『灰色の街』解説

 自分の作品を語るというのは、作家を気取っているようで気が引けるのですが、何か書いていないと落ち着かないので、ご容赦ください。


〈幽霊〉

 まずはじめに、この『灰色の街』を書き始めた動機として、別の長編を書くにあたり淀んでいた思考を、一度放出したいという意識があった。〈幽霊〉を書き始める少し前、「時間」や「記憶」といったことを抽象的に考えすぎるあまり、長編のテーマとして扱いきれなくなってしまい、頭を痛めていたという経緯がある。〈幽霊〉は結果的に、その膿みを排出する形で生まれてしまった作品となる(作品には申し訳ないけれど……)。そのため、作中にふわふわとした形で「時間」が扱われているのが、読んだ方はなんとなくわかるかと思います。

 テーマを後付けするならば、ややメタ的になってしまうけれど、「テーマを持たない人間」となるかもしれない。僕にとって、書くことと生きることは非常によく似ていて、テーマがなければ、生きられない。主人公が自分の問題(=テーマ)を探し始める流れは、『灰色の街』の第一作目として、ある意味ふさわしかったのかもしれない。と、今となっては思ったりする。


〈NonFICTION〉

 孤独によって虚無主義的な感覚に陥り、「この世界は全てシステムに過ぎない」と感じてしまう青年の話。実際に、僕も同じように感じ、生きている意味などについて考えてしまうことが、時々あったりする。現実に立ち返り自分の席を探すとき、そこに待つのが希望か絶望かは、自分の意志次第なのかな、と思ったりする。


〈最後の言葉〉

 コミカルな作風にはなっているけれど、かなり切実な想いを込めている。平和は、一人の人間が祈っただけでは叶わない。主人公の男は、断じて「英雄」ではない(この世界に「英雄」はいない)。実際に、男には世界平和よりも大事な、遂げられなかった自分だけの望みがあった。

 どうか、自分の望みを大事にして、生きて欲しい。

 そして、自分以外の誰かの望みも叶うように、「英雄」に託すのではなく、(できる範囲でいいので)、互いを大事にしあえたら、と思う。そうあることで、周囲もあなたを大事にし、あなたの望みも叶いやすくなるかもしれない、とも。その結果として、平和が待っているのでは、と。

 このような考え方は馬鹿にされやすいけれど、僕は本気で考えている。


〈退屈〉

 「文化の衰退」が主なテーマになっている。他にも様々なことを考えながら書いた実験的な作品なので、読む人によって感じ方が変わってくるかもしれないし、それでもかまわないと考えている。


〈lullaby in the city〉

 親の愛情を十分に得られず、形成の段階で分裂した自己が、自分以外の箇所に宿ってしまう「私」。

 自分の人生を生きていない感覚は、〈幽霊〉や〈NonFICTION〉にも通じる。最後には、愛情に対する渇望が、他者への配慮を失った衝動的な暴力に発展してしまう。

 共感を得にくい作品かもしれないが、人間に潜む暴力性、及び、そこから展開していく犯罪や自殺、戦争といった、あらゆる社会問題を考える上で、欠かせない題材だと思っている。


〈人形と暮らす青年〉

 快楽主義の果てにある、虚無感を書いたものとなる(同時に「力への意志」の虚無感も書いている)。

 自分の肉体に拒絶され、自らが望む最大の快楽を得られなくなってしまった青年。「快楽」を目的に生きる彼にとって、それはいわば人生の価値そのものの喪失であるが、どうすれば彼の命を肯定できるかを、僕なりに必死に考えた。このような問題を抱える現代人は、少なくないのではないだろうか。こんなことを言うと首を横に振られるかもしれない。が、青年の場合は望みが背徳的というだけの話で、そうでなければ、同様の虚無感を抱える人は多いと考えている。その答えとして、目的である「快楽」を得るための努力をする段階で、副産物としてもたらされる、彼なりの「幸福」を与える形となった。

 どのような命であれ、生きる権利がある。これもまた共感を得られない作品かもしれないが、それを伝えたいがために、主人公をあえてダークな存在に位置付けた。


(余談ではあるが、人形のリタの名前は、インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』の「リタ(=天則)」から取った。簡単に言うと、宇宙の絶対的なルールのようなものである。人が人を裁くのには、どこかに必ず限界があると、僕は考えている。そのため、青年はリタに対し、何かにつけて「裁いてみてよ」と言い、何が本当に正しいのかを執拗に確かめようとする。書き終えてから思ったのだけれど、日本語の「利他」に当てはめてみても、彼女の存在にしっくりくるかもしれない。)


・最後に

 『灰色の街』の作品群では、主に「孤独」が扱われていることが、読んでくださった方にはお分かりいただけるかと思います。やはり共感を得られにくいかもしれないけれど、少しでも何かを感じ取っていただけたなら、作者としては幸いです。

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灰色の街 十月和生 toga_kazuo @shall_tack

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