簡易版 第2話 「わたしの」人生と現実のちがい

現実とは、「わたし」が見渡せる世界。


その現実には、本来意味はありません。

意味を付けるのはわたし自身。――



わたしたちは、現実に起こったこと、目の前の物事が、


いったいどんな意味を持っているかを、知りたがります。


意味の持つ印象「幸せ」とか「不幸せ」によって、

良い人生とか悪い人生だと考えています。


「ほら、こんな(幸運・不運)なことが起こったから」


これは(良い・悪い)人生だ、というように。


それは果たして正しいのでしょうか。


本来、目の前に現れる現実は、


幸運とか不運とかどっちの意味も持たない

「フラット」なものです。


現実に良いとか悪いと意味をつけるのは、

わたし自身です。

わたしの思考の癖、制限です。



なぜ意味をつけるのは、はっきりさせたい、決めたい、からです。

「わたし」というすべてから分離した一部は、

自分が何ものかを、知り、確定したいと思います。

知り、確定することで、記憶し、留め置くためです。

一部として残るように。

自分が消失してしまわないように。

そのために、わたしは記憶し、留め置くのです。


その、留め置かれたものが、制限になります。

こうだから、こう。

そうしたから、そうなった。



そうして、わたしは、現実を、

自分の記憶から立ち上がった思考や感情で判断して、

認識します。


~~~~


A子は、ある日、


パン屋さんでフランスパンをスライスしてもらおうと思い、


その日サービス品だったパンをレジに持っていった。


『サービス品なのに、切ってもらって良いのかなあ』と、


ふと思ったけれど、


レジでは、「これ、切ってもらえますか!」と、


つい当たり前のように頼んでしまった。


当たり前のように頼んだことに加えて、


自分としては語気が強くなったことに、


その時のA子はなぜかふと不安を抱いた。


結局パンは切ってもらったが、


その時A子には、

レジの女性の顔がやけに冷たく見えた気がした。


その後、となりのレジに並んでいた友達が、


「サービス品のパンは切れないんですよ」と


断られているのを聞いたA子の胸はざわつき始める。


ふつうなら、この胸のざわつきは、見逃され、


何事もなかったかのように過ぎていくのだけど、


A子は、ざわつきが気になって仕方がない。


そして、知らず知らずに頭の中をぐるぐると考えが


巡っていることに気付く。



さて、

ここでA子に何が起こっていたのか、インタビューしてみました。


A子:

まず、サービス品のパンなのに切ってもらえるのかなあって思いが浮かびました。


そう思ったのに、


つい、当たり前のように「切ってください」と、頼んだんです。


しかもちょっと語気が強めで。

それはどこかに、切るわよねえ、という押し付けるような思いがあったからかも知れません。


そんな自分をどこかで

ずうずうしく思われたかなと、チラッと思いました。




図々しくなってしまったらしい自分を、A子は責めていたと言います。



A子:

「人にものを頼むときには遠慮がちに頼まなくてはならない」

「横柄な態度はいけない」

などという思い込みがあったことが、わかりました。


それに、

「これ頼むわ」と言って、ポイと頼む人に対して、

自分が否定的な気持ちを抱いていたことも、思い出しました。


当たり前のように、遠慮もせずに頼んでしまったずうずうしい自分を、

レジの女性に否定されたと感じ、


彼女の気分を害したと思い込んだのですね。


まさに自分がそうであったように。


さらに、友達がパンを切ってもらえなかったと知って、


自分の方が、ほんとうは頼んではいけないことを頼んでしまったのではと、

不安を感じ、

そうしてしまった自分を責めました。


本当はラッキーだと思える状況なのに、笑えますね。。



~~~~


ただ、サービス品のパンを切ってもらう現実。

ただ、レジの女性が冷淡だった現実。

ただ、友達は、サービス品のパンを切ってもらえなかった現実。


そんな現実が、

A子には、胸がざわつく現実→自分を責める現実になってしまいました。


以上は、サービス品のパンを切ってもらうだけの話ですが、

心の中にはこんなに動きがあります。


日常の小さな出来事で、胸がざわざわするとき、

何が起こっているのか、

自分の頭の中の声や、

心の中を見つめてみることで、

自分がいかに思考によって苦しんでいるかに

気付ける可能性があることが分かると思います。


ここでのA子の思考の癖は、

「人にものを頼むときには遠慮がちに頼まなくてはならない」

という思い込みが元になり、(制限)

持っていた自己否定感がそれに火をつけて、

自分責めを始めたことです。


現実はフラットで意味がない。

なのに、自分の思考の癖がこんなに意味を持たせて、

苦しみになる。


それを、見極めるには、

・ 現実に何かを感じるのは、

  思考の癖が何か意味を付けているからだと知ることです。


・ 現実に反応している自分に気付くこと。 ※1

・ 自分の思考を見つめること。


そうすることで、自分の思考の癖に気付くことができ、

癖を手放せるのです。


手放すことで、人生は楽になっていきます。




※1 現実に反応することについて、


A子の現実に対する反応を見てみましょう。


反応するとは、フラットに認識して、その認識に沿って判断することなく、

癖付けされたことに基づいた無条件反射をすることです。


1  「これ、切ってもらえますか!」と、

当たり前のように頼んだ自分の口調に反応して、不安になった


・人に頼むときに当たり前みたいに頼んじゃいけない 

 ⇔  「当たり前みたいに頼んじゃったわ」→ま、いっか。


2  レジの女性の顔がやけに冷たく見えたことに反応して、自分を責めた

・何か気分を害して怒っているのかな  

 ⇔ 冷たく見える人だな または 笑わない人だな


3  友達が、サービス品のパンを切ってもらえなかった事実に反応して

・サービス品は切ってもらっちゃいけないんだ=わたしはまちがえたことをした

 ⇔ ただ「切ってもらえなかった」という事実の把握 → へえ。あら、まあ。


A子は、反応している自分に気付いて、


反応している現実から頭の中へと視点を変えることができました。

それが、


「人にものを頼むときには遠慮がちに頼まなくてはならない」

という思い込みや、


図々しさとか、

自分だけが得をすることが悪いことだと思ったり、


自分を責める癖がある、


という気付きにつながっていきました。


A子は、自分の思考の癖が

自分をずいぶん生き難くしていたことに気付き、

少しずつ楽に生きられるようになっていきます。




つづく

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