第25話 議員のセンセー、反対できます?
「結局、歳費も手当ても平均的な国民と比べて相当高額で優遇された中で生活しているから、金銭感覚もおかしくなっちゃうの。三千億とか四千億とか、外国の会場が9個も10個も作れるような高額になっても構わない、っていう元総理の発言だって、耳を疑うわよね。それもこれも結局は、自分の懐が全然痛まないからだよね。市民レベル、国民レベルの金銭感覚を持ってもらう上でもグッド・アイデアね。そうすればtotoの売り上げだって、本来の目的である選手の強化に回せるようになるしね」
スマホを叩き、ノートに細かく走り書きしていた千穂が口を開いた。
「じゃあさ、幹ちゃんのアイデアをヒントに私も思いついたんだけど。東京都の負担分も法律変えていいかしら。東京都議会の議員の報酬。ひとり年に千六百万円あるから、六百万円カット。それでも一千万円も残るんだけど。月六十万円の政務活動費も半額。年額にしたら一人当たり三百六十万円。1日一万円の日当も地下鉄とかの実費にすれば、一人当たり平均しても八十万円は浮く計算ね。一人当たりざっと一千四十万円は確実だから百二十七人分で十三億二千八十万円。これを50年継続すれば六百六十億円。国から要請されている五百億円が余裕で調達できて、おつりが来るわ」
当然のことながら、都議の議員報酬も原資は都民の税金だ。だが、都民が新たな税負担をする必要はない。別に都議に感謝する必要もない金だ。都民税の振り合えに過ぎない。つまり使い道を変更するだけだ。
「これなら、少々工費が上ブレしても対応できるね。ナイスプラン」
そう言って、央司は苦虫をかみつぶしたような議員の顔を連想した。
「でも、そんなに報酬や手当てを削減して、議員になりたい人が減って困らないかしら」
愛香の不安が余計な心配とばかりに千穂。
「あのさ、この試算を実行したところで、報酬は一千万円。政務活動費は年に三百六十万円もあるのね。むしろ大甘の提案よ。日当は元々、議会があって新宿の都庁にある議場に出勤するための費用、交通費の扱いなの。中にはさ、遠くから通う議員もいるから宿泊費って場合もあるなんて屁理屈を言う人もいるけど、この21世紀にだよ、例えば甲州街道を歩いて都庁まで通う人はいますかって。今は東北とか関西とかの地方から東京に出張に来る会社員だって、新幹線で日帰りの時代。宿泊が必要な議員って、広海のふるさとのここ小笠原とか伊豆諸島の離島の議員ぐらいでしょ。だから日当が一万円っていうのが元々おかしいの。だって、議員の仕事場に来るだけなんだから。給料の二重取りもいいところ。交通費なんか実費で十分、ていうか実費が「当たり前だのクラッカー」。議会があってもなくても月額で相当額の報酬を受け取っているわけだし、もし『こんな待遇じゃ議員やってられない』ってケツまくる議員がいたら、どうぞどうぞって辞めていただきましょう。『あれ~、センセーは都のため都民のためにお仕事がしたかったんじゃないですか』って付け加えるのを忘れずにね」
さすがに頭脳明晰な千穂だ。幹太のアイデアをヒントにして、キチンと自分の意見を整理してみせた。
「賛成。でも、ひとつだけ注文つけていい。千穂、あなたが『ケツまくる』って言うのはどうかしらねぇ。クラスの男子のイメージを損ねるんじゃありませんこと。美人のお母様だってビックリするわよ、きっと。私は普通に使っているけれどね」
広海が舌を出す。幹太も央司もニヤニヤして千穂を見ている。
「ゴメンあそばせ。体育会系の父親がいつも家で使っているから、我が家では標準語でございますの」
全然悪びれた様子のない千穂が切り返す。
「いいんじゃないか、親近感持てて。逆に千穂の好感度アーップなんちゃって。それに、議員報酬を減らす話だって、別にボランティアでお願いしますって言っているわけじゃないんだし。むしろ、丁度いい“踏み絵”になるかもな。あ、最近は“絵踏み”っていうんだっけ」
好感度アップ発言は、幹太のリップサービスか、それとも本心か。広海はちょっと気になる。
「絵踏み?」
発言の後半部分に食いついた愛香に幹太が補足する。
「そう。高い報酬や手当てを目当てに議員になろうとする動機が不純な人が減って、純粋に東京の将来を考える候補が出やすくなるチャンスってことさ」
「国会議員の歳費も20年限定にすることないし、都議の議員報酬も50年で区切る必要はないわ。この際キッパリと減額して改定した方がいいよね。50年したら、また五輪に立候補して施設の改修が必要になるかもしれないし」
と千穂。あるかどうか分らない3度目の東京オリンピックまで想定している。
「一石二鳥だね。この法律の変更。いや、何かと高額だって指摘されている議員の歳費や報酬も、オリンピックを機会に何も手をつけない当事者のセンセー達に代わって解決してあげるわけだから、一石三鳥だな」
央司の指摘通り、オリ・パラでもないと議員報酬の削減は難しいだろう。政府はオリ・パラ開催を口実に、テロ対策や受動喫煙対策を押し通そうという勢いだ。この際、身を切る改革も実現しよう。いいタイミングだ。
「こういう場合は、変更じゃなくて改正って言ってもいいの。正しい方向に改めるんだから。削減幅だって良心的でしょ。何もゼロか百か。オール・オア・ナッシングって言ってるわけじゃないし」
と広海。何となくスッキリした感じだ。もし幹太案の歳費や議員報酬の削減が実現するなら、少々値の張るザハ案の“生牡蠣がドロッとしたスタジアム”でも許してやるつもりだ。
「国会議員や都議会議員の感想を聞いてみたいところだけど、ここは父島。東京から千キロも離れているから、まあしょうがない。諦めるわ。さあ次は、官僚の責任も考えないとね」
千穂のターゲットは早くも次の標的にロック・オンだ。
安倍総理が新国立競技場の建設問題で「白紙に戻す。ゼロ・ベースで見直す」と会見したのは7月17日午後3時半過ぎ。2019年のW杯ラグビーには間に合わないが、東京五輪には間に合うと明言した。その後、下村文部科学大臣が「半年かけてコンペをやり直す」と発表した。午後2時から安倍総理との会談を終えた森元総理はテレビカメラの前で「たかが二千五百億円で…」と口を尖らせた。新国立競技場の設計見直しについて了承したと伝えられていたが、つい本音が出たということだろう。コメントなしのテレビカメラは時に本音を雄弁に映し出す。
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