第39話 遅れてきたヒーロー

 国会議員と地方議員の兼務。志摩耕作の提案を感情的に否定した伊豆野。そんな教頭に構わず、耕作は一旦ノートに目を落として数字を確認すると、真っすぐ観衆を見て訴えた。

「やろうとしなければ何も変わりません。いいですか、日本の借金は1,057兆2,237億円もあるんです。国民一人当たりに換算すると833万円だそうです。ここに集まっている剣高(けんこう)の生徒一人一人も、在校生以外の方々もそれぞれ833万円ずつある計算なんですよ、借金。しかも、今も毎日毎日利子が増えていくばかりだから、近い内に1,000万超えますよ、きっと。冷静に考えたら誰だって歳出の削減は急がなきゃ、と思いますよね。今の財務大臣は危機感ゼロですが。で、肝心な政治改革の方はさっぱり進んでいない。なぜか分りますよね。そうです、“センセー”たちにやる気がないから。国会議員の定数削減なんて、国会議員に任せておいたって解決するわけがないんです」

「いいぞ“課長”」

「部長に昇進だ!」

「役員に抜擢!」

観衆から大きな拍手と野次が飛ぶ。耕作のプランに対する応援の証しだ。背中を押されるように広海が続けた。

「それって、国会議員の数が多過ぎるのが原因じゃないかしら。たとえ政治改革に前向きな良心的な議員がいても、既得権を守りたいと思っている多くの議員が反対して押し切ってしまう。『朱に交われば赤くなる』って。諸外国に比べると、日本の国会議員の数は人口比を考えても多過ぎるって議論もあります。選挙権の18歳への引き下げも“世界のスタンダード”と政府は説明しました。議員の数や待遇についてだけ『各国それぞれの事情がある』なんて詭弁で言い逃れしていないで、議員定数についても“世界のスタンダード”を導入する方が合理的ですし、説得力もあります。いかがでしょうか。仮に“課長”の案を現在の議員数で置き換えてみると、ざっくり少し乱暴な言い方をすれば、全国の市区町村の議員数で足りることになります。つまり、衆議院の議員数475プラス47都道府県の都道府県議員数合わせた数、2,000人を軽く上回る議員を削減できる計算です。“良識の府”の参議院については便宜上、別な機会に改めて考えることにします」

「一院制にする手もあるぞ!」

「廃止、廃止、参議院廃止!」

あちこちから野次が飛ぶ。

「果たしてそんなことが出来るでしょうか」

伊豆野にも町田にも反論する材料がない。ただ否定し、疑問を投げ掛けるだけだ。

「できるかできないかはやってみなければ分かりません。でも、保身ばかり考える国会議員だけに任せていたら何も変わりません。議員を兼ねることになれば、センセー方も責任感をひしひしと感じるでしょうし、要は議員になる人の度量次第ということです。物理的な煩雑さについては、適切なサポート体制を考えればいいだけの話です。秘書やスタッフの役割というか構成についてもサポート体制の一環として一考の余地があるように思います」

定数削減をテーマにしたディベートは終始、耕作の一人舞台だった。少し現実離れしたプランではあったが、それが逆に生徒たちの関心を集める結果になった。「このくらい出来たら、幹太も許してくれるかな。今の状況を幹太に見せてやりたい」と広海が入院中の幹太を思った次の瞬間、

「遅れて、飛び出て、ジャジャジャジャーン」

ディベートが退屈で居眠りしていた生徒も、突然の“ハクション大魔王”の登場に目を覚ました。波打つような形で緞帳が収まったステージ脇。アルミ製の松葉杖をついた大宮幹太が、吉野さくらのマイクを握って立っていた。もちろん、右足はまだギプスで固定されたままだ。隣りには白衣にカーディガンを羽織った女性看護師が付き添っている。きっと無茶苦茶言ったに違いない。生徒も教師もみんながあっけに取られている。一番驚いたのは広海たち「チーム剣橋」のメンバーだった。

「リハビリしているうちに、ここまで来ちゃいました」

わざとらしく頭を掻く幹太。病室のベッドでいても立ってもいられなかったらしい。

「初めてのディベートだし、みんなシラけたらどうしようと思ってさ。憲法改正やTPPをテーマにした模擬選挙とか体験議会とかってさ、言っても所詮、高校生の僕らでどうこうできるようなシロモノじゃないじゃん。部活に例えたら、練習のための練習っていうか。このディベートも退屈で欠伸(あくび)を我慢している生徒も多いんじゃないかなってね」

さすがに大勢の心をつかむのが早い。拍手と指笛が幹太を後押しする。多分、在校生だろう。

「確かに。国会みたく、事前に質問内容を通告した出来レースみたいに思ってる人もいるかな、なんて疑心暗鬼もあったりね。文化祭のこのディベートは、もちろん台本なしのガチでマジもんのなんだけど…」

まるで台本が出来ていたかのようなタイミングで隣に立つさくらが合いの手を入れた。

「で、みんなが参加しやすいように高校生らしいテーマを持って来たんだよね、オレ。人呼んで部活機会均等法。まだ、誰も呼んでないか」

前列の笑いが波となって後ろに広がる。本気なのか、おふざけのつもりか。法とはいうが、何ともチャラいし、大体パクリだ。

「実は、オレたち野球部ではもう今年から取り入れているんです。隣りの敏腕マネージャー、吉野のアイデアでね。当初は2、3年生の一部が抵抗勢力っていうか、猛反対したけど、今はまあ順調だと思っています」

幹太はさくらの背中を押して、一歩分前に出す。教師チームも黙って成り行きを見守っている。

 吉野さくらの発案という野球部の練習の一例を紹介しよう。ブルペンの投球練習では、いつも1年生がヘルメットを被って打席に立つ。主戦級の上級生のボールを実線に近い場所で見る経験は貴重なはずだ。これまでは、投手の気が向いた時だけ、投手のために打者役が打席に立った。しかも多くの場合、同級生だった。

「いつも打者がいると気が散って集中できないっていう選手もいるけど、その時点で投手失格よね。試合では、いつだって打者が立ってるわけだし」

さくらはさらっと言い放つ。別の選手は、捕手の真後ろの主審の位置から一球一球ストライク、ボールをジャッジする。プロ野球のキャンプでもよく見る光景だ。1年生自身の経験値も高まるが、捕手にとっても客観的な判断は参考になる。これもさくらの発想だった。

「だって、ベンチ脇で声出しなんて意味ないじゃん。罰ゲームだったら分るけど。まさか、声出しで野球が上達するとは思えないし、周りの士気を上げるために下級生の声出しが必要なんて理屈はナンセンスでしょ。声出しがマストなら、上級生が率先すれば、下級生は黙っていてもついて来る。あっ、黙っていちゃダメよ」

タイミングよく笑いを取って、さくらが続ける。

「部員全員でチーム全体のレベルアップを考えなきゃ、全国大会なんて夢のまた夢。甲子園出場の目標が冗談なら、私はそれはそれでいいんだけどね」

理詰めのさくらに押し切られて、同級生の2年生も上級生の3年生も反論できないことがしばしばだった。

「球拾いなんて、ミスしなければもっと人数を減らせるはずよ。トスバッティングだってきちんとミートできれば、バッターの後ろに1年生は要らない。バッティング練習の球拾い? 一瞬必要かなとも思ったけど、定位置で打球処理の練習をする外野手と交代制にすれば、外野に飛んでくる打球への判断力も養うことが出来るかなって。こっちの方がより効率的よね。ムード作りにどうしても声出しが必要なら、それぞれのポジションでみんなが実践すれば済む話」

 公式戦の試合前の守備練習には球拾いのサポートはない。一球一球に集中して短時間に効率的な練習をする。普段の練習でなぜできないか-。さくらの的を射たジャストミートな指摘には無駄がなく反論できない。顧問の横須賀も黙認していた。

「館林!」

幹太は1年のキャプテン、館林爽太郎の名前を呼んだ。


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