第23話 仮設の五輪組織委は一等地に必要か?
「新聞に出ていたけど、二千五百二十億円かかるっていう内訳なんだけどさ、国費が三百九十億円。totoの2013年分と2014年分の売り上げの5%で百十億円、日本スポーツ振興センターの選手強化費の切り崩し分で百億円、2015年から開催年までのtotoの売り上げ金の5%分で二百五十億、これは法律を改正して上乗せするらしいわ」
千穂が、予算を工面する政府の案を説明した。
「改正って、正しく改めることだから、この場合“改正”じゃなくてただの変更。都合よくお金を使えるように法律をイジっただけ。国会議員だから法律を変えることなんて朝飯前。足りない分はtotoにおんぶにだっこに肩車」
と幹太。屁理屈をこねているつもりは微塵もない。
「法律を変更して、totoの売り上げ金の更に5%分を上乗せできるように して二百五十億円ね。後は競技場の命名権、ネーミングライツと一般からの寄付で二百億円。そして、東京都の負担分五百億円を当てにしているのね。人の懐ばっかり当てにしているの」
と千穂。持ってきたノートに何やら数字を書き込んでいる。
「その前にさ、組織委員会そのものがまずは『隗より始めよ』って話」
「どういうこと?」
幹太が千穂を引き継いだ。
「五輪の組織委員会があるのは虎ノ門一丁目。一等地の地上52階の超高層ビルの森タワー・虎ノ門ヒルズ。出来たばっかりの新築物件」
「六本木ヒルズみたいじゃん」
組織委員会が公表した賃借料は約四千三百万円。年間で約四億七千六百万円に上る。2016年度は2カ所増設されたため、約七億千五百万円との試算で2020年の大会までの総額は三十億円とも囁かれている。元々は新宿の都庁近くに事務所を構えていたが、人員の増加で手狭になり移転した経緯がある。
「国立競技場のデザインと一緒じゃん。見栄えにばっか、こだわってさ。どんな偉いお客さんが来るのかしらないけど、組織委員会って所詮裏方でしょ。そんな支出に疑問を持たない人たちに、一兆円とか二兆円とかのオリ・パラを任せる人の知れない」
愛香がキレる。
「だから『隗より始めよ』。まあ、森会長がこの故事を知っているかどうかは分からないけどさ。カイって言ったら“ドロッとしたカキ”って言うかもよ」
「コンパクトな大会が聞いて呆れるわよね。本部自ら『隗より浪費』。率先して浪費してるんだから」
「誰か首に鈴をつける人はいないの?」
「鈴をつけたお姿は見てみたいけどね。スマホで隠し撮りしてSNSでアップするんだけどな」
「インスタ映えしないだろ」
「じゃ二千円札持たせる」
「意味分かんない」
「あん時の総理だよ」
「冗談はさて置き、本題ね。そんだけ無理繰り工面して、どうにかこうにか建てられるってことなんだよ。新しい国立競技場」
並んだ数字を見ながら幹太。
「ううん、それでも足りないの。五百三十四億円」
ノートに書き込んだ数字の内訳を合計して、千穂が言う。
「なぬ~。自分の都合だけで計算した辻褄合わせのいい加減な試算なのに、それでも足りないって、どういう頭してんだよ、文部科学省もJSCも。小学校からやり直した方がいいんじゃないか」
大げさに驚く素振りを見せる央司。
「収支が合っていないのに、発表できちゃう神経も分からない」
広海は日頃から政治家の無神経さが気になっているし、理解も出来ない。
「辻褄も合ってないしね。国が出すっていう三百九十億円。これだって、正確には新競技場の建設費じゃなくて、今はもう更地になってしまった数々の歴史や栄光を刻んできた国立競技場の取り壊しの解体費っていうじゃない。もう、使ってしまったってこと。開いた口がふさがらないっていうのはこいうことよね」
千穂は呆れきっている。新しい国立競技場については、一時は建設しないという選択肢もあった。しかし、解体することで、その選択肢を奪って見せた。跡形もなくなっている現状では正に「後の祭り」だ。
「大臣も大臣でさ。同じ日だよ。下村文部科学大臣が『今の案(ザハ案)を強く推した建築家の安藤忠雄氏に理由を聞いてみた方が良い』『値段は値段、デザインはデザインで決めていたのなら、杜撰だったかもしれない』って涼しい顔してんの。文科省の役割って何? 審査委員長に丸投げってどういう神経?って感じ」
愛香は、大臣なんて要らないんじゃないかと思い始めていた。
「博文会って自分の後援会の資金集めが問題になった時と同じ顔。大臣は後援会の問題をかわすのに追われていたから、国立競技場のことなんて考えている余裕がなかったんだよ、きっと。普段は人の良さそうなおっさんだけど、機嫌悪いとブスっとした無表情になるんだ、あの人。すっげぇ分かりやすいの」
記者でもない幹太に見透かされるようでは、大臣も情けない。
「総理が新しく東京五輪・パラリンピック担当大臣のポストを作っちゃったから、権限も小さくなってご機嫌ナナメ。子供みたいに『自分に責任はありません』って開き直ったのよ。でも、そうは問屋が卸さない。これまでやってきたのは明らかに文科省なんだからね。もうだまされないわ」
広海は大臣の心の内を推察する。巷では今になって、大きなハコモノ事業の経験のない文科省では土台無理だったとの陰口も囁かれ、国土交通省の力を借りないと何ともならない、と同僚からも公然と評される体たらくだ。以前から縦割り行政の弊害が指摘される霞ヶ関だが、文科省が国交省に頭を下げることになるのだろうか。官庁にも序列があるらしいから、それはそれで興味深い。
「で、最後には『検証した方がいい』って、大臣なのに完全に他人事」
央司の表情も下村大臣に負けず劣らず他人事だ。
「オリンピック・パラリンピック担当大臣置いたのだって、責任の所在を曖昧にするためじゃないかって勘ぐりたくなるわよね」
愛香も、大臣ポストの“バーゲン・セール”には反対だ。
「しかもね、その日の国会で安倍総理は、大嫌いな辻本清美議員の『仕切り直しした方がいいのでは』って質問に答えて『2019年にワールドカップがあるから、間に合わない』って言ってたのよね。
広海が指摘するのは、総理の白紙撤回直前の発言だ。国会答弁で、総理自身がスケジュールありきで競技場建設は変更できない、と明言していたのだから、混迷のドタバタぶりがよく分かるというものだ。
「麻生副総理兼財務大臣に至っては『デザインを決めたのは民主党政権の時だから、当時のことを調べてみた方がいい』ってこっちも完全に他人事。端から、自分たちで考えるつもりなんかない宣言」
千穂の批判の矛先は“漢字の読めない大臣”にも及んだ。
「でも今回の競技場の基本設計って2014年の5月なんだよね。もう完全に自民党政権なんですけど、ザンネ~ン」
央司がギター侍を真似る。もちろんエアーだ。
「総理も、文科大臣も財務大臣も全部、同じ日の発言でしょ。同じ内閣、同じ政権の大臣なのに、言ってることはバラバラ。バラバラじゃないのは、私には責任はありませんっていう姿勢だけ。腹が立つのを通り越して情けなくなっちゃう」
愛香は窓の外の海にぼんやり目をやった。
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