第15話 路上ライブで新曲発表

 学校長に呼び出され注意を受けても、広海ひろみたちは駅前に立った。もちろん政治家の辻説法の真似事なんかではないつもりだ。若者たちが広場に陣取って、カバー曲やオリジナル曲を熱唱する路上ライブと変わらない。PTAの役員から学校にチクられ、一時はどうなることかと思われたが、幹太かんたの機転でその場をしのいだばかりか、駅前での活動は予想を超えて順調だった。「路上ライブ」の提案者でもある幹太は、さらなる一歩と称してカバー曲も用意してしまった。いわゆる替え歌である。作詞はもちろん幹太自身が担当した。朝から歌を歌うのも場違いかと思い、夏休みに入ったこともあって路上ライブは、買い物の主婦層を狙って夕方を選んだ。


♪ 胸に咲くのは 菊の花

  議場に咲くのは 野次の華

  どうすりゃいいのさ この私

  国会は 夜開け


「われながら、いい選曲だと思うんだ。元唄は『圭子の夢は夜開く』。田舎のじいさんの十八番おはこでさ。団塊の世代にはピンポイントで訴求力あるし、40代50代くらいでも知名度は十分っしょ」

「圭子って、どこのバーのママ?」

まんざらでもない様子の幹太に愛香。

「えっと、下北沢の駅前からちょっと入って…って、高校生がそんな行きつけの店持ってたら即停学モンだろ。街頭ライブどころじゃないよ。圭子って、藤 圭子。あれ、知らない? 『automatic』の宇多田ヒカルのお母さん。たまーにワイドショーとかで写真とか出るでしょ。最近だとヒカルの出産の時とか。マジで美人」

「へぇ、ヒカルのお母さんなんだ」

幹太の説明より、愛香は宇多田ヒカルの母親のくだりに興味津々。

「国民的なヒット曲だよ。知名度グン・バツ」

「似合わないわよ、幹太には。その中途半端な業界用語」

広海にはどうも、ノリ優先の“軽い”言葉遣いが好きになれない。

「でも、ハンドマイクで喋るよりもハズくない? この歌詞」

愛香が歌詞を目で追いながら呟いた。

「確かに。かなり勇気いるかも」

広海は、良い“”いってると感じながらも幹太を揶揄からかう。

「ウソだろ。字余りや寸詰まりなところもほぼほぼないし、オチもついてる。

 結構自信作なんだけど。阿久 悠や松本 隆にも負けないくらい」

「調子に乗り過ぎでしょ、ったくー」

愛香が幹太のわき腹を小突いた。


 『国会は夜開け』の初披露は、地下一階にスーパーの入った複合ビルの脇。思った以上に買い物客で出入りが多い。何と幹太はフォークギターを抱えている。従兄弟から借りてきたらしい。

「カンちゃん、ギターなんて弾けたっけ」

広海が不安そうに尋ねる。

「全然」

「んじゃ、持ってるだけ?」

「なわけないだろ。仮にも路上ライブだよ、路上ライブ。ギターでも抱えていないとカッコつかないっしょ。アルト・リコーダーじゃダサいし、ハーモニカだと哀愁が漂い過ぎる。キホン弾けないんだけど、この曲のコードだけ従兄弟に教えてもらったってわけ。サラリーマンとかOLだって、たった1曲だけ弾けるようになるためにピアノ習ったりするのが最近のブームらしいし。まあ、夏休みの終わりまでには格好つけるつもりだからさ、期待してて」

そういうと、音合わせのようにボロローン、ボロローンと右手の親指一本で奏でる、というか弦を響かせた。コードを押さえる左手の方はというと、自信なさそうに、ぎこちなくギターのネックを行ったり来たり。本当に夏休みの終わりまでに弾けるようになるのだろうか。


♪ 胸に咲くのは 菊の花

  議場に咲くのは 野次の華

  どうすりゃいいのさ この私

  国会は 夜開け


一番だけ歌ってみた。やっぱり恥ずかしい。一応カラオケボックスで練習してきたが、小さな部屋で顔見知りの少人数の前で歌うのと、不特定多数の人が行き交う街中で歌うのとでは天と地ほどの違いがある。しかも、伴奏が大違い。カラオケボックスと違って、今は歌をリードする伴奏ではなく、歌についてくる感じのボロローンだ。それでも、メロディの知名度が高いせいか、それとも政治家を皮肉った歌詞のせいか、何人かが足を止めて聴いている。軽く笑い声も聞こえてくる。余計に恥ずかしい。幹太はボロローンを続ける。『二番も歌え』と広海たちに目で催促する。もう、どうにでもなれだ。広海と愛香は歌詞をメモった紙に目を落としながら、ほぼほぼアカペラで歌った。



♪ 十五、十六、十七と

  私の舞台は 生徒会

  だけどいよいよ 有権者

  誰を どう選ぶ


♪ 党利党略 「粛々と」

  不祥事起こすと 「遺憾です」

  国会答弁 禅問答

  本音は どこにある


♪ 息子、娘に 娘婿

  二世、三世、花盛り

  水はどんなに 甘いのか

  民は 見ているぞ



まばらだが、拍手をが起きた。

結局四番まで歌った。気分はヤケクソだったが、できるだけ丁寧に歌ったつもりだ。変化が起きたのは三番から。二番までは元歌の知名度とたっぷり皮肉の利いた歌詞のせいか、クスクスと笑いが起きた。三番に入ると、もっと歌詞を楽しもうというムードも手伝ってか静かになった。そして四番。なんと手拍子が起きた。そして歌い終わっての拍手。手前味噌を承知で言えば、まずまずのデビューだった。

「その歌詞カード戴けないかしら」娘の手を引いた主婦だろうか。ジョークの好きな夫に見せたいという。歌詞カードなんて言えない走り書きのメモは3人分しかない。幹太がうれしそうな笑顔を残して、近くのコンビニに走った。


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