第32話 成人式と住所変更

 地方自治体の中には、居住実体のない有権者に投票を認めていないところも少なくない。本来なら、住民票の移動を勧めるべきでも、人口減少問題が深刻な自治体の本音は大都市周辺に進学するために転居する学生に卒業後、Uターンで戻ってきてほしいから、積極的には勧めたくない事情がある。

「コロンブスの卵ってことか。住民票がないから投票に行けない。積極的に投票に行くつもりもないから、住民票を移動しない」

さくらには住民票と投票の関係が、央司のコロンブスのニワトリと卵のエピソードと重ならない。

「ここでそれ? 喩えかイマイチしっくり来ないんだけど…」

千穂と央司のやり取りをスルーして、護倫が話を続ける。

「でさ、地方では役所の職員のみなさんが、啓蒙活動するわけよ。お盆とか正月とか帰省シーズンのJRの駅とかで。『住所変更よろしくお願いしま~す』とか『選挙ができませんよ~』とか」

「そうそう。被りモノとかかぶってやってる。年末年始はともかく、夏休みは大変よね。暑いから」

被りモノ役に同情するさくら。みんなに思い当たる節があるというのは、地方ではどこも似たり寄ったりの呼び掛けを展開しているということだろう。

「いたいた、そういえば。去年の年末。母さんの実家に行った時さ、住民票の移動じゃないけど、特産の果物の被りモノした職員らしき人が『ふるさと納税お願いしま~す』って」

千穂はスマホのアルバムで、果物の被り物から顔をのぞかせてチラシを配る写真を探した。

「マジ? クリビツテンギョウ!」

と央司。全国の自治体が返礼品を競って集めているのがふるさと納税だ。中学生だって知っている。人気の返礼品や全国の人気自治体ランキングを紹介した雑誌も数多く書店やコンビニにも並んでいるし、専用のサイトだってある。

「ふるさと納税って、被りモノで笑い誘ってしてくれるもの?」

「甘~い。大体、ふるさと納税って名前だけど、実際には故郷じゃないところに納税する人が多いのよね、返礼品目当てで。しかも、正確には納税じゃなくて寄付だし」

「こういう目立ちやすいイベント情報は成功例みたいに発信されるから、“金太郎飴”みたいに同じ光景が繰り返されるわけよね。そして金額の多い、少ないのランキングで意味もなく盛り上がるの。本来は、地方を離れて都市部で暮らす人たちが故郷を応援しようって趣旨なのに、節税をしながら返礼品でトクしようって話にすり替わってるわけでしょ」

千穂は、さくらの疑問に的確に答えた上に、政策の浅はかさまで見抜いている。

「自治体同士が躍起になって競ってるから、返礼品もどんどん豪華になってるんだ。マジでエスカレートし過ぎ。寄付する方もゲンキンだから、被りモノなんかで汗だくになっても効果は期待できない。被り損のくたびれ儲けさ。ふなっしーとか、くまモンとか、ねばーる君とかだったら2ショット写真撮ったり、幾らか効果はあるかもしれないけれど、ゆるキャラグランプリでもランク外のキャラで誘ってもねぇ」

央司もふるさと納税には詳しい。断っておくが、制度に詳しいわけではない。各地の特産品に詳しいだけである。

「ふるさと納税にもいろいろ問題がありそうだけど、それは誰かに任せるわ。今は住民票の話。この年末年始とか、来年の3月末から4月頃はきっと『住民票を移動しましょう』のPRに必死よ、全国の自治体は。だって、選挙年齢引き下げ後初めての選挙が7月として、3ヶ月居住することが選挙権の条件になるわけだからね」

護倫が予想する。年末年始はまだ早いとしても、遅くとも進学前の3月や在学生の場合は春休み中に住民票を移さなければ、実際に居住する地域で投票することが出来ない。

「お国としては“記念すべき選挙”で投票率を上げたいわけだよね」

さくらも、選挙権年齢の引き下げ後最初の選挙にミソをつけたくない政府の立場は容易に分かる。

「っていうより、下げたくないって方が本音かな」

広海の方が物言いがストレートだ。折角、若者に選挙権を拡大しても、投票率が低かったらシャレにならない。メンツも立たないということだろう。

「70年ぶりに選挙年齢引き下げた意味がなくなるからね」

「それは政府も力入るよな」

護倫も央司もまるで傍観者だ。投票に行かない若者の代表かもしれない。

「タイムリミットがこの年末から次の年度末っていうわけね」

「そういうこと」

確認する千穂に護倫の返事はそっけない。

「じゃあさ、住民票は移しました。住んでる地域で投票できるようになりました。なったんだけど、20歳の節目っていうの、やっぱ成人式くらいは故郷で“竹馬の友”と迎えたいんですけど…」

仮定の話は央司。今度は選挙と成人式の二者択一だ。一生に一度の晴れ舞台。悩ましい問題だ。

「竹馬の友って、オウジ、竹馬なんかできたっけ?」

護倫が話の腰を折る。

「オウジ、田舎に帰って羽目外して新聞沙汰にならないでよ」

「せいぜいネットまでにしておいてね」

「“炎上”も心配だけどさ」

さくらと千穂が言うのは、成人式で問題を起こす新成人のことだ。目立ちたいのだろうが、成人式をぶち壊しにするばかりか警察沙汰になることも少なくない。まさか自分達を裁く法律が、もう少年法の範疇ではないことを確かめたいわけでもあるまい。一部の地域では毎年のように問題が起きる。ニュースに取り上げられることで模倣犯的、連鎖反応的に各地に広がり、良くないことではあるが風物詩的な様相も呈している。SNSで拡散するパターンはテレビでも起きる現象だ。情報化社会の悪弊だと千穂は思った。

「住民票を移動した場合、成人式の案内が来るのは現住所だよね。田舎じゃなくて」

「故郷での成人式には行けないってことか。あ~残念」

央司は当事者じゃないので、言葉と裏腹にちっとも残念に思っていない。

「痛し痒しってヤツね。選挙は現住所でできるけど、ふるさとの成人式には行けない。幼なじみと手を取り合って晴れ着姿で記念写真に納まることもできないってわけね」

と千穂。

「案内状は届かなくても、故郷の成人式に参加するのは可能らしいよ。成人式は実家のある自治体と転居先の自治体、どっちでも選べるんだって。住民票の登録がなければ、記念品がもらえるかどうかは分からないけどさ。地方の中には、成人式を迎える若者が帰ってきやすいように夏休みのお盆とかに成人式を設定しているところもあるよね」

と護倫。地方の自治体の立場を考える。

「人口の減少対策とか都会からの移住の促進とかって、地方にとっては切実な問題なんだよね。私たちは住民票を移すとか移さないとか簡単に言うけどさ」

とさくら。

「そう。都内にもそれぞれの都道府県が移住を進めるための窓口とか置いて PRしてるんだって」

千穂がニュースで見た情報だが、同時に違和感を持っていた。同じビルの同じフロアに都道府県ごとに仕切ったブースを設け、希望者の相談に応じるシステム。そんな事務的で形式的な窓口に期待できるのだろうか。隣り合う窓口で、移住候補者の獲得競争を繰り広げている。

「進学する学生には都会で勉強して、Uターンで戻って就職してもらいたいっていうのが地方の本音。地元の活性化のためにもね」

護倫が言う。

「住民票の移動は故郷離れも加速しちゃうかもね。地方にとっては違った意味で正に“身を切る改革”になりかねない」

地方創生を掲げながら、一方で選挙権年齢の引き下げが仇になって足を引っ張るのでは、と心配する千穂。

「“切腹”って感じで、何か笑えない」

とさくら。

「まぁ、対策がないわけじゃないけど、お国のお手並み拝見ってところかしら。政治家のって意味じゃないわよ、官僚のって意味ね」

と千穂。端っから政治家には期待なんか寄せてはいない。

「えっ、千穂、何かアイデアあるんだ」

ビックリしたようにさくらが問い返した。

「あるよ」

どこかで見たテレビドラマの台詞のようなぶっきらぼうな返事は千穂ではない。央司だった。

「18歳で上京した地方出身の大学生が現住所で参議院議員選挙に投票して、20歳でふるさとの成人式に出席できる裏ワザ。一旦移動した住民票を、成人式直前に再び地元に移動すればオッケー。細かい法律は調べてないから、成人式に間に合うタイミングは誰か調べてね。とりあえず緊急避難的な応急処置」

よく考えたら手間はかかるが、単純な手続きだった。

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