第6話 ジャンケン? せめてくじ引きだろ!
広海と二人分の昼食の買い出しから愛香が戻って来た。
「市区町村長とかのケースが多いね、無投票当選。あれも何だかねぇ」
塩味の鶏からを口に入れたまま喋るから、護倫の話にも真剣味が感じられない。
「何だかねぇって?」
「有権者に選択のチャンスがないわけじゃん。この人嫌だなって思っても、自動的に当選しちゃうんだから」
広海に向き合う護倫は明らかに白けた様子だ。興奮気味のせいで、せっかくの鶏の唐揚げが口元から半分はみ出している。
「じゃあ、『反対』って書いて投票したら?」
愛香が買ってきたドーナツの箱を開ける広海。
「あのさ、投票にならないの。無投票なんだから。対立候補がいなくて、告示日の締め切り時間になった時点で、当選決定。バンザーイってね」
「相手選手が揃わなくて、ホームベース前で不戦勝を告げられる、みたいな。拍子抜けってヤツね」
唐揚げを飲み込んだ護倫がドーナツの箱を覗き込む。
「それじゃ、選挙権の意味ないじゃん」
広海は腕を伸ばして、ドーナツを狙う護倫の頭を横に押し返す。
「意味ないね。意味ないけど、一般論で言うと『じゃあ誰か適任者を探して立候補させるか、自分で立候補したら』って理屈さ」
広海の腕を振り払って性懲りもなく、ドーナツを品定めする護倫。
「そんな意地悪ッ!」
広海が箱の上に両手を広げて、“ハゲタカ護倫”からドーナツを守る。
「そう、意地悪だよね。あっ、でもオレが言ってるわけじゃないよ。あくまで一般論ね」
どうやら護倫のお気に入りのドーナツはなかったようだ。
「そんなんじゃ、もし、二人以上立候補して選挙になっても、投票に行く気しないわ。大抵は立候補する人のこと、ほとんど知らないし」
愛香がクリームの入ったふんわり系のドーナツを手に取った。
「そうだよね。どっちの候補者も別に応援したいわけじゃない。でも、どっちか選ばなきゃいけないって言われて、相対的に嫌いじゃない方に投票するなんて、バカみたい」
広海はクロワッサンタイプの新商品を選ぶ。
「よくさ、『投票は有権者が政治参加する権利。棄権は権利の放棄です』って言うけれど、これはって思う候補がいないんだから、棄権だって『適任者がいません』っていう意思表示のひとつだと思うんだけどね。政治に関心がなくて、面倒臭くて投票しない棄権とは違って、権利はある意味ちゃんと行使している」
「先生が言ってた『ある意味』ね。実は意味なんてない」
横須賀の言葉を思い出した広海。愛香の主張は
「言い方は子供っぽいけど、結構核心を突いた指摘だね」
「ゆうべの『朝まで生テレビ』みたいになってきた。テーマが違うけど」
央司が茶化す。
「田原総一郎さんだったら何て言うだろう」
「だって、そうでしょ。棄権にもいろんな棄権があるわ。権利の放棄なんて、一方的に決めつけられたくないよね」
同意を求める愛香。
「その意見に、一票」
広海が賛成する。
「オレも」
と央司。真面目に考えているのか、ただの相づちか分らない。
「お前、選挙出たら当選するんじゃね。もう、二票も入った」
護倫が残ったドーナツに手を伸ばしてきた。
「冗談言わないで」
愛香が護倫の右手をピシャリ。
「冗談、冗談。でもさ、無投票当選はともかく、仮に選挙になっても、投票に行かない有権者の本音って、案外そんなところにあると思うんだな、オレは」
護倫が思わず手を引っ込めた。
「テレビのニュースとかで『あなたの一票で政治が変わります。棄権しないで投票に行きましょう』とか言われてもねぇ」
お腹も少し落ち着いてきた広海。冷たいミルクティーを一口。
「『投票は有権者の声を政治に反映させる機会です』なんてね」
愛香がアナウンサーを気取ってみせる。
「あれもポーズだね。とりあえず、言っとけば安心。怒られないから」
護倫はさも分かったような物言いだ。
「そう言わないと怒る人って誰よ?」
愛香が二つ目のドーナツを選んでいる。
「お国だよ、お国。総務省」
「総務省って、放送局の監督官庁。放送局はテレビもラジオも免許事業だから、お国から電波を割り当ててもらっているわけ。まぁ、実際にはないだろうけど、あんまり言うこと聞かない“やんちゃ坊主”な局は免許取り消しなんてことになったら困るだろ。時々、ヤラセとか不祥事とかあると、厳重注意とかあるじゃん。だから、“お利口さん”を演じることもあるのです」
実際に僅か半年ほど後に、高市早苗総務大臣の放送局の免許取り消し発言で大騒ぎになることなんて予想していなかった。
「ふ~ん。そうなんだ」
「池上彰の、そうなんだ~」
こんなツッコミができるのは、央司しかいない。
「でさ、本当はテレビのキャスターだって、有権者が選挙に行かない理由なんて薄々分かってる。もしも、番組の顔になってなかったら、毎回投票に行くかどうかだって怪しいかも、だし。でも、局の立場もあるし、わが身も可愛いしね」
分かった風に護倫が続ける。
「いろんな選挙で、投票率の低さが問題になってるよね。ホントはちっとも問題になんかなってないんだけどさ。投票率が低くて困っている。いや、実際には困っているわけじゃないから。立場上困ったように見せている、という方が正しいかな。まあいいや。オレ思うんだけど、いろんな選挙で投票率が上がらないワケその①『これは、という魅力的な候補者がいない』から。さっき言ってた比較的嫌いじゃない方に投票するなんてナンセンスってこと。投票率が上がらないワケその②『誰に投票しても、自分の一票じゃ大勢に影響はない』から。塵も積もれば山となるっていうけど、やっぱり実感としては一票じゃどうしようもないって感じるよね。極々たまに、当選と落選が一票差とか得票数が同じで、嘘みたいな話だけど候補者同士くじ引きで当選者を決めたりするなんて場面がニュースで流れたりすることもあるんだけどね」
「くじ引き?」
広海がミルクティーのストローから顔を上げて護倫を見る。
「うそ~」
食べかけのドーナツをつまんだ愛香の手が止まる。
「天国と地獄」
今度は央司が箱の中のドーナツを狙っている。
「そういうルールなんだよ。公職選挙法が」
興味本位だが、選挙についても意外と調べている護倫が言う。
「アホくさ!」央司は窓の外に目をやる。
「法律決める時にさ、予想していなかったんだよ、そういう事態。正真正銘の『想定外』ってヤツ。だから、割といい加減に『ここは公平にくじ引きにしよう』なんて決めちゃったんだよ、ザックリとさ。何が公平か分からないけど」
護倫の言葉が冗談に聞こえる。
「候補者は諦めがつくかもしれないけど、落選した候補者を推した有権者は割り切れない気分ね、きっと」
愛香は当事者じゃないかと思うくらいの入れ込みようだ。
「日本は法治社会だから、法律に則(のっと)っているだけっていう理屈よね」
と広海。「適法だ、自分は悪くない」と国会や記者会見で訴える政治家や高級官僚の面々が脳裏をかすめる。
「いい加減な部分があっても法律は法律ってわけさ。でも野球部のキャプテン選ぶわけじゃないんだから、ジャンケンっていうのもなあ」
護倫も醒めている。
「せめて、阿弥陀くじとかさ」
と愛香。
「好きなところに線一本足せたら、まぁ公平かな」
央司は後出しがビミョーなジャンケンよりも阿弥陀クジが少しは公平と思った。
「野球部のキャプテン選びだって、決戦投票くらいするわよね」
まだ信じられず、あきれた表情の広海。
「えっと、投票率が上がらないワケその③ね。『誰が当選しても、その後の政治に大差があると思えない』から。まぁ、魅力的な候補者がいないっていうのとかぶる部分もあるけど、誰が県知事とか市区町村長とかの首長や議員になっても社会はそうそう替り映えしないって諦めムードだよな」
護倫は来年の参議院議員選挙、きっと投票には行かないだろうと広海は思った。
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