第16話 スカジャン先生の決断

数日後、横須賀 貢は校長室に呼ばれた。理由は分かっている。もちろん広海たちの活動についての一件だ。

「どうなってるんです、横須賀先生」

教頭の伊豆野 薫は相変わらず機嫌が悪い。

「あなたのクラスの政治活動。沈静化どころかますますエスカレートしているようですね。どういう指導をされているんですか」

「はい。指導はしています。まず、校内での勉強会は回数、時間とも減っています。ホームルームについても、クラスの生徒全員の政治的な関心が同じではないので、テーマも内容も偏ることなく配慮しています。社会の授業については、主権者教育も求められてますので、現在の政治情勢、国民が関心を寄せる問題については去年までと重点の置き方が異なるのは認めます。しかし、昨今の状況を考えると、安全保障法制や一票の格差問題、新国立競技場の建設をめぐる問題などは生徒の関心も高いのが現実です。こうした問題を避ける方がかえって不自然と思いますので、取り上げるのは止むを得ないと考えています」

 横須賀は教頭に反論の余地を残さないよう、淀みなく答える。仕方なく教頭の伊豆野は、高校教師としてのモラルに矛先を変えた。


 「先生ご自身のお考えを必要以上に生徒にアピールたり、生徒の主張をバックアップしたり正当化するようなことはないんでしょうね」

「教頭のご心配はごもっともです。私自身、高校教員としての自覚はあるつもりです。教師の個人的な考えの押し付けは指導とは思いませんので、生徒たちに先入観を与えるようなことはしません。ただ、選挙権年齢も引き下げられたわけですから、生徒たちの自主性まで押さえつけるべきではない、というのが私の考えです。よろしければ、いつでも授業を見に来て下さい。もちろん抜き打ちで構いません。私も生徒も大歓迎です」

 教頭の伊豆野に対し、毅然とした態度で持論を展開する横須賀。担任教師にお灸を据えようとした教頭だが、狙いは外れ、完全に横須賀のペースだ。分が悪いと見たのか、伊豆野は更に話題を変える。

「高校生の本分は勉強です。剣橋つるぎはし高校にとって大学進学率は最も重要な課題です。受験を控えたこの時期に、政治にうつつを抜かして受験勉強がおろそかになってはいけません。そっちの方は大丈夫なんですか」

「残念ながら、受験については何とも言えません。一発勝負の大学入試に実力が必要なのはもちろん否定はしませんが、ぶっちゃけ試験問題に恵まれるかどうかの運もあります。私自身の経験上からも。模擬試験の成績について言えば、去年までと目立った変化もありません。日頃の授業ではむしろ、日本史、世界史などへの関心がこれまで以上に高まっているようです。生徒たちにももっと自分自身を高めなければと、自覚が芽生えているようです。試験の結果に浮き沈みはありますが、向学心という意味では今のところ、相乗効果があると考えても良いんじゃないかと思うくらいです。選挙年齢の引き下げ効果とでも言うんでしょうかね」

横須賀は伊豆野に主導権を渡さない。

「授業への影響については大体分かりました。それでは横須賀先生、学校外の生徒の行動についてはどうですか。問題はありませんか」

教頭の伊豆野に助け船を出すように、校長の藤沢正平が話題を変えた。

「彼らの校外での動向については、全てを把握しているわけではありませんので、はっきりと言い切ることはできません。生活指導という面では担任教師にも責任はありますが、生徒一人一人にだってプライバシーがありますし、自由もあるわけですので、一から十まで学校の規則で縛るのはいかがなものかと」

さらりとかわそうとした横須賀に伊豆野が食い下がる。

「プライバシーは認めましょう。でもね、高校生が政治活動というのはいかがなものでしょう。辻説法とか政治家じゃないんですから」

「その点については、私も彼らに質しました。彼らが言うには、政治活動ではなく、以前この校長室で説明したとおり、とのことです。政治について彼らなりの意見も語っていますが、ご承知の通り彼らは当面、選挙に出馬できる立場にはありません。もちろん、誰か特定の政治家を応援するような活動でもありません。高校生の政治活動の線引きもハッキリしていない現状では特に規制するような行動ではないと考えています。それに最近は、ギターを弾きながら歌も歌っているようですよ。ゆずやいきものがかりとはレベルが違うとは思いますが…。それに、政治の現状について意見を述べる時も一方的に彼ら自身の主張を訴えるだけではなく、複数の生徒が異なる立場に立って聞いてる側に考えるきっかけ作りをするよう心掛けていました。私も少し驚きました。実はこの間、こっそり見てきたんですよ」


 横須賀は先入観を嫌う。PTAの陰口を鵜呑みにするだけでは正確な判断はできないと思っていた。

「それでは私も近いうちに一度、覗いてみることにしましょう。どうです、教頭先生も一緒に」

教頭の伊豆野は怒りの矛先をどこに向けたものか、逡巡している。対照的に、藤沢は学校長らしく冷静だ。でも念を押すことを忘れない。

「横須賀先生、生徒たちの自主性を重んじるあなたの姿勢と、彼らとの向き合い方は分かりました。但し、勉学に悪影響があっては困ります。もちろん世間の人たちに迷惑を掛けることがあってもいけません」

「はい、十分承知しております。そこで、ひとつお願いがあります。彼らの多くは大学に進学すると思いますが、私は彼らの路上ライブや勉強会を大学生のゼミと同じように考えています。お二人も視点を変えて、ゼミだと思っていただけませんか。現代の日本の教育は、小学校は中学へ、中学校は高校へ、高校は大学へと、それぞれというかテクニックを学ぶ場になっている現状があります。そして、たどり着く大学でも就職活動が早まり、十分な研究の場になっているのかどうか。そんな中で、大宮や小笠原たちは、自ら本来の学びの形を見つけ、切磋琢磨しながら互いを高め合っています。彼らの今の姿勢が一過性のものなのか、それとも本物なのか。正直、私にも分かりません。でもそのエネルギーを正面から受け止めるのも教師としての責任だと思うのですが、いかがでしょう」

「分かりました、横須賀先生。クラス担任として、そして「」の指導教官としてもしっかり生徒をリードして下さい。くれぐれも成績が下がることがないようにお願いします」

伊豆野に代わって答えた校長の藤沢は、釘を刺すことも忘れなかった。

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