頑張り屋さんの美人姉妹

ツイッターのタイムラインを眺めていると、時々懐かしい馬の現況を知ることができます。

もちろん、その馬のいる牧場に行った方や牧場関係者さんが知らせてくれるのですが、いつもありがたく拝見させていただいてます。

先日もタイムラインを追っていたら、イクノディクタスが31歳の誕生日を迎えたと、写真入りで掲載されてましてね。

不意に当時のことを思い出してしまいました。


彼女のことは、仲間内でイクちゃんって呼んでました。

わたしが彼女を知った頃、彼女は毎月必ず一度はメインレースに出走していました。

そのほとんどが小倉や新潟や中京、いわゆるローカル競馬でしたが、彼女はそこの重賞やオープン特別に必ずと言っていいほど顔を出していました。

中でも1992年の5月は中1週の間隔で月に三度も出走していたのですから、いかに丈夫だったかがわかります。

結局、この年彼女は年間16回も出走していたことが記録に残ってました。それだけ彼女を見る機会も多かったのですから、今でもよく覚えてます。


イクちゃんにはひとつ下に妹がいました。

名前をエミノディクタスといい、こっちは仲間内でエミちゃんと呼んでました。

イクちゃんが丈夫な頑張り屋さんで着実に成績を残すタイプだったのに対し、エミちゃんはクラシック路線を完走してましたがあまり目立ったところがありません。

それでも、イクちゃんにどこか似た顔立ちはかわいらしく、仲間内では美人姉妹だと言っては彼女たちを応援していました。


イクちゃんはこの年、充実の一途をたどっていました。

中京と小倉で重賞を勝ち、その勢いで臨んだオールカマーも制覇。

6歳の牝馬が秋の天皇賞から始まるGI戦線に殴り込みをかけようとしていました。


その頃、エミちゃんも小倉の900万下を使った後、オールカマーの前の日にあった中山の900万下を差し切って勝ち上がり、準オープンへ昇格しました。

これでわたしたちは「いつかメインでこの姉妹が揃って走るとこみたいよね」なんて言っては盛り上がってました。


イクちゃんは秋の天皇賞の後マイルチャンピオンシップにも出走。どちらも成績はふるいませんでしたが、このときの相手はトウカイテイオーやダイタクヘリオスをはじめとする牡馬の一線級揃い。6歳の牝馬にはなかなか手ごわい相手でした。

しかし、イクちゃんと陣営は連闘でジャパンカップへの挑戦をぶちあげました。勝てるとは思えませんでしたが、わたしたちは応援馬券を握りしめ、力の限り叫びました。

結果はもちろん、ふるいませんでしたが……。


一方エミちゃんは久しぶりに重賞を使った後、京都の自己条件戦を2回走ってました。

そうして、ジャパンカップの翌週。暮れの阪神競馬場、ワールドジョッキーシリーズの一戦に彼女はいました。

彼女の背には、見慣れない外国人ジョッキーの姿。メンバーを見渡せば力は足りないだろうことはすぐわかりました。

でも、外国人ジョッキーならもしかしたらエミちゃんのいいところを出してくれるかもしれない。わたしたちは勝負をかけることにしました。


ゲートが開くとエミちゃんは最後方。

しかし、じわじわと馬群の中で前の方に出てきます。

最後の直線に入った時はちょうど中団のど真ん中。


わたしたちは叫ぶのも忘れ、ひたすらに祈ってました。

イクちゃんが目立ってエミちゃんが目立てないのは不憫だもの。

ここで勝てたら少しは目立てるんだし、どうか勝ってほしい。

そう思わずにはいられませんでした。


エミちゃんはすぐ横にいた馬と並んで前の馬をかわし、3頭の叩き合いを制して先頭でゴール。戻ってきた彼女の顔は、イクちゃんに負けず劣らず、頑張り抜いた顔をしてました。

わたしたちは心からの拍手を送ることを忘れませんでした。

馬券は相手を間違えて全滅でしたけれど。


翌年。

イクちゃんは安田記念と宝塚記念で連続2着の偉業を果たし、その年の秋に引退。

エミちゃんはオープンクラスでは頭打ちらしく、障害戦に活路を見出そうとしましたが、結局その年一杯で引退。

イクちゃんは51戦、エミちゃんは37戦も走ってくれました。美人で頑張り屋さんの姉妹だったことは言うまでもありません。

それが表舞台の第一線か陽の目の当たりにくい裏街道かはともかくとしても、彼女たちは持って生まれたタフさで精一杯走ってくれました。

エミちゃんのその後はわからずじまいでしたが、イクちゃんは31歳の今も元気でいるとのこと。


出来ることなら、いつまでも元気でいてほしいものです。

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