夢の途中で

競馬はクラシックの時期。すでに桜花賞も皐月賞も終わりましたが、これからオークスやダービーが待ってます。

それぞれのレースに出られるのは最大で18頭。成績が足りなくて出られないのが圧倒的に多いのですが、中には能力がありながら故障で出られない馬もやはりいて。

今年の皐月賞でも有力馬が直前の故障で出られなくなったと聞いて、関係者の無念を思うと胸が締め付けられる思いがします。

同時に、わたしはある牝馬のことを思い出していたわけでして……。


グラスワンダーとスペシャルウィーク、テイエムオペラオーの叩きあいで幕を閉じた1999年の有馬記念当日。

午前中の新馬戦に彼女はいました。

前週のデビュー戦で僅差の2着に来た彼女。連闘で臨むのはいわゆる「折返しの新馬戦」。

今と違い、ひと開催に新馬戦を2回使えた時代でした。

彼女の鞍上は武豊。そして前走の出来もあってか2番人気。栗毛の馬体が少しだけ輝いて見えました。

パドックで彼女を見たわたし、これなら勝てるねと単勝馬券を握りしめました。

馬券には彼女の名前が「シャドウリング」と、はっきり刻まれてました。


ゲートが開いて、彼女は馬群の後ろの方。

前走は先行して2着に来てたので、正直焦りました。このまま後ろで終わりじゃないだろうな、頼むよ。


ところが、直線に入るとものすごい末脚を繰り出してスパート。

中山の急坂をものともしない勢いで先頭に立つと、そのまま5馬身差の圧勝。

改めて出馬表の彼女の欄を見てみたら、父親がタマモクロス。

どうりであの末脚。これは楽しみが増えたなあと、口取りに臨む彼女を見ながら思いました。


次のレースは500万下の条件特別、若竹賞。

今度は彼女、1番人気もあってか先行策を取りました。それでも末脚の鋭さは変わらずに2着に半馬身差をつけての勝利。

わたしは先輩と口取り式を見ながら「これで桜花賞取れますよね」「あの末脚だからオークスだって行けるぜ」などと盛り上がっておりました。

それは陣営もそうだったようで、彼女の次走は桜花賞の優先出走権がかかるチューリップ賞に決まりました。

次のレースで3着までに来れば桜花賞に出られる。出られればあの脚だ。きっといい勝負になるだろう。

わたしたちの期待は大きく膨らみました。


……ところがです。

彼女はチューリップ賞を目前にした調教で故障してしまいます。

故障の程度は決して軽いものではなく、チューリップ賞どころか春は全休ということになってしまいました。

つまり、彼女のクラシックの夢はここで絶たれたということになります。

この知らせを聞いたわたしたちは大いに落胆しました。

同時に、陣営の無念さが痛いほどわかって悲しくなりました。

出ても勝つチャンスがどれほどあったかはわかりません。

ですが、出られなければそのチャンスさえないのですから。

オークスには彼女が新馬戦で5馬身もちぎった相手が出てきてましたが、それを見ながら「あの仔だったらどこまでやれたかなあ」と思うのが精一杯でした。


彼女が復帰してきたのはクラシックがすべて終わった11月のこと。

2回走ったものの、やはり状態が思わしくないようで、また休養に入ってしまいます。

再び復帰したのが翌年の8月。彼女は500万下条件に降格していました。

復帰初戦こそ4着でしたが、末脚の鋭さはいささかの衰えも感じさせませんでした。


そして再復帰2戦目。新潟競馬場。

彼女は1番人気に推されてました。

パドックで見る彼女は新馬戦のときのように、少し輝いて見えました。

これなら大丈夫。きっと勝てる。

わたしは小さな声でつぶやくと、馬券を買いに走りました。


ゲートが開いて、彼女は中団待機の戦法。

そのままじっくり構えて最後の直線。

彼女は得意の末脚を繰り出してスパート。


末脚の鋭さは前と同じ。

いや、前よりもすごみを増していたかもしれません。

先行集団に取り付くと、そのまま馬群は横一線。

彼女は猛烈な叩き合いを制し、先頭でゴールに飛び込んで来たのです。

「もう大丈夫だよ」口取り式の彼女はそう言いたげな様子で、カメラを見ていました。


次の1000万下特別も中団待機で勝ち、ようやく本領発揮かとわたしたちは思いました。

しかし、彼女が勝てたのはこれが最後でした。

1000万下で能力が頭打ちだったのか、それとも成長のピークを過ぎていたのかはわかりません。時々2着に来ることはあったのですが、結局最後まで勝てずじまい……。

彼女は7歳の2月まで走った後、生まれ故郷に帰って行きました。


クラシック制覇の夢を見られる馬はそう多くはありません。

ですが、その夢の舞台に立てる馬はもっと少なく、彼女のように夢の途中で降りるしかない馬の方が圧倒的に多いのが事実。

シャドウリングが桜花賞に出ていたら勝てたかどうかはわかりません。

ですが、彼女の末脚の鋭さが子供や孫にいくらかでも伝わっているなら、きっといつかまた夢を見られる仔が出てくるかもしれません。

その日を楽しみにしたいと思います。

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