第5話 から騒ぎの速報番組が無関心層を増殖させる
「そういうことだね。間違えて当選確実を出した放送局の責任者が謝罪するなんてこともあったなぁ」
「バッカみたい。間違った情報を流すのは問題外だけど、マスコミ同士が競って当選確実を出すのも結局、同業者間の競争でしかなくって、どの局が早く出したかなんて、私たち一般人にとってはあんまり関係ないわ。翌日の新聞を見れば、大抵は最終結果は分かるでしょ。テストだって、速く解き終わっても時間ギリギリまで間違いがないかチェックしてみると、一問か二問ぐらいは間違ってるんだよね。速さだけ競ってもあんまり意味がないよね。クイズ番組じゃないんだからさ」
食いついたのは
「テストあるある。で、いろんな情報ツールが発達した現在では、選挙の報道現場も変わってきたけど、考え方は旧態依然ということだね。だいたいさ、関心が高いから速報するって言い分も怪しくねェ」
「怪しい、ってどういうこと?」
絶妙なタイミングで
「だって、大抵の投票率って、せいぜい50%前後だよ。地方の投票率はもう少し高いのかもしれないけれど、都知事選なんか40%もいかないことが多い。都市部の選挙なんて30%台の場合も珍しくないんだ。それで“民意”と言われたり、関心が高いって言われても『いかがなものか』と個人的には思ったりもするわけで」
護倫は皮肉を込めて政治家口調を使った。
「20歳以上の有権者の約半分が投票をしていないってことは未成年者も含めれば、人口の過半数があんまり関心を示していないと判断できるわけだよね。公共の電波でこぞって速報番組なんかしないでほしいなって感じ。だって、同じ政治家が時間差で別々の局に出演して、同じ内容のコメントを繰り返しているだけじゃん。よく考えると、放送局を変えての再放送。オレなんかは、もっと違う番組も見たいなって、正直思うんですけど」
「未成年を含め、国民の半分以上が関心ないのに、NHKも民放も全部選挙速報特番なんてやめてほしいね」
央司の本音は、得意のギャグよりもクラスメートに受けた。教室が拍手に包まれる。
「確かに、意見はいろいろあると思う。テレビ各局は報道の部門があるから、選挙報道にも意地とプライドみたいなものがあるんだよ、きっと。だから特番も組むし、当確も争う。でも、君たちが主張するように、視聴者にもっと多様な選択肢を用意してくれてもいいと思う。例えば、オリンピックやワールドカップの試合のように、当番制みたいなスタイルでやるとかね。テレビ局は、すぐ『独自の主張がある』とか『視聴者に多様な選択肢を提供する役割がある』という大義名分を振りかざすけれど、一方で放送には自らが力説する“不偏不党”っていうルールだってある。特定の党の主義主張に偏ってはいけないというルール。だから、第三者的に見るとどうやって違いを出すのかが良く分からない」
一人一人の疑問や意見に解説を続ける横須賀の声に、授業終了のチャイムが重なる。
「“裸の王様”みたいに誰も何も言えなくなっているんじゃないかな。『王様は服を着ていない』って分かっているのに、怖くて言えない。『一分一秒を争うような当確なんて多くの視聴者は求めていないし、微妙にしか違わない政党別の議席数の一覧表だって各局で別々にお金掛けてやるほどの意味はない』と分かっているけど言えない。そんなこと言うと『お前、政治に関心ないからだよ』って一刀両断されるのが怖いから」
幹太の主張に高校生らしい反応を見せたのは愛香だ。
「ああいう選挙特番って、逆に政治的な関心を低下させるような気がするんですけど。同じ情報ばっかり溢れて、もううんざりしちゃう」
「まあ、それが当たり前になってしまって疑問を持たないっていうのには逆に問題がある。だからこういう議論は大切だと思う。せっかく盛り上がってるところ残念だが時間だ。きょうはここまで」
そう言い残して横須賀が職員室に戻って行く。横須賀は生徒たちに好奇心の種を育てたいと考えていた。
まもなく夏休み。振り返れば、大学に行くことが当たり前のように足早に過ぎていったこの1年半。まだ1年以上あるとはいえ、高校生活にあまり充実感を感じないのはなぜだろう。中学、高校と受験勉強を繰り返して目指す大学って、そんなに魅力的なところなんだろうか。広海は水しぶきをとホイッスルが響く水泳部のプールの遥か向こうに沸き立つ真っ白な入道雲をぼんやり眺めていた。土曜日の午後の教室。
「なあ、ゴリンは将来、何を目指してるわけ」
央司がサンドイッチを頬張りながら護倫に尋ねた。ゴリンは護倫のニックネームだ。苗字が長野なので子供の社会では至極当然の成り行きだった。むしろ、マモルと読む方が難しい。
「何だよ急に。オレはもち、プロ野球選手」
スマートフォンで最新ニュースをチェックしながら護倫が受け流す。
「じゃあ、オレはJリーガー」
「じゃあ、はないだろ。子供が将来の夢語ってんじゃないんだから。大体、オウジ、本気でサッカーなんかしてないくせに」
央司と護倫の他愛もないやりとり。いつもと変わらない時間だけが過ぎて行く。
「いやいや、職業選択の自由は憲法で保障されている。遅すぎたJリーガーってところかな」
今からJリーガーってマジか、後ろで聞いていた広海も会話に参加する。
「職業選択の自由はあっても、図抜けた才能が必要でしょ。特にプロスポーツ選手はね」
「じゃあさ、お前みたいに政治家でも目指すか」
別に、政治に特別興味を持っていたわけではないし、今だって本気で目指してなんかいない。ただ、広海の正義感が今の政治を許せないだけだ。
「あんたね『政治家でも』っていうほど簡単じゃないわよ」
「選挙で当選しなきゃ、なれないもんな」
護倫が当たり前のことを言う。
「確かに。政策とか公約も必要ね。当選したら、こんなことします、あんなこともやりますって」
「公約なんて言いっ放しでいいんだよ。ウチの親が言ってた。今の議員なんて当選すると自分の公約なんて忘れてしまう生き物なんだよ、って」
「時々、駅前で見かけるじゃん。『辻説法』っていうの。プラスチックのビール箱の上とかに乗ってさ」
「まあ、顔と名前はある程度知ってもらえると思うけど、何だかなあ、パフォーマンスじゃね、って正直白けた気分にもなるな、ああいうの。まだ選挙権がないからかもしんないけどさ」
割り込んだのは央司。たまごサンドを頬張りながら喋るので、聞き取りにくい。
隣りで護倫のホットドッグがパリッと音を立てると香ばしい香りが広がった。
「確かに、点数稼ぎっていうか、逆にマイナスイメージもあるのは確かだね」
広海の空腹もそろそろ限界だ。買出しに行った愛香はまだ戻って来ない。
「ビミョーだよね」
唐突に央司。頬張ったサンドイッチをコーラで流し込む。
「でもさ、仮に辻説法で知名度は売った。政策も理解してもらったとして、それだけじゃ当選できないでしょ」
広海が護倫の方へ身を乗り出した。
「基本、相手がいるからな、選挙は。ライバルとなる対立候補」
と護倫。
「そうそう。衆議院議員の場合は基本、小選挙区制だから、ひとつの選挙区で当選できるのは一人だけ」
もうサンドイッチを食べ終えた央司。大きなゲップには緊張感の欠片もない。
「じゃぁ、比例は?」
「現状で立候補すると仮定して、俺らは政党に入っていないから、そんなの関係ねぇ、ってこと。比例区では立候補できない」
護倫はそっけない。大きな政党の名前の売れた候補が選挙区で落選した後、比例区で復活当選するようなオイシイ話は無所属の無名の候補には叶わない。
「小選挙区で1番の票を集めなきゃ、即落選。小選挙区で『あなたはダメ』って言われたのに、比例区でゾンビみたいに“生き返る”裏技は無理なんだよ。」
央司も選挙の基本ルールは知っている。
「選挙ってさ、時々投票しないで当選っていうのも聞くじゃない」
突然、広海の後ろから声がした。話に夢中になっていたせいで、全然気がつかなかった。
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