セカンドキャリアも颯爽と
競走馬のセカンドキャリアというと、種牡馬や繁殖牝馬を思い浮かべる方が多いかと思います。
とはいえ繁殖牝馬はともかく、種牡馬はなろうとしたってなかなかなれるものではありません。
引退後に繁殖用途になれない馬たちは一般に乗馬クラブに引き取られたりするのですが、今回紹介する馬は一風変わったセカンドキャリアを過ごしています。
トウショウシロッコを初めて見たのは、正月気分の抜けきれない中山競馬場。
メインレース京成杯に彼はいました。
皐月賞へのステップレースで中団から鋭い脚を見せての2着。
血統を見ればクラシックだって狙えそうですし、この子は追いかけてみようかなと。
しかし、続く皐月賞トライアルのスプリングステークスも皐月賞本番も大敗。
ダービーは出られずにオープン特別で3着。
これでは夏休みはもらえないとばかりに福島の重賞に出てきたのにやっぱりあと一歩で勝てなくて。
古馬との混走で準オープンに出てきてもやっぱり勝てなくて。
この時点で、わたしは思いました。
彼は善戦マンなのだと。
強い相手にはかなわないにしても、実力通りにはきっちりと走る。
相手に恵まれたら勝てるチャンスもあるだろう。
彼のような善戦マンには不思議とファンがつきやすく、「メンバー見たら今度こそ勝てる」とか、「相手はきついが頑張って3着に来てくれたら」などと言いながら馬券を買ってしまう人も多いんです。
もちろん、わたしもそのひとりでした。
彼はその後も重賞では勝てずとも、オープン特別では確実に馬券に絡んでくれました。
たまには勝ってくれて、わたしたちを大喜びさせてくれました。
そのうち、メンバーの手薄な重賞でも2着に来るようになり、「もしかしたら大器晩成型だったのかな」と思ったりもしました。
走り続けて7歳の夏。彼は新潟記念に出走していました。
これまで毎年のように新潟記念に出ていた彼でしたが、この時はなぜか10番人気。
最近あまりいい成績ではなかったし、もう年齢的なものもあって敬遠されていたのかもしれません。
これには無性に腹の立ったわたし。
「まだまだやれるところを見せてやろうじゃないか、なあ」と、彼に声をかけました。
パドックにいる彼を見る限り、衰えは感じられません。
いつものように、どこか気合を内に秘めた顔つき。
間違いない。十分やれる。
そう思ったわたし、予算ギリギリまで彼の馬券を買ったことは言うまでもありません。
こっそりと単勝もちょっとだけプラスして。
スタートすると、彼はいつものように中団へ。そのまま道中はじっと我慢。
そして最後の直線。馬群がばらけて横一線。彼は今までにないくらい鋭い末脚を繰り出して先頭へ迫っていきます。
勝った馬に体を併せるようにゴール。クビ差届きませんでしたが、まだやれるところは存分に見せてくれました。
惜しい2着だったねと声を掛けられたわたしは、勝てない悔しさはどこへやら。
満面の笑みで「いやぁ、このぐらいはやれる子だからね」と返してました。
馬券的にはマイナスだったんですけどね。
彼はそれからオールカマーでも3着と好走。
秋の天皇賞では7着でしたが、続く福島記念で3着に来ました。
しかし、それから彼は長い休養に入ってしまいます。
2年後に登録抹消。それまでの間、再起を掛けてずいぶんと頑張っていたのでしょう。それが叶わなかったと知って、わたしはずいぶんと落ち込みました。
知っている馬が引退するというだけではありません。
彼は引退までに45戦を走り、勝ち星は3つだけ。
いくらオープンクラスで好走してたとはいえ、重賞の勝ち星はありません。
種牡馬入りはまず難しいですし、誘導馬になるには地味だし、どこか待遇の良いところがあればなあ……と思っていたところに、思わぬ知らせがやってきました。
引退した彼はファンだった新しいオーナーに引き取られた後、なんと警視庁騎馬隊の入隊審査に挑戦し、見事に合格を勝ち取ってみせたのです。
そして、現在の彼は「颯駿(そうしゅん)」という名前で、皇宮警備や外国大使の着任に伴う馬車行列の先導にと、セカンドキャリアでも颯爽とした姿を見せてくれています。
大きな勝ち星はなくても、その堅実な走りは多くの人に愛されました。
それこそが彼の勲章であり、セカンドキャリアを掴むきっかけにもなりました。
今もひたむきに馬車行列の先導をしている彼を見ていると、こう思ってしまいます。
善戦マンだって、悪くないよね。
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