第28話 無関心じゃないの、未関心なだけ

大宮幹太の従兄弟の伊達直斗のサポートで「チーム剣橋(つるぎはし)」の路上ライブは“戦争知らない大人たち”を巻き込んで大きな輪が出来た。


戦争を知らないこどもたち


作詞 北山修

作曲 杉田二郎


♪ 戦争が終わって 僕等は生まれた

  戦争を知らずに 僕らは育った

  おとなになって 歩き始める

  平和の歌を くちずさみながら

  僕らの名前を 覚えてほしい

  戦争を知らない 子供たちさ


突然、直斗が首に掛けたハーモニカを吹き始めた。うわぁ本格的~。テレビでよく見る光景だ。いつもより音が響き、更にギャラリーが増える。が、言ってもたかだか知れた人数だ。広海と愛香は用意していた歌詞カードを配って回った。

歌は2コーラス目に入る。


♪ 若すぎるからと 許されないなら

  髪の毛が長いと 許されないなら

  今の私に 残っているのは

  涙をこらえて 歌うことだけさ

  僕らの名前を 覚えてほしい

  戦争を知らない 子供たちさ


周りの人たちが歌詞を一緒に口ずさんでくれている。「平和の歌」を。広海は瞼が熱くなった。悲しくなんかないのに、視界がぼやけてきた。いけない、そう思った時、愛香が左手を腰に回してきた。幹太と直斗も気づいて視線を合わせると、僅かに微笑みかけてくれた。遠くでカメラが回っていた。


♪ 青空が好きで 花びらが好きで

  いつでも素直な すてきな人なら

  誰でも一緒に 歩いてゆこうよ

  きれいな夕日が 輝く小道を

  僕らの名前を 覚えてほしい

  戦争を知らない 子供たちさ


  僕らの名前を 覚えてほしい

  戦争を知らない 子供たちさ


3コーラス目。歌声は大合唱になっていた。大きな太陽が沈む西の空が、きれいな夕日に染まる。大きな拍手。4人はオレンジ色に燃える夕日に向かうように頭を下げた。家路に着く親子連れを見送りながら、広海たちは一息入れる。幹太が作詞した“一発芸”の「国会は夜開く」を待っているのか、取り巻くように数人の買い物客が残っている。広海たちの足元には、近くのドーナツ店の箱やハンバーガーショップの紙袋が並ぶ。ちゃんと中身も入っていた。ウーロン茶や炭酸飲料、アイス・コーヒーと一緒に。路上ライブへの差し入れだ。広海たちの活動が市民に共感を呼び始めている証とも言えた。

「君たち、何ていうバンドですか」

カメラを覗きながら男性が近づいてきた。正確にはマイクを持った女性と2人。せっかくの高揚感の中で、PTAとご対面か。面倒臭いな、と反射的に思った。顔を見合わせる4人。困ったように幹太が答える。

「えっと、バンドじゃないんですけど…」

「だって、随分盛り上がっていたじゃない」

嫌味なヤツ、と広海は思った。

「路上ライブじゃないの? 人だかりから『戦争を知らない子供たち』の大合唱が聞こえたから何してるのかしらって、寄ってみたんだけど」

女性がマイクを向ける。きれいな声だった。

 テレビ局のクルーだった。取材の帰りにたまたま通りかかったらしい。戸惑いながら幹太が受け答えする。やっぱり心強い存在だ。路上ライブのきっかけから、メンバー紹介、主な活動内容などなど。そして、あろうことかリクエストに応えて、カメラの前で「国会は夜開け」まで披露してしまった。運が良かったのはギターの伴奏があったこと。あったこと。おかげで幹太は音を外さずに歌い上げることができた。直ちゃんがいてくれたことを心から神様に感謝しなければ。


 翌日、夜のニュースで広海たちの様子が紹介された。幹太がくれぐれもと念を押していたので、扱いはあくまでも「路上ライブ」だった。字幕で流れた幹太の「国会は夜開け」の歌詞が男性キャスターのツボにハマったらしい。スタジオで、わざわざフィリップと呼ばれるボードまで用意して紹介してくれた。皮肉を込めた歌詞を、改めて丁寧に説明されるのも気恥ずかしいものだ。そのセンスを褒めてくれているのではあるけれど…。今頃、幹太は有頂天だろうな。広海が大気圏を突き抜けて、宇宙空間でふわふわ無重力を楽しんでいる幹太の姿を想像していると、クラスメートからのメールが続々届いた。

 テレビの反響は予想を超えて大きかった。広海たちの“定位置”は、複合ビルの脇から駅前ロータリーの広場に移った。ライブを楽しみにやって来るギャラリーが収まり切らなくなったからだ。買い物客や通勤客のほか、同年代の高校生や大学生の姿も増えた。中にはギターやタンバリンを手に、一緒に歌いに来る学生もいた。同じ頃、政府与党が強引に強行採決した安保法制案に反対する全国のデモや集会でも「戦争を知らない子度たち」が定番になり、国会前に集結したデモ隊が議事堂に向かって大合唱している姿がテレビ各局で紹介された。

 広海たちの街頭ライブが何とか定着してきたのは、歌だけではない。政治家の辻説法みたいな判で押したような通り一遍の公約や政策ではなく、毎回違うテーマを真剣にアピールしてきたことも人気の要因のひとつだ。被選挙権年齢の引き下げや、議員の歳費と手当ての引き下げを訴えていたから“引き下げ隊”“政治ガール”としても取り上げられた。『山ガール』や『カープ女子』などのブームと同じ取り上げだろうが、広海たちを後押しした格好になったのは確かだ。若者たちは政治に関心がないわけではない。きっかけがなかっただけだ。そう、政治的無関心なのではない。まだ関心がないだけ。やっぱり『政治的未関心』なのだ、と広海は改めて思った。安保関連法案や新国立競技場建設のデザイン問題のドタバタがきっかけとなって、全国の大学生や高校生も徐々にではあるが、独自に政治を考える運動が広がりつつある。「夜明け…、前」-。真面目に読んだことのない文豪の名著が広海の脳裏に浮かんだ。誰だっけ? トーソン…、し、島崎藤村だ。


「本気(マジ)になったらヤバいんだからね」

広海の本気モードに火が着いた。

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