第4話 つまらない選挙速報と当確のナゼ

「アメージングっていうか、エポックメイキングだよね。画期的なアイデア。どんな投票結果になっても最低限、男女の比率の均衡だけは保たれるから」

感心する広海ひろみを千穂がフォローする。

「フランス人ならではのエスプリって感じかしら。これで、ペアを組む時に、同じ政党同士はダメって“縛り”をかければある程度、政党のバランスも取れるんじゃない」

「主義主張は違っても、人間性を尊敬する者同士とかね。それなら健全な議会運営も期待できそうだね」

級長の幹太もイメージを膨らませる。

「結果は今後を見ないと分からないけど、選挙や議会運営の考え方については、フランスは日本よりはある意味“先進国”ってわけだ」

と横須賀。

「ちなみに、“ある意味”って言葉は、政治家や学者、芸能人がいかにも意味ありげに使うけれど、言葉とは裏腹にほとんど意味がないことが多いね、実際には。注意しておいた方がいい」

「英語でも、アッハーンとかウッフーンとか言うもんな、ネイティブは」

「ウッフーンは言わないでしょ、普通。言うのは、相づちのI see.とか、同意を求めるYou see.ね。でも『ある意味』とは違うわよ。次にいう言葉を考えているのよ」

横須賀のジョークを央司ひろしが拾い、千穂が置き直した。

「さすが自由、平等、友愛の国、フランスね」

さくらの頭の中には、凱旋門とトリコロールの三色旗。

「ナポレオンの辞書に、男女不平等の文字はないってか」

央司の脳裏には、馬に跨って雄叫びを上げるナポレオンの雄姿しか浮かばない。

「きっとフランスだって、政治の女性参加が問題になっていたから、こういうプランが出てきたのよね。ごちゃごちゃ言わずにエイヤーって感じ。思い切りがいいっていうか。でも、考えてみると選挙費用だって節約できるわよね。候補同士が協力するわけだから丸々二倍にはならないでしょ。単純に二分の一にもならないとは思うけど。身を切る改革にもつながるし、安倍総理の言う女性の活躍社会にも貢献できるわけでしょ。こういうの勉強してほしいよね、ニッポンも。でも、一体どういう経緯でこういう選挙スタイルが実現したのかな。反対だって当然あっただろうし、そっちの方が興味あるわ」

千穂は頭の中であれこれイメージしてみた。


 「政治家の外遊とか海外視察って、本当はこういうところを学んでほしいよね。まあ、現職の国会議員が自分たちの首を絞めることをするはずもないか」

幹太は諦観している。

「『身を切る改革』なんて、口先だけの日本では百年経っても無理ね」

広海も現在の日本の政治に期待していない。

「国会議員が一番の抵抗勢力な、国民主権にとっての」

護倫まもるが皮肉混じりに吐き捨てた。

「ぶっ壊してやる」

最後に持っていくのはいつも央司だ。

「いないんだよ、ぶっ壊すような議員。とにかく既得権が最優先。新しいことは嫌いじゃないけど、国民にとってのプラスと自分の損得を天秤にかけたら間違いなく、自分の損得の方が大事っていう議員ばっかり」

父親が新聞記者だからか母親がアナウンサーだからか、千穂は勉強ができるだけじゃなく、社会への関心も高い。

「それは言い過ぎよ。あの人たちは初めから天秤にかけないもん。そういうところには迷いがない。自分たちの損得勘定にはマックス敏感だけど」

隣りのクラスがビックリするくらいの笑いが教室を包む。千穂とは対照的に広海は直感的だ。

「身を切る改革が、いつまで経ってもできないところなんか象徴的だね」

分かったような口ぶりで幹太がまとめた。


 政治家にも不満があるが、マスコミの選挙報道、特にテレビの選挙速報特番と呼ばれるあの番組も高校生にとっては不思議なシロモノである。なぜあんなに急ぐのか。なぜあんなに熱くなるのか。まるでお祭りだ。

「先生、国政選挙や都道府県の知事選挙ってテレビ各局が競うように選挙特番で開票速報を中継しているけど、あれって必要なんでしょうか。ってか意味あるんでしょうか。どのチャンネンルもみんな同じって感じで、代わり映えしないんですけど」

吉野さくらの質問に、個人的な意見と前置きした上で担任の横須賀が答える。

「まず、必要かどうかという問いについては、必要だと思う。視聴者である国民の関心が高いという前提で報道するわけだよね。けれども、各局が横並びで一斉にっていうのは、確かにどうかなって疑問がないわけじゃない。速報の意味があるかどうかについても、意見が分かれるかもしれないな。なぜかと言うと、今の開票速報は開票作業が行われる会場で投票箱が開かれる前、投票の締め切りとほぼほぼ同じタイミングで有力候補者に当選確実、つまり当確とうかくを打つ。もちろん集計の前だ。これは、マスコミ各社が独自に『出口調査』を行っているからなんだ。複数の候補者がかなり接戦になっている場合を除けば、結果は予想しやすいのだろう。はっきり言って当選確実や当選を早く知りたいのは一部の選挙関係者を除けば、そんなに多くない。当選、落選の結果を知ることに一分一秒を争う意味があるかといえば、個人的にはないと思う」

「以前は投票箱を引っくり返して机の上に票を広げた瞬間に当確を打ったらしいわよ。で、だんだんエスカレートして投票を締め切った段階で当選確実を打つようになったの」

さくらは感情を込めずに淡々と説明する。

「“開票速報”だから、票が開いてないのに打ったらフライング。“誤報”になっちゃうでしょ」

千穂が説明する。千穂の父親は新聞記者だ。

「だから今は“開票速報”じゃなくて“選挙速報”なんじゃね。開票はまだだけど投票は締め切ったんだから、有権者の判断に影響はしないって意味で」

「屁理屈だよな、屁理屈。文字通りオナラと同じくらい下品な理屈」

広海の発言に、素早く反応する央司。品性はともかく、この反射神経にはついつい感心してしまう。

「まあ、出口調査や独自の取材の感触だけで判断するんだから、そういう意味では、選挙速報とか投票速報という形ならいいんじゃないかという論理は成立しそうだね」

横須賀も生徒のやりとりを楽しんでいる。

「ところで出口調査って何ですか」

今度の質問は吉野さくらだ。

「出口調査っていうのは、複数の投票所の外に待機したマスコミ各社の係員が投票を終えて出てくる有権者に、誰に投票したのか、またはどの党に投票したのか聞き取りを行う調査のこと。最終投票率と選挙戦中の取材の手応え、感触なんかを加味して独自に当落の予想を立てるために行う調査だね」

横須賀の説明に間髪入れずに意見してきたのは、千穂。

「開票する前から結果が分かるってことですよね。選挙速報の意味なーし。何か人をバカにしてませんか」

千穂の主張は尤もだ。

「昔は違ったんだよ。出口調査がなかった頃は、開票所で票の集計作業を見守りながら、票の開き具合、時間ごとの開票率などを勘案しながら当選確実を打っていたんだ。テレビ各局の判断でね。どの局が一番速いか競い合うような感じだった。前に、開票作業を手伝ったことがあるけど、記者席から双眼鏡で票を候補者別に仕分けするテーブルを覗くわけ。それで、仕分けする票の束の数を比較して、選挙管理委員会が行う時間ごとの発表よりも前に前にって競って速報して、ある時点で当選確実を打つ。それが選挙速報のだった」

選挙が行われるのは主に日曜日。投票所や開票所の担当として選挙に携わる公務員も少なくない。主に市町村の職員と学校の教員だ。そんな横須賀の経験談にも、志摩耕作は冷めている。

「とってもアナログな作業ですね。でも、今も昔も、結局は自己満足。僕らがテストで早く問題を解き終えて、答案用紙を裏返しにして試験時間の途中で退席する時間を競うようなもの。答えが合っていれば良いけど、ケアレスミスなんかで間違っていたらバカみたいだし」

六列に並んだ生徒たちの机の間を移動しながら横須賀。

「面白い喩えだね、テストのケアレスミスか。同じように開票速報にもミスがないわけじゃなくって、過去にも実際に開票が終わってみたら、当選確実だったはずの候補者が落選したって笑えない話もあったんだ」

「それって、バンザーイなしよ、ってことですか」

欽ちゃんこと萩本欽一さんを真似たジェスチャーつきで央司。硬い話題で緊張気味の空気を切り裂く抜群の天性。時代が変わっても、どのクラスにもいる人気者だ。

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