、わが家ではこれが間違いなく『クリスマスケーキ』だった。

 トッピングの苺さえないけれど、これが我が家の恒例で、作らないと親父が「ねえのかよ」と途端に不機嫌になる。

 素直なのか素直でないのか分からないような親父だが、楽しみにしている事が分かると嬉しくなってしまう俺は、かなり単純でアホかもしれない。


 ☆ ★ ☆ ★


「おい、何で苺がのってんだ」

 今年はもっとクリスマスケーキらしくしようと思い立った俺は、思い切って苺を買い、ホットケーキの上に並べてみたのだが…親父はどうも不満だったらしい。

「ちょっと奮発してみたんだけど…」

 どうせ、特別な事はこれだけしかないのだ。フライドチキンもフライドポテトもないのだから、これくらいはいいだろうと思ったのだが。

「嫌なら取るけど」

「もうのせちまったんだから、今さら取っても無意味だろうが」

 眉をひそめてそう言うので、俺は伸ばしかけた手を引っ込めた。


「親父って苺嫌いだったか?」

「嫌いじゃない。だからこそクリームなんかにのっけんなって言ってんだ」

「ああ、成程。別々に食いたい派って事か」

 普段、苺なんて買って食べる事がないから知らなかった。

「クリームなんかと一緒に食ったら、せっかくの苺がすっぱくなるからな」

 確かに、せっかく食べるのならそのままがいいという気持ちはよく分かる。


「一パック買ったんだけど、どうせ全部はのせられないから余りがあるんだ」

 慰めるつもりでそう言うと、親父はこの上なく嬉しそうな顔をして、しかしそれを俺に見られたのが気まずかったのか、「それを先に言え」と無理して不機嫌さを装った表情を浮かべて言った。

 つい吹き出しそうになり、俺はどうにかそれをこらえる。


「ま、俺からのプレゼントって事で」

「苺がか? 家計費で買ったんだろうが」

「まあそうだけど。て言うか、俺小遣いなんてないし」

「俺だってないぞ!」

「親父は酒飲んでんだろ。あれが小遣いみたいなもんだろうが」

「…お前、ほんとに口だけは一丁前になりやがったな」

 しみじみといったていでそう言った親父は、テーブルの下に手を伸ばしたかと思うと、パッと俺に何か投げてよこした。


「ん?」

 拾ってみると、手袋だった。黒地に、グレーと白のチェック模様の。

 これがいくらか知っている。百円だ。百円ショップで売っているのを見た事があるし、買うかどうか迷った挙句、結局買わなかった手袋だから。

「親父…」

 俺の好みをちゃんと知ってたのか、と思わず感動して、俺は親父に飛びついた。


「うわっ! 百円だからって切れんなよ!」

「切れてんじゃねえよ! サンキュー親父!」

「喜んでんのかよ…!」

 紛らわしい事しやがって!と軽く蹴られたが、俺はまったく気にならなかった。

 親父がプレゼントをくれるなんて、多分はじめてだ。

 たとえそれが百円で、ラッピングさえされていなかったとしても、俺にとっては小躍りしたくなるくらいに嬉しい事だった。


「ま、俺も家計費で買ったんだけどな」

 照れ隠しでそんな事を言う親父に、俺はさっそく手袋をはめて見せた。

「ほら、これで寒くないな!」

「…そんな安物で喜んでんなよ」

 やっぱり憎まれ口は叩くらしい。でもそんなところが、素直だけど素直でない親父らしくて、俺は声を上げて笑っていた。


「お前、かなりちょろい男だな」

「俺は親父に似てるからな」

「何だと?!」

 そこからケンカになって――と言っても、これは親父と俺にとってはちょっとしたレクリエーションみたいなものだ――軽く蹴ったり小突いたりし合った後、気づけば二人して笑っていた。


 こうして親父と笑う日が来るなんて、昔の俺は想像もしていなかった。

 だから今のこの時が、俺にとって最高のクリスマスプレゼントだ。


   Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

葉蘭万丈! 縞衣 @simakoromo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ