第27話 路上ライブに強力助っ人

2学期が始まった。小笠原広海たち「チーム剣橋」の路上ライブは新展開を迎えていた。午後3時過ぎ。いつもの駅の改札口。待ち合わせの時間に5分遅れて階段を駆け下りてきた小笠原広海と長崎愛香。

「おう」

同級生の大宮幹太が左手を小さく上げる。

「ごめん、遅れちゃった。急いで来たんだけど」

息を弾ませる広海。呼吸を整えながら、視線を幹太の隣りに向けた。白いTシャツにブルージーンズ姿の初対面の男性が立っている。背丈は幹太より5センチくらい高いだろうか。痩せ型ではあるが180センチはありそうだ。在校生の顔をフラッシュ・バックで検索してみるがヒットしない。誰だろう。愛香と顔を見合わせた。

「あっ、紹介するわ。俺の従兄弟(いとこ)。前にチラッと話したよな。ほら、ギターを教えてくれた従兄弟だよ。二個年上の大学一年生。えっと、笑うなよ。笑うなよ、絶対に」

幹太が念を押す。広海も愛香も箸が転んでもおかしな年頃ではあるが、何にもおかしなことを言う前から笑うはずがない。幹太の口調がバラエティ番組の企画で「押すなよ、絶対押すなよ」と言葉と裏腹に「おねだり」するダチョウ倶楽部の上島竜平を思わせるので、笑った方がいいかな、と広海は先回りした。

「名前は、伊達。伊達(だて)直斗(なおと)」

愛香が吹き出した。

「ほーら、やっぱ笑った。だから笑うなって言ったのに」

幹太が軽く愛香を睨む。

「いいよ、いいよ。オレ慣れてるし。初対面で自己紹介すると、十人中九人は今みたいなリアクションだから。ちなみに気障(きざ)ではありません」

全然気にする様子のない直斗は、お約束のオチまで用意していた。が、広海と愛香が知っているタイガーマスクは本物のプロレスラーの方。3Dだ。ネタ元のアニメのストーリーにまでは精通していないので、男子向けのギャグは通じない。

「言っておくけど、“キザ兄ちゃん”の伊達直人じゃないぞ。あっちのナオトは素直の直に人。こっちのナオトは同じ素直の直だけど、北斗の拳の斗。北斗晶(あきら)の斗でもいいけど」

幹太が丁寧に補足する。もしかしたら、これもネタの内か。

「あのさ、普通、北斗七星の斗って言わない?こう見えても私たちジョシだよ、乙女。ケンシロウよりはロマンチックな星空でしょ」

と愛香。マンガに疎い広海にはチンプンカンプンなやり取りが続く。

「親父がタイガーマスク好きでさ、長男のオレに直斗ってつけたんだ。ちなみに姉貴は瑠璃子(るりこ)。瑠璃色の瑠璃ね、さすがにカタカナじゃない。これで将来、嫁ぎ先が若月家だったら笑うよね、ホントに」

要するに、直斗の姉も物語のヒロインの若月ルリ子の名前にあやかって名付けられたという話だ。で、どうして幹太の従兄弟が路上ライブについて来たわけ。広海の疑問に先回りして答える幹太。

「直ちゃんに来てもらったのは、ギターを弾いてもらうためなんだよね。いやさ、オレも必死で練習しているんだけど、ギターってそう簡単に上手くなんないんだよ、残念ながら。一夜漬けでも何とかなる試験勉強とは大違いで、そう甘くなかったってこと。直ちゃんも出来の悪い教え子にだんだんイライラしちゃってさ、終いには『オレが弾く』って言うんで、来てもらったってわけ。新曲もあるし、とっくにオレの限界越えちゃったのね。そう、限界突破。コードも難しいし、弦を押さえる左手の指も痒くってさ」

広海と愛香が直斗に自己紹介を済ませると、4人は歩いて複合ビルの脇の“定位置”に向かった。

「新曲って何のことよ」

広海が思い出したように尋ねる。

「路上ライブも『国会は夜開け』だけじゃ芸がないだろ。いかにも“一発屋”みたいじゃん」

と幹太。今度は何をパクったのだろう。不安がよぎる。いつもの場所で準備を済ませると、たった3人だが早くもお客さんがライブのスタートを待っていた。ギターのチューニングを済ませると、直斗がおもむろに歌い始めた。


♪ 戦争が終わって 僕等は生まれた

  戦争を知らずに 僕らは育った

  おとなになって 歩き始める

  平和の歌を くちずさみながら

  僕らの名前を 覚えてほしい

  戦争を知らない 子供たちさ


 最近になって大手通販会社のテレビコマーシャルで流れるようになった曲。新メンバーの登場を見守っていたギャラリーが、直斗の歌に聞き入っている。広海と愛香は、直斗が用意した歌詞カードの言葉を目で追った。そこには、幹太の手書きの『国会は夜開け』とは違い、パソコンで打たれたゴシック文字が整然と並んでいる。CMで聞き慣れているメロディだ。詞の内容は知っているような、知らないような。曲は短い。直斗は迷わず2コーラス目へ。曲を知っているからだろうか、安全保障関連法案の国会審議をめぐって戦争反対への国民の関心が高まっているせいだろうか、足を止める人の数が増える。座っている広海たちからは駅の改札口が見えなくなり、自然発生的な手拍子が大きくなった。フルコーラスを歌い終わり、直斗がまだ振動しているギターの弦を右手で軽く押さえると、タイミングを合わせたようにギャラリーからの拍手。いつもより大きかった。


「成立したばかりの安保法案の影響で、最近テレビCMで流れてるから知ってるよね。『戦争を知らない子供たち』。何か今の幹太や君たちにピッタリじゃないかと思ってさ」

直斗はペットボトルの冷たいレモンティーをふた口。喉を潤した。

「この歌、今から45年前の1970年の曲。大阪万博で初めて発表されたんだってさ。何か凄いプロデュース力って感じ。全部、直ちゃんのウケウリだけど」

「ベトナム戦争、知ってるよね。1975年まで続いたから、曲が出来た時は戦争はまだ終わってなかったんだ。一世を風靡した日本の反戦歌だよ。作詞が北山修で、作曲は杉田二郎。反戦歌って言っても特に激しい言葉が並んでいるわけでもなくて、メロディもおとなしめのフォーク・ソングで嫌味がない。当時は賛否が分かれていたらしいけどさ。しかも、割と単純なリフレインで構成されているから覚えやすい。なんか凄い計算され尽くした感じがする楽曲だよね。ただ、リリースから半世紀も経つ最近では、戦争を知らないのは子どもだけじゃなくて、大人の多くも実際の戦争は知らないわけで。楽曲が忘れられていくのも仕方ないかも。でも、だからこそ、今歌う意味があるんじゃないかって、ね」

「“戦争知らない大人たち”って感じだね」

幹太と違って、直斗の話には説得力がある。

二つ違うだけで、こんなに違うのか。それとも、大学生と高校生の違いだろうか。広海はふと考えた。直斗の伴奏と歌唱指導で、広海たち3人はメロディを覚えた。こんなことなら、カラオケボックスで練習しておくべきだった。広海は幹太を恨んだ。ギターの音色の違いだろうか。いつもよりギャラリーが多い。タイミングを計ったように、おもむろに直斗が立ち上がった。幹太が、愛香が、そして広海も立ち上がる。決して演出ではない。待っていたかのように拍手がパラパラ。構わず歌い始める。

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