第40話 みんなで考える部活機会均等法
「館林!」
幹太は1年生キャプテン、館林爽太郎の名前を呼んだ。
「ハイ」
「1年生はどうなんだ。実際手応えとか」
「ハイ、僕ら1年生部員も経験者、未経験者様々ですが、6月くらいから2,3年の先輩方とほぼ同じ練習メニューでやらせてもらってます。他校に行った中学の同級生たちはまだ球拾いばっかりなので、有難いです」
「そうそう。ウチの野球部、球拾い要員なんて基本いないんで。あれって軽いいじめだし…」
「いいえ、それは違うわ」
さくらが即座に幹太の言葉を遮った。
「ウソっ、下級生いじめじゃないの?」
「ううん、そこじゃなくて。いじめに軽い、重いはないの。する方から見れば軽くても、される方から見れば全然軽くなんかないわ」
「確かに…」
「そう言えば、ウチの野球部はグラウンド均すのも上級生よね」
話題を変えたさくらに反応する太い声の主は伏見彰。幹太と同じ2年生のチームメイトだ。
「バーカ。トウシロウがトンボかけたグラウンドなんか守れっかよぉ」
「あれっ、伏見、お前ポジション外野だったよな」
普通グラウンドでトンボを掛けて均すのは内野だけだ。シーンとした体育館の緊張が一気にほぐれる。実際、田中将大の母校の駒大苫小牧高校でも上級生が整地を担当しているという。
「ほつれたボールを縫い直すのも、剣高では上級生の仕事なんです」
「ボールの縫い目は108って決まってんの。人の煩悩と一緒。1年坊主が直した112の縫い目で野球ができますかって」
きょうの伏見は、さくらの一言一言に反応しないと気が済まないらしい。
「マジ? 伏見、お前、縫い目数えたんだ」
3人のアドリブの会話が野球部の快活な雰囲気を伝えていた。
「伏見、もういいや。館林、練習メニューはいい。今の練習の手応えを聞きたいんだけど」
「スミマセン。やっぱ、基本先輩たちとはまだまだ体力的にも技術的にも差があるので、足を引っ張らないように気をつけています。でも、ノックを受けるにしても、捕球から送球までの足の運び方とか細かい動作も参考になることばかりで、見よう見真似で何となくですが上達しているような気もします」
「分かった、ありがとな。え~と、藤沢と別府は来てる?」
「ハイ」
1年生のエース格の藤沢浩治とキャッチャー志望の別府秀二が、声を揃えて元気よく立ち上がった。ちなみに二人とも「いがぐり頭」ではない。学生服姿だと野球部員に見えないかもしれない。
「藤沢はどうだ?」
「ハイ。僕は織田さんの隣りで投球練習をさせてもらってました。ランニングやウエイトトレーニングも一緒です。球数や回数では全然かないませんが、先輩の一挙手一投足が勉強になりました」
エースの織田幸一は中学時代から注目された右の本格派だ。投手を目指す1年生にとっては憧れの存在だろう。
「別府は?」
中学まで軟式野球でそれなりに鳴らしてきた別府。硬式は未経験だった。
「ハイ。僕はブルペンで時々、織田先輩のボールを受けさせてもらいました。先輩のボールは真っ直ぐも変化球も藤沢のボールとは全然違うんで、なかなか上手くキャッチングできなくて申し訳なく思っています」
学校の枠を超えたリトルリーグやシニアリーグなら事情も変わるが、学校の部活ではどうしても学年ごとの上下関係がある。日々の練習で1年生がエースの練習相手を務める機会など、まずない。3年生の投げるボールで毎日バッティング練習できる1年生もいないだろう。
「半分は先輩を立てたお世辞かもしれませんが、まあこんな感じです。上級生と下級生が一緒に練習することは、3年生にとってはあまりプラスになることは少ないかもしれないけれど、下級生、特に1年生にとっては吸収することも多く、成長に役立っていると思います」
「大宮、それはちょっと違うんじゃないか」
体育館の後方にいた3年生のグループの中から立ち上がったのはこの夏まで剣高のエースを務めた織田だった。188センチと長身だ。引退したとはいえ、存在感は変わらない。
「上級生にとってもプラスはある。3年も2年も、別に1年の手本になろうと思って練習しているわけじゃない。けど、隣りにいたら手が抜けない。同級生の前だと時には手も抜けるが、下級生の目があるとダラダラ手抜きできない。オレたちにとっても初めての経験だったけど、なるほどなって思ったのは確かさ。別府のキャッチングだって、毎日有田を見てきたせいか、入部した春に比べたらずいぶん様になってきた」
織田は引退した今も気分転換を兼ねて時々、後輩の練習に付き合い、バッティング投手を買って出ることもある。
「メリットは他にもあるんじゃないかな」
みんなの視線が一斉に声のする方へ。立ち上がったのは、今名前が挙がったばかりの有田秀之。織田とバッテリーを組んでいた正捕手だ。
「最近、授業でもグループ学習を取り入れているけど、互いに教え合うことで教わる方はもちろんためになる。でも、教える方も反復練習っていうか、確認作業ができるから記憶の定着に役立つわけで。下級生と一緒の練習の時、自分で気がついた所は1年にアドバイスするんだけど、同時に自分自身の反省材料にもなった。思った以上に意味があった。最初は疑心暗鬼で反対したけどな。吉野、今さらだけど悪かった。ゴメンな」
勉強の成績でも学年トップクラスの有田の発言に、体育館の入り口近くに並んだ職員たちの頷く姿が見える。
「先輩、ありがとうございます」
今は部活とは違う。幹太は珍しく正しい日本語で二人の先輩にお礼を述べた。
「ということで、吉野のアイデアで取り入れた練習法なんだけど、実際答えも出かかっています。秋の1年生大会では剣高野球部はとりあえずベスト4まで勝ち進んでいます。これも日頃から上級生と練習している効果なんじゃないかな。特に試合形式の実戦練習は効果大だと思っています。上級生相手に試合形式で練習できるチームなんて、そうそうないですから」
千人近くはいる体育館が静まり返る。身近な話題に集中しているようにも見えた。
「ということで、繰り返します。この練習法を野球部では部活機会均等法と呼んでます。そうです、男女雇用機会均等法のパクリです。戦術は『もしドラ』をパクッテますが、この均等法を野球部以外の部活にも取り入れてはどうでしょうか」
一瞬、笑いのウェーブに包まれた体育館が、にわかにざわつき始めた。
「えっと、ちょっと補足します。大宮クンが言っているのは、球技と身体をぶつけ合う対人競技、柔道とか剣道とかのことです。陸上や水泳などは基本、個人競技なので先輩後輩の差が元々つきにくいから対象外です」
マイクで発言したのは、ディベートの司会進行役を務める均等法の発案者、吉野さくらだった。
「吉野!」
野球部の美人マネージャーを呼び捨てにする一言で、落ち着かない体育館のザワザワが一瞬で静寂に変る。ラグビー部のキャプテン、吉田孝雄だった。
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