レアはディエルがルシフェルの眷属に殺されそうになったため、反射的に結界を解除し、出ていってしまった。

その結果、ディエルが死ぬことはなかったのだが、こちらに眷属たちが来てしまったのだった。


「くっ……」


眷属たちが眼前に姿を現し、レアの抱きかかえているニーナを奪おうとして来た ── その時だった。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


ディエルの叫び声が聞こえた。そして、凄まじい魔力の波動を感じたのだ。


「ディ、ディエルさん?」


遠くで見えたディエルの姿は、レアの知るディエルの姿ではなくなっていた。耳と目に強化結界を展開し、その姿や音を注意深く見ていく。


「い、一体どうなって……」


確認したディエルは、もはや人間と呼ぶのすら躊躇われる。


身体から、銀色に輝く濃密な魔力を放出し、顔の側面には目元に向かって蒼い紋様のようなものが刻まれている。


「あ、ああ…ッ……」


右腕で頭の側頭部を抑えながら、虚ろな目で呻く。その姿を見て、正常な人間と思うものはまずいないだろう。

レアは硬直している分身体たちを脇目に、ニーナを抱えてディエルの元へと走った。


「ディエルさん!!」


大声で呼びかけるが、全く反応がない。意識を別の世界にリンクさせているかのようだ。


「 ── <命……を、喰らう、……罪科ベルゼブブ> ──」


ディエルは呟く。すると、それに呼応するかのように、ディエルの身体から湧き出していた銀の魔力が一層放出される。そして、その魔力は次々と変化し、ありとあらゆる魔獣の顔を形作った。


ドラゴン、ケルベロス、コカトリス、キマイラ、フェニックス、白虎、などの強力な魔獣たち。それ以外の魔力の形は、全て手だ。まるで1度捕まえたら離さないとでも言うかのように、無数の手が魔力によって形作られている。


「ディエルさん……」


濃密な魔力に覆われてしまったディエルに近づくことができなくなったレアは、その場にへたり込んでしまった。


もはや、以前のディエルとは違う存在。近づくことすら恐れ多いという異形の存在。


『アァァァァァァァァァッ!!』


すると、ディエルに向かって5体の分身体が迫って来た。先ほどのように、様子を伺うといったことはしない。すぐさま光線をディエルに放つ。しかも、最大火力で。


「よ、避けて!!」


大声でディエルに叫ぶ。だが、ディエルは回避行動を一切取ろうとしない。このままでは、光がディエルを飲み込み、ディエルの存在自体を消し飛ばしてしまう。

ディエルは虚ろな瞳で光線をひと睨みし ── 。


「 ── 暴食グラ ──」


手を正面に伸ばす。その瞬間、周囲に漂っていた銀の魔力が一斉に光線に向かって伸ばされる。

そして、光線を飲み込んでしまった、、、、、、、、、、、、


「え?」


レアは一瞬何が起こったのかわからなかった。だが、確かにディエルの魔力が光線を飲み込んだのを見た。

そして、光線を飲み込んだディエルの魔力は一際大きな輝きを放つ。


「 ── 暴食グラ ── 」


再び呟く。すると、今度は魔獣の顔を形作っていた魔力が、分身体達に向かって攻撃を開始した。


分身体の白金の体はみるみるうちに銀色に染まり、その巨体はどんどん魔力に飲み込まれていく。

数十秒ほどで、体を余すことなく丸呑みにしてしまった。


もはや、この姿を見ても人間と思えるようなものはいない。謎の魔力を身体から放出させ、ドラゴンを丸呑みにしたのだ。少なくとも、現時点でレアはディエルのことを人間として見ることはできなさそうである。


「……何者なんですか?」


レアは歩みを進めるディエルに、若干の恐怖を感じながら呟く。この問いに答えてくれる者は、残念ながら誰もいない。おそらく、ディエル自身わかっていないのだろう。

彼の性格上、隠し事はしない。何かしらのキッカケで、本人も知らなかったあの力が発現してしまったのだ。


「……ん……」


レアが呆然と立ちすくんでいると、腕に抱いていたニーナが目を覚ましたようだ。目を擦りながらも、先にいるディエルの姿を見つめる。


「おねーちゃん」

「ん?なに?」

「あ、れは?」


ディエルを指差しながら、レアに問う。いつもと違うディエルに恐怖を覚えたのか、身体を小刻みに震わしている。


「あれはね。おにーちゃんだよ」

「おにーちゃん?そーなの?」

「うん。いつもと違うけどね」


安心させるように、ニーナに語る。

だが、本当は違うのだ。あれはディエルなんかじゃない。そう思っている自分がいる。

けれども、それは違う。あれはディエルなのだ。正真正銘、2人の知るディエル。

ニーナの頭を撫でながら、そう言ったときだった。



「じゃあ、ほんとうのおにーちゃんはどこ??」

「え?」


本当のおにーちゃん。ニーナはこう言ったのだ。レアはその意味がわからず、その場に硬直する。なにを言っているのか。そんな心境だった。


「おにーちゃんなら、あそこにいるでしょ?」

「あのひとはおにーちゃんじゃないよ?」

「……じゃあ、誰なの?」


何故か、震える声でニーナに尋ねる。心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


「あれはね。おーじさま」

「王子?」

「うん」


王子が、一体誰を指すのかはすぐに理解できた。ニーナの言う王子というのは銀の王子だ。彼女は、その人物しか知らない。


「そっか。あれは王子様なんだ」

「おいかけよ」

「え?」

「おいかけよ!」


ニーナはすぐにでも駆け出しそうないきおいでレアの手を引っ張る。追いかけるというのは、つまりディエルを追いかけるということだ。


「どうして?」

「おーじさまだけじゃ、まけちゃうの」

「負ける?」

「かいぶつには、おーじさまひとりじゃかてないの!!」


ニーナはまだ、ディエルを銀の王子と同一視しているようだ。寝ぼけているのか本気なのかわからないが、このままでは本当に駆け出してしまいそうそうなのだ。


「ニーナちゃん。あっちは危ないのよ?」

「おねーちゃんは、おーじさまがまけてもいいの?」

「……ッ、そ、それは……」


この言葉に、レアはハッとした。ディエルはこれから、1人でルシフェルに立ち向かっていくだろう。いくら今のディエルが怪物だからといって、勝てるとは限らないのだ。


「おーじさまをおうえんするのがおひめさまでしょ!!」

「………ッ」


頭を打たれたかのような衝撃が、レアに走った。レアは、ディエルの変わり果てた姿に完全に怯えきってしまっていた。だが、それがいけない。

どんな姿になっても、パートナーを愛し続ける、サポートし続けるのが、魔界の姫 ── いや、レアの役目なのだと。


「ありがとうニーナちゃん。私、間違ってた。ディエルさ── じゃなくて、王子様を助けに行こう」

「うん!!」


レアとニーナは走り出した。たった1人で戦いに身を投じている、無謀で無鉄砲な王子の元へと。




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迫害された魔法士、孤児院の院長に。 神百合RAKIHA @CRZ

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