第5話 二人だけの秘密


 もしかしたら何かが変わってしまうのではないかと思っていた。一昨日あんなことがあったのだから変化は仕方ないものとも受け止められる。


 だが結論として何も変わらなかった。そりゃそうだ、だれも俺だと気づいていないのだから当たり前だ。当たり前なのだがそれはそれで自分の中に違和感が残っているのである。

 あれだけのことをしても日常は何も変わらない。変わらないことを願ってもそれはそれで違うだろって突っ込みたくなってしまうのだ。


 まあ大きく変わったことが一つある。教室の雰囲気だ。今まで嘘をついてまで告白を断っていたと思われていた瀧石さんに本当に彼氏がいたということで嫌味を言っていた女子たちが退散し、周りが普通に瀧石さんに話しかけられる状況に戻ったためである。

 そしてその瀧石さんを中心にしてクラスは彼氏の話でもちきりである。

「ねえ萌音~、あの彼氏どんな人なの?」

「私見てないんだけど見せて見せて~」

 どうやらあの時写真を撮ってしまったクラスメイトがいたらしく、このクラスの中で底辺であるはずの俺の写真がなぜか祀り上げられてしまっている。

「へぇ、なんかインテリ系の彼氏だね、意外だな~」

「ね、萌音はもっとスポーツバリバリの長身イケメンと付き合ってると思ってたよ~」

「「ねー」」

 どうやらクラスメイトが考えていた彼氏像とはずれがあったらしい。まあそもそもが間違いだからずれどころじゃないけれど。

「いやいや、私はもともと真面目な人が好きだよ。あとはやっぱり一途な人かな、そういう人じゃないと付き合えないよ、」

「ほぉー言うね~、それはのろけってことでいいのかな、このこの」

「もうやめてよ、そんなんじゃないからぁ」

 ワイワイキャイキャイ,ワイワイキャイキャイ


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 恥ずかしさに耐えかねて教室を出てしまった。昼休みになってもあの話が終わる気配もないんだもん。誰も俺だと気づかないけれど、それでも何かむずがゆくて自分の席にいられなかった。


 さっき購買で買ってきたサンドイッチをほおばる。よく漫画やアニメでは並びもせずに早い者勝ちの描写があったりするけどそんなとこってほんとにあるのかな?なんてどうでもいいことをようやく考えられるようになった。

 残念ながら俺の通う高校は屋上もオープンしていなければ中庭では大人数が当たり前みたいな風習があるから使えないしで、まあ安定の食堂に来ている。食堂といっても定時の学生用のため昼には開かれていない。ただただ共用スペースとしてあるだけなので気軽に利用できる。勉強している人もいるので一人でいるのもあまり変にならない素晴らしい場所だ。



「あれ?尚和がなんで食堂にいるの?今まで見たことないのに。」

 昼休みに入って10分くらいたったころに5人のグループの一人から声をかけられた。クラスメイトで俺に声をかけるやつもいないだろうから見当はついているのだが、そうか崎野宮は食堂派だったのか。まさか会うと思ってなかった。

「あれれー、もしかしてこの前遥香のこと呼び出してた人じゃない?」

「あ、そうかも確かあんな感じの人だった気がするー!」

「ね、なんか遥香もまんざらでもない顔してた人だ!」

「え!?ちょちょっとそんなんじゃないから!変なこと言わないでよ!」

 ほか4人を手で制止しようとする崎野宮はめちゃくちゃ慌ててて、少し昔を思い出すような、そんな感情もあるが俺と遊ばなくなってからも楽しくやってくれていて嬉しいようなそんな気もする。


「もしかしたら私たち邪魔かなー。」

「そうだねー」

「今日は4人で食べよっかー。」

「じゃあ遥香がんばってねー。」

「みんな何言ってるの⁉嘘だよね、冗談だよね?え、待って、待ってよ~」


 結論、今日はのんびりと一日を過ごすことができないようです。

「あはー、置いてかれちゃった…。」

「・・・」

 置いてかれたからといってここで食べなきゃいけないということもないような気がするが、現在崎野宮と向かい合って座っている状況である。

「なんかごめんね、尚和が食堂にいると思ってなくてさ。」

「…それはお前は何も悪くないだろ。それよりさっきのクラスメイト達すぐそこの見えるとことにいるけどいいのか?」

 なぜおいてかれたというのかわからないほどの位置でにやにやしながらこちらを見ている気しかしないのが気になる。早く向こうに戻ればいいのに。

「いや、それは、ちょっと聞きたいことがあって。」

「どうかしたのか、この間のことだったら悪かったな。ほかの人がやってくれることになったから、面倒ごとだったから崎野宮も嫌だったろうし。」

 まあ瀧石さんからするとまだ終わってないみたいだったが、俺的にはとりあえずあの一件は落ち着いている。

「そのことも関係しているかもしれないんだけど、ちょっと違うかな。」

 そう言うと崎野宮はポケットからスマホを取り出して操作した画面を俺に見せてきた。

「これってさ、…尚和だよね、」

 そう、その画面にはまぎれもなく俺が映っていた。・・・だってインカメのモードだったから。

「うわぁ!間違えた!違くて、これ‼」

 そこには瀧石さんと二人で映ってしまっているおとといの俺の姿だった。ほかの奴は誰も気づかなかったのに崎野宮は気づいてしまったようだ。

「眼鏡外してるけど、何回見てもこれ尚和なんだよね。やっぱり尚和は…、その、瀧石さんと…、つ、付き合ってるの?」

「ん?付き合ってないぞ。俺と瀧石さんなんて釣り合うわけもないだろ。」

 当たり前のことだ。たとえあの写真を見せられたって彼氏面ができるほど精神は強くない。

「ほんとのほんとに!?じゃあなんで二人で一緒にいるの?尚和もこんなにおしゃれしちゃって。」

「まあ利害の一致ってだけだ。それよりその写真に写ってるのが俺だってことは誰かに言ったりしてないよな。」

「え、うん言ってないよ。そもそも尚和のこと知ってる人がいないから。」

 なんとも悲しい理由ではあるが結果オーライだ。

「それならいい。絶対にあの写真の人物が俺だってばらさないでくれ。お前が気付いたってことは俺たちだけの秘密な。」

「…二人だけの秘密。…秘密の共有。・・・いい、いいねそれ!」

「お、おぅ」

 なんでそんなに喜んでいるのかわからないが、約束は守ってくれるやつだからこれでほかに気づくやつがいなければ安心安全な学校生活を続けられる。

「でも今度からは頼み事は私を頼ること。私は全然気にしないからばんばん頼ってよね!」

 上機嫌になった崎野宮はまたね、というとクラスメイトの方へ戻っていった。

キーンコーンカーンコーン

 もう昼休みもおわりの時間みたいだ。予鈴が鳴ったので教室に戻らなければいけない。あの教室に…。



ガラガラガラ

 教室に入ると瀧石さんと目が合う。まだまだクラスメイト達と話している途中だが、それでも今日は目が合うと睨んでくる。きっと禁止された眼鏡を今日もかけてきたからだろう。そんなこと言われたって今までずっとかけ続けてきたものをしないと気になって気になって仕方がないのだ。

 周りに人が集まっている人の隣の席はなんと居づらいことか。なんだこいつみたいな顔で見られ、なんでこっち来るんだよ見たいな目で見おろされる。別に悪いことをしているわけじゃないのに。


 授業が始まってようやく周りが静かになる。さっき集まってた面々も席が近いわけではないからしゃべるようなこともな…

つんつん 「っひぃ」「しーっ」

 不意にわき腹をペンでつつかれた。声は何とか当人たちにしか聞こえていなかったみたいだ。

「・・・なんですか」

「なんで今日私のこと避けてるの。それに眼鏡もしてるし、禁止って言ったでしょ。」

 やっぱり眼鏡も怒られていたみたいだ。そんなにひどいものでもないと思うんだけどな。

「とにかくこれ、はい」

〈名前:山田 和宏 年:同い年 高校:三原台高校 趣味:読書・音楽鑑賞

 交際期間:3ヶ月 きっかけ:一緒に勉強していくうちに〉

「なんですかこれ?」

「見ればわかるでしょ、尚和君の設定。また私の彼氏役をやってもらう時に必要でしょ、別人ってことにしちゃったわけだし。ちなみに同じ中学出身で半年前くらいに偶然会ってそこから一緒に勉強してたっていう設定だから。もうみんなに話しちゃったことだし、とりあえず覚えといてね。お互いに協力していこうね。」

「・・・・・・はい。」

 目だけで牽制された。逆らってはいけないと本能が感じてしまった。


 なんか設定までしっかり作られて逃げ場がなくなり始めた気がする。


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すみませんが彼女のフリは不可能です 田西 煮干 @niboshi-tanishi

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