第三話 猫の日
「はあ……猫の日だねえ……」
「猫の日ですねえ……」
まだまだ寒い日が続く二月、珍しく穏やかな日差しの暖かい昼下がりだ。
寒い季節は、車の下やそれぞれのお宅の室外機や給湯器の暖気で暖をとる野良猫達も、今日はお日様の光を体いっぱいに浴びるために、日当たりの良い公園に出てきている。
「暖かいし天気も良いし」
「しかも猫に囲まれてますしね」
「いい
「
「うん、
私達がやってきた
今日は二月二十二日、猫の日。
平日だけど私も宗谷三尉も休みの日だった。ちなみに、私と三尉は野外猫カフェデートをしているわけではなく、地域野良猫ボランティアの活動をお手伝いしている最中なのだ。
「今日は私服だから、心置きなく猫をかまえるな~~」
一匹の野良猫が三尉の膝に乗って、ゴロゴロとのどを鳴らしながらお日様を浴びだした。
朝夕の通勤時間帯にまとわりつかれるのには相変わらず困った顔をしている三尉だけど、私服で休日の日は別腹あつかいらしく、心置きなく猫を甘やかしている。猫に好かれるのは、前世がマタタビだって八島三佐に言われている三尉。本人が意識していないだけで、相当の猫好きだってことが猫達に伝わっているからかもしれない。
「でも油断してると、帰ってから制服に毛がつきますからね。家に帰ったらガムテープか何かでペタペタしないとダメだと思いますよ?」
「その時はその時で考えるよ……。ねえこの子、絶対に何処かのお宅でお世話になってるよね。めちゃくちゃ毛並みがきれいだ」
自分の膝を占領している猫を撫でながら、首をかしげる。
「まあ、ここらへんが生活圏内の野良ちゃんは、たいてい何処かのお宅に定期的に通ってますからねえ」
それぞれのお宅が、野良猫達のために段ボール箱で避難所を作ったり、トイレを確保したりしていた。猫が好きじゃない人もいるにはいるけど、ボランティアさん達の活動のお蔭で酷い目に遭わされる子はほとんどいない。この地域に住む野良猫達は本当に幸せ者だと思う。
「そろそろ、次の場所のお掃除にいかないと」
「ああ、そうだね、あと一ヶ所で終わりだっけ?」
「はい」
私と宗谷三尉は立ち上がると、ゴミ袋と掃除道具を持って次の掃除場所へと向かう。そんな私達の後ろを、ピンと尻尾を立てた猫達がついてくる。
「おーい、ご飯はまだだろ? 僕達は掃除しにきただけだぞ?」
そんな三尉のことなんておかまいなしに、猫達はゾロゾロとついてくる。
「本当に猫の大名行列ですね」
「まったく、こればっかりはどうしたものか。おちおち買い物にも行けやしないよ……」
そう言うわりには最近の三尉はデレデレしっぱなしだ。もうこれは猫達にほだされているってやつに違いない。そのうち猫を飼いだしても驚かないかな。ああでも、独身で一人暮らし、しかも艦艇勤務の三尉にはちょっと難しいか。
+++
「お疲れ様でした。お掃除ポイント、すべてチェック完了しました」
「ご苦労様~~」
「いえいえ。私達もこの地域の住人ですから」
集合場所で、ゴミの分別をしていた自治会長さんが私達を出迎えてくれた。
「助かったよ。回ってもらった場所を担当している人が花粉症が急に酷くなって、薬が効くまでまともに外に出られないって話だったのでね」
「あー、うちの陸警隊にもいますよ、花粉症。本当につらいですよね」
そこへ我が家のご近所に住む奥さんがやってきた。
「ごめんなさいね、今日はお掃除活動に参加できなくて。猫達を獣医さんに連れていってたものだから」
「ああ、そっちもご苦労さん。どうだった?」
「お腹に変な虫もいないし問題なしですって。譲渡会用の写真も撮ったわよ。お母さんのほうも手術して明日になれば退院できる予定」
そう言って、ニコニコしながらスマホに入っていた猫の写真をかざす。まだ小さい白黒のブチ模様の子猫達。それぞれ可愛い首輪をして前を向いていた。
「可愛いですね、この猫ちゃんは奥さんのところの?」
「うちの裏の庭先で生まれた猫ちゃんでね。もう母親猫から離しても大丈夫な月齢になったから、次の譲渡会に連れていく予定なの。で、その前に病院とトイレのしつけをきちんとしておこうと思って、母猫ともどもうちで預かってるのよ」
「へえ。でも、一旦預かった子を手放すのって寂しくないですか?」
「もちろん寂しいわ~~。でも母親猫は我が家に残るし、里親さんからは写真が送られてくるし、猫友さんが増えたと思えばね」
可愛い子猫達の写真を見せてもらいながら、ふと三枚目の子が気になった。
「この子……」
「あら、気に入ったの?」
「いえ、なんとなくどこかで見たような顔つきだなって……」
何処で見たのかなと首を傾げたところでピンときた。
「あ、三尉だ。この子、宗谷三尉に似てるんですよ」
「ん?」
私の声に、ゴミを運んでいた三尉が立ち止まってこっちを見る。自治会長さんと奥さんは、写真と三尉を見比べてなるほどとうなづいた。
「確かに似てるね」
「人間と猫が似ているなんてあまり意識してなかったけど、たしかに似てるわね、この子と三尉さん」
「ですよね」
「なに? どうした?」
ゴミ袋を片手に、三尉が私達のところにやってくる。奥さんがスマホの画面をかざした。
「ほら、三尉さんにそっくりな猫ちゃんよ。もしかして前世では兄弟だったのかも」
「似てますかね……?」
「この目が垂れてて困った顔な感じが、三尉とそっくりですよ」
マタタビ前世の他に猫前世まで加わってしまって、三尉が人間になったのはもしかして今回が初めてだったりして?なんて考えたら変な笑いが込み上げてきてしまった。
「
「でもそっくりですよ、この子。愛着湧きませんか?」
「どの子も可愛いけど、そこまで考えないようにしてるんだ。だって僕はペットが飼えるような環境じゃないからね」
護衛艦は一度出港するとそれこそ二ヶ月三ヶ月、母港に戻ることなく出っぱなしということも珍しくない。しかも三尉は独身。ペットどころか植物をベランダで育てるのも難しそうな環境だ。
「でもこのタレ目かげんが宗谷さんそっくりですよ、かわいいーーーー」
「ってことは僕も可愛いと思われてるのか……」
なんだかショックを受けている様子。こんなに可愛い子猫と似ていると言われることは、そんなにショックなこと?
「真木さんが住んでるマンションってペット可な物件だったわよね?」
「ええ」
「どう? この子の里親になるの」
「え、うちにお迎えするんですか?」
「もちろん無理にとは言わないわ。一度お迎えしたら、最後までお世話するってことだもの」
猫は好きだけど、自分の家に迎えるなんて一度も考えたことがなかった。三尉に比べれば大したことない時間ではあったけど、夜勤もあって留守にすることがあるからだ。
「少し考えさせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。譲渡会は早くて一ヶ月先だから。ゆっくり考えてちょうだい」
+++
「真木さん、本当にあの猫を飼うつもりなのかい?」
ボランティアさん達と別れて、自宅に戻る途中で三尉にそう質問された。
「駄目ですかね。夜勤で一日自宅をあけたりするともありますし」
「猫はトイレとエサさえちゃんとしておいたら、一日二日ぐらい大人しく留守番できるって、さっきの奥さんは言ってたけどね」
ちなみに私が住んでいるのは官舎でも寮でもなく実家だ。両親は、仕事の関係で東京に引っ越し、現在はそっちで生活している。恐らく老後はこっちに戻ってきたとしても、別のところで暮らすことになるだろうって言っていたっけ。つまり今のマンションは、私が引っ越しを考えなければずっと私だけが住み続けることになるということだ。
そしてそのマンションはペット可物件。猫を飼っているお宅も何世帯かあった。
「次の譲渡会まで一ヶ月ありますしね。もう少し考えます。ああ、でも私、野良ちゃんのお世話はしたことあるけど、自宅で飼ったこと一度もないんですよね。ちゃんとお世話できるかな……」
とたんに三尉が笑い出した。
「なんです?」
「悩むとか言ってるけど、もうすっかり飼う気でいるじゃないか~~」
「え、まあ、そうかもしれないです」
頭の中はすでに猫の寝床は何処に置こうかとか、トイレの場所とか、そんなことでいっぱいになっている。もうこれは、猫がいる生活になる選択肢しかない気がしないでもない。
「いつも僕のことを猫の毛がついてるって大騒ぎしてるけど、これからは真木さんも気をつけないと毛だらけになっちゃうかもね」
「あー……それ、実に悩ましいですね。宗谷三尉のことばかりかまっていられなくなりますね」
「でも、うらやましいな、猫」
「うちのお迎えしたら見に来てくださいよ。三尉にそっくりな子ですから」
「で、二人とも猫の毛だらけになっちゃうのか」
「コロコロ、たくさん買っておかないといけない気がしてきました」
そして、タレ目の猫ちゃんは我が家にやってくることになる。私よりも三尉に懐いてしまい、ちょっと複雑な気分になるのはもう少し先の話だ。
+++
「最近、真木は付き合い悪いな。もしかして男でもできたのか?」
「男は男でも雄猫ですけどね」
「三尉じゃなくて猫なのか」
「もちろん僕もお邪魔してますよ、時々」
そんな会話が陸警隊と宗谷三尉の間でされていたと知ったのは、さらにもう少し先のこと。
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