第3話 議員のことを議員が決めるってヘン!
「議員のことを議員で決めることがおかしい、って広海の主張は分かるよな」
級長の幹太が話の腰を折る
「もちのろん。オレらが『おかしくね』って言わなくても、百人に聞いたら97人は『おかしい』って言うね」
真顔で答える央司に、つられた幹太が思わず聞き返す。
「残りの3人は?」
「国会議員のセンセー。実は調査は議員宿舎周辺で行われたのでありました!」
茶化しているのか皮肉っているのか。央司は全くつかみ所がない。
「誰か、もっとましなヤツいませんか~」
「要するに、今の政治は、『議員の、議員による、議員のための政治』なんだよね」
央司が得意そうに言う。
「いよっ大統領。リンカーンをパクッ!」
護倫がツッコむ。
「パクリ言うな。名誉毀損で訴えてやる。引用っていうの、引用」
央司が怒ったフリ。護倫との会話を楽しんでいる。漫才のつもりだ。
「はい、はい。それで?」
「元々、政治というのはギリシャの時代から、基本は『直接民主制』なわけ。正に『人民の、人民による、人民のための政治』。ところが時が経ち、人口が増えるに連れて物理的に不可能になった。一同に集まるのがね。で、『間接民主制』の『代表民主制』に移行することになる。言ってみれば『代表の、代表による、人民のための政治』。最初はさ、代表になった議員さんたちもきっと立派な誇りと志を持っていたと思うよ。“みんなのために”って。でも、人間の性(さが)というか弱さというか“自分可愛さ”が顔をのぞかせる。ちょっとだけなら自分のためにやっても許されるんじゃないかってさ。で、ちょっとだけやってみたらさ、みんなには気づかれなかったんだね、多分。代表にはさ、何かやっぱり“オイシイ”ところがあるんだよ。気持ち的にも、物理的にもさ」
央司がらしくないことを言う
「何かさ、こそ泥とか万引き犯の言い訳聞いてるみたい」
愛香の率直な感想だ。
「最初はきっと、良心の呵責もあったんだろうと思うんだよね」
性格の違いか、さくらは少し同情的だ。
「それがさ、思いのほか気付かれなかったんで、少しずつエスカレートしたんじゃないかな」と幹太。
「それで、時間を早送りした結果、21世紀の現在に至る」
「ずいぶん早送りしたな。3倍速? 8倍速? それとも16倍速?」
「『議員の、議員による、議員のための政治』たる
央司を無視した耕作の呟きを千穂がまとめる。
「まさに『国会なう』」
央司にはどうしてもオチが必要らしい。
「自分たちのための政治だから、自分たちの身分は守りたいわけね」
クラスメートのやりとりを聞いて、広海にも何となくカラクリが見えてきた。国民主権とは名ばかりで、国会を構成する議員の権限や待遇については国民に権限がなく、議員自身のやりたい放題。携帯電話の“かけ放題”やランチやスイーツの“食べ放題”には多少心を揺さぶられるが、国民感情に耳を貸さない議員の“お手盛り放題”は別な意味で広海の心を大きく揺さぶり、正義心に火を点けた。
「先生、今の政治家って、どんな人がなっているんですか」
千穂が横須賀の顔色を
「特にこうじゃなきゃならないってことはないけれど、全体的には官僚からの転身組が多いかな。後は弁護士や医師とかね。他には地方の議員や知事、市長などの首長経験者や、もちろん二世議員や三世議員も。二世、三世の場合は一般の企業で社会経験を積んだり、議員秘書を経験してからっていうケースが多いみたいだね」
さすがに現役の高校教師だ。説明に無駄がない。
「社会経験って言うと聞こえがいいけど、大学卒業時点では被選挙権がなくて、立候補できないから、どうせ25歳になるまでの“つなぎ”じゃないんですか。立候補できる年齢になると、待ってましたとばかりに政界進出。鞍替えって言うんでしたっけ、大人の世界では」
千穂の勘は鋭い。質問もキレッキレだ。彼女にするにはちょっと厳しいかな、と一瞬、幹太は妄想した。
「この場合は、鞍替えじゃなくて腰掛けだろ。鞍替えっていうのは、大阪府知事から大阪市長になった橋下さんみたいなケース」
千穂を訂正したのは、意外にも央司だった。
「どうかな。二世議員の社会経験の理由については、何とも言えないけどね」
どこまでも慎重な横須賀。断定はしない。
「何も言えねぇ、ってさ、先生は。やっぱ、立場的にね」
「政治家への道はさ、有名スポーツ選手とかテレビ局のアナウンサーやキャスターで顔を売ってからっていうのも多いよね。元オリンピックの金メダリストとか、プロレスラー出身とかも」
芸能、スポーツは幹太の得意分野だ。
「高知県知事の経験者の橋本大二郎さんはNHK出身だし、前の宮崎県知事だった東国原英夫さんは、たけし軍団の元メンバー。丸山和也議員も弁護士でテレビのバラエティ番組で顔を売ってからの政界進出だし、大阪市長だった橋下徹さんも元々、バラエティ番組で人気を集めていたのが大きいよね」
テレビのことなら護倫も負けてはいない。
「それって有名人っていうか、何か“箔”とかつけないと政治家にはなれないってこと?」
呟く広海に、央司の言葉が追い討ちをかける。
「じゃあさ、ハンマー投げの室伏広治選手とか、水泳の北島康介選手とかも政治家になるかな」
「本人はどう思ってるか知らないけど、自民党とかは狙ってるんじゃないの、将来の候補としては。知名度も人気も抜群だし」
千穂が言うと、なるほどって思えてくる。
「イチローとかは」
「それはありえない。『応援して下さいなんて絶対に言いません』っていう人だよ、政治家とは対極の人の台詞でしょ」
幹太は、実際のイチローのインタビューの受け答えを交えるユーモアを見せた。
「有名人議員っていうのは、俺はあんまり賛成しないな。タレント議員とかは特に」
「あら、いいんじゃない。私はむしろ、いろんなカテゴリーを代表する人がいない方が嫌。官僚や地方政治からの転身組とか、政治や法律の専門家みたいな顔した人ばっかり増えるのは逆にどうかな」
護倫に対し、千穂の考えは深くリベラルだ。一理ある。抜群の知名度を武器に政界進出するタレント議員に対し、推奨しているわけでも否定するわけでもない。
「築地市場の競り人出身とか、遠洋漁業の元乗組員とか」
と幹太。喩えが突飛ではあるが、みんなの興味を誘う。
「漁業関係者ばっかりじゃない。宮大工の棟梁とか、僧侶、お坊さんも良さそう。参議院議員にはピッタリじゃん。本で読んだけど、住職の講話とかって結構なるほどって考えさせられることも多いし、アラフォー世代の観光客にも人気もあるんでしょ。後は人間国宝級の伝統職人とか下町の工場経営者とかもね。やっぱ社会経験って大事だよね」
あまり政治に関心があるようには見えないさくらも、割り込んでくる。
「フツーのサラリーマン代表も入れろよな。それも役員とか、部長とか課長とかの管理職じゃなくてさ」
こういう話題になると、央司のテンションもアゲアゲだ。
「素養があれば、アキバ系のオタク代表だって悪くはない」
先入観を嫌う幹太らしい考えだ。決して冗談だけで言っているわけではない。
「素養っていうのが難しいところね」
さくらの指摘に、黙って聞いていた広海も口を開いた。
「具体的な職業でもいいけれど、いろんな立場を代表するって考え方からすれば、まず男性と女性のバランス。ジェンダーっしょ。それと年代のバランスは最低条件。職業別に網羅するのは無理だけど、性別や年代は多岐に渡る方がいいし、アンバランスの方がおかしいじゃない。異論ある?」
「男女のバランスっていう話が出たから言うけれど、この間のフランスの選挙。立候補に制約があって、候補者が男女ペアでないと駄目だったらしい」
横須賀が生徒たちの好奇心に火をつけた。
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