なにもない世界
音羽真遊
なにもない世界
(何も、ない)
少年が目を覚ますと、そこは、ただ真っ白なだけの空間だった。
壁はもちろん、天井も床もない。自分が立っているのか宙に浮いているのかさえわからなくなるような、不思議な気持ちにさせる。
(音も、ない)
誰かの声も、ほんの少しの音も聞こえない。自分の呼吸音でさえ聞こえないほどだ。
(息、してるのかな)
自分でもそう疑問に思うほど、何の音も聞こえない。
「ーーー」
声を出してみた。けれど、その声さえ聞こえなかった。
(空気も、ない?)
少年は何気なく足を踏み出してみた。
(あ、歩ける)
しばらく歩いてみたけれど、それが当たり前であるかのように、何もなかった。
(そういえば、今、何時だろう)
いつも左腕にはめている腕時計を確認した。
が、そこには何もなく、生っ白い自分の腕だけが見えた。
(体は、ある)
けれど、体と空間の境界も曖昧で、どこまでが自分なのか、よくわからなかった。
(しばらく経った気がするけれど、お腹も空かないんだ)
少年は、力なくその場にうずくまった。
(何もないって、こういうことか)
少年は眠る前、何もない世界に行きたい、と願っていた。いじめも、体罰も殺人も、もちろん戦争も、争いの起きない世界を望んだのだ。
(人間は二人以上集まると必ず何かが起こる)
何かの本で読んだ言葉を思い出した。
(確かに、僕一人なら争い事は起きないや)
少年はぼんやりと辺りを見渡す。
何も起こらない世界。何もない世界。自分しかいない世界。
(そうか、一人だと、楽しいことも嬉しいことも、何もないのか)
手のひらを見つめ、不安になる。
(そもそも僕は、世界に存在しているのだろうか。誰が、それを証明してくれるのだろう)
誰もいない世界で証明することなど不可能に近い。
(個は他の認識によって成立する)
うろ覚えの言葉を思い浮かべる。
(僕の望みは叶ったことになるんだろうか)
やがて、少年は目を覚ました。
いつもと変わらない、見慣れた壁紙、剥がれかけのポスター。子供の頃から使っているキャラクターもののカーテン。
リビングに行くと、朝食が用意されている。
その匂いを嗅いで、お腹が空いていたのだと自覚した。
テレビにはいつものように戦争やいじめ、虐待のニュースが映し出されている。
いつか、悲しいことが起こらない世界になればいい。
みんながてを取り合って暮らせる世界に。
決して一人では成り立たない世界だ。
なにもない世界 音羽真遊 @mayu-otowa
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