正義

鰹 あるすとろ

1話


 ―――少女は一人、窓辺で佇む。



 彼女は年齢に見合わない物憂げな表情で、マンションの階下に広がる風景を眺めていた。

 栗毛色の髪をした少女の身長は130cmにも満たない。

 それも当然、彼女は未だ小学生二年生なのだ。


 部屋には、ピンク色のランドセルが置かれており、その傍らには体操服の入った袋も添えられている。


「……はやく、かえってこないかな」


 窓辺の少女がぼそり、と呟く。

 

 彼女は人を待っていた。

 それは何を隠そう、この部屋の主に他ならない。


 ―――そう、ここは彼女の家ではないのだ。


 彼女はこの部屋の住人から合鍵を預けられ、自由に出入りをする許可を貰っていた。


「!」


 部屋のドアノブが、ガチャリと音を立てる。

 待ち人が来たことを察知した少女は、小走りで玄関先へと走っていく。



「―――ただいま、はぁ……疲れた」



 そこに現れたのは、身長が190は有ろうかという長身の青年だった。

 年齢は20代後半、といったところで、その表情は非常に疲れている。

 紺の背広に身を包み、ネクタイを外しながら歩いてくる青年を、少女は満面の笑みで出迎える。



「―――お帰りなさい、あなた!」




 ―――そう、青年と少女は、恋仲だったのだ。




 ◇◇◇



 彼らの馴れ初めは、非常に衝撃的な出来事からだった。


 ―――強盗殺人事件。

 父と母、そして祖父母が殺害され、娘が誘拐された。


 そんな凄惨な事件に捜査員として関わっていたのが、この青年だった。


 そして地道な聴き込みと綿密な捜索の末、少女が監禁されていた住居が判明したのだ。


 ―――青年は義憤に駆られた。

 家族を喪った少女に、それ以上の責め苦を負わせようとする犯人がどうしても許せなかった。


 なんとかして、犯人を殴ってやらなければ気が済まなかった。


 ―――その結果、彼は独断専行を取った。

 犯人の目の前に躍り出て、少女の前に立ち塞がり、大立ち回りを演じたのだ。


 監禁されていた少女は、服も何もかもを奪い取られ、尊厳を限界まで奪われた状態で監視されていた。


 もはや瞳に光はなく、心も壊れかけたその時に、目の前に現れた大きな背中。


 ―――極限状態の中に現れたその勇敢な姿に、少女が恋心を抱くのは無理もなかった。


 そして青年も、目の前の可憐な少女の姿に目を奪われていたのだ。


 ―――その後、青年はしばらく懲戒処分による出勤停止が命じられた。

 ともすれば、解雇の可能性すらあった。


 だが、「一人の勇敢な刑事が少女を救いだした」という印象的な見出しでマスコミが報じたことから、SNS上などにて人気が爆発。


 遂には署名運動にまで発展したその影響力に、流石の警察上層部も面を食らってしまい、彼への制裁は少し軽いものとなったのだった。


 そして、助けられた少女は孤児院に行くことを拒否。

「あの刑事さんの所へ行きたい」と全力で駄々をこねたのだ。

 しばらくは全く取り合って貰えなかったものの、数ヶ月その事を言い続けていた結果、ついにその願いは通じた。


 そしてそれは、丁度青年の懲戒処分が終了したタイミングでもあったのだった。




 ◇◇◇



 画して、二人は家族となることになった。

 同居を初めてしばらくは、お互い里親、養子としての振る舞いでの生活を送っていた。


 だが、そんなものが長く続くはずはなかった。


 何せ、お互いにお互いへの恋心が燻っていたのだから。


「わたし……お兄さんのこと、すきです!」


 ―――最初に胸のうちの気持ちを伝えたのは少女のほうだった。


「……はは、ありがとう、俺も君が好きだよ 」


 だが青年は、最初はそれを冗談として聞き流そうとした。

 正義を是とする刑事という立場上、未成年、しかも小学生である彼女の気持ちを受け入れるわけにはいかなかったのだ。


 しかし、少女はめげなかった。

 わざと服を着ずに浴室から現れたり、布団の中に潜伏したりと、ありとあらゆる手で青年へのアプローチを繰り返した。



 そんな少女からのアプローチの連続に、そんな理性が長く続くはずがなかった。


 何故なら、彼の中の少女への愛情は、日に日に熱を増していっていたのだから。



 ―――そして遂に、爆発した。




 ◇




「あなた、ごはんですよ!」


「お、ありがと」


 画して、二人は結ばれた。


 ―――もちろん、周りには絶対に覚らせる訳にはいかない秘密の関係だ。

 一度外に出れば、お互いに義理の家族らしい振る舞いに切り替える。


 デートをしようにも、外ではあまりイチャつけないのが目下の悩みではあるが、それもまたお互いの熱を高める要因にもなっていることから、概ね結果オーライだといえる。


 そのぶん自室や、二人きりの空間での二人の密着具合は過剰なまでに濃密だった。


 そしてそれは、例え幾年年月を経とうと不変のもの。



 偽りの親子の正体は、秘密の夫婦。


 ―――嘘をついて生きていく覚悟をした二人は、生涯に渡って仲睦まじく、幸せに暮らしていったという。




「―――ぜったい、一生一緒にいようね」


「おう、絶対お前より長生きしてやる」

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