第二話
「なあ、さっきから気になってるんだけどな?」
「なんでしょう」
今日の持ち場は
というのも、他国の海軍と合同演習に参加していた護衛艦が一ヶ月ぶりに帰港するということで、普段は関係者以外の出入りの無い
普段はゲート前や外側をパトロールすることが多い私も、今日は不測の事態に備えて、ここでの警備にあたることになったというわけだ。
護衛艦が到着するのを待ちながら警備に立っていると、いつもゲート前での警備や総監部内を巡回しているチームの一員である曹長が、ある一点を見つめながら私の制服の
「あれ、置き物じゃなくて生きている猫だよな?」
大勢の人達から少し離れた場所で、お行儀よく並んで座っているのはよく見かける近所の野良猫達。それも一匹や二匹ではない。少なくとも十匹、いや二十匹はいるだろうか。
「生きている猫ですね」
「しかも野良猫だよな?」
「野良猫ですね」
「うちの基地、あんなに猫の出入りが激しかったか?」
たまに敷地内に一匹か二匹が入り込んで、隊員達と遊んでいるのは見かけたことがあった。だけど、あんな風に群れをなしてやってくることなんて滅多にない。最後にあんな光景を見たのは一ヶ月ほど前、ここからとある護衛艦が、合同演習のために太平洋に向けて出港した時だった。
「今日は演習に参加していた護衛艦が帰港する日ですからね」
「それと野良猫とどう関係……え、まさか?」
「そのまさかです」
曹長は、いやはや驚いたという顔をした。
「はああああ、まじかあ。話には聞いていたが、俺はてっきりお前や
「それだけのことで、わざわざゲートにコロコロを用意したりあれこれしませんよ」
「いや、だから、あの三尉殿は
ここ最近は、どうも私があの三尉殿に好意を寄せているという噂が流れて困る。確かにあの三尉殿のことは嫌いではない。前途洋々な幹部様なのに偉そうな素振りを見せることもないし、どちらかと言えば好感度は高い方だ。
そして何処か頼りなさげで、そのせいか猫にまとわりつかれて困り果てている三尉を見掛けると放っておけず、ついつい手助けをしてしまうのも事実だった。だけどこれは恋愛とかそういうものではなく、どちらかというとオカン的な感情に近いものだと私も思っている。息子とたった一歳しか違わないオカンなんて、この世に存在するのかわからないけれど。
「
「乗っている護衛艦の帰港が猫にもわかるとは、なんというマタタビ体質」
「私もここまでとは驚きです」
猫にも帰港する日がわかるとは、八島三佐が言っていた通り、宗谷三尉の前世は本当にマタタビだったのかもしれない。
そして、乗組員達が出迎えた総監を前に帰国報告をしている最中も、野良猫達はさも当然のような顔をして、その場で式典の様子を見守っていた。今日ほど我が総監部のお歴々が、猫好きなおじ様ばかりで良かったと思ったことはない。
+++++
「なんでお前達ついてくるんだよ~~っていうか、なんでここにいるんだよ~~~」
そして案の定、報告が終わり解散したとたん猫達に囲まれた宗谷三尉は、困惑した顔つきで歩いていた。上官達にはニヤニヤされ、関係者や御家族達は三尉の困惑をよそに、猫達の写真を呑気に撮っている。誰も三尉のことを心配していないのがなんとも気の毒というかなんというか。
「うわあ、本当に猫の大名行列だな」
三尉が移動するたびに猫の集団も移動するのを見た曹長は、感心したように声をあげた。
「ですよね。私もあの光景を初めて見た時は驚きました」
しかし、野良猫達の様子がどこか変だった。
いつもなら三尉がまともに歩けないぐらいまとわりついて大変なことになるのに、今日は歩いている三尉の足元をつかず離れずな状態で一定の距離を保ちながらウロウロしている。そしてお見送りをした時に比べると、明らかに
「お帰りなさい宗谷三尉。合同演習お疲れ様でした」
「ああ、真木さん。ただいまと言いたいところなんだけど、猫達の様子がおかしいんだ、なんとかして~~」
私がいることに気がついて、三尉があからさまにホッとした顔をしてこっちにやってきた。どうして私が猫をなんとかできると思っているのかは謎だ。猫を引き連れているのは私ではなく三尉なのに。だけど、そんな三尉も今日の猫達がいつもと違うというのは感じている様子だった。
「そう言われましても、私が野良猫部隊を統率しているわけではないのでなんともしようがないような。しかしこんな猫達も珍しいです。、いつもなら、もっと大歓迎で大騒ぎなのに。三尉、なにかやらかしてませんか?」
「やらかしてって、合同演習でほとんど海の上ですごしたのになにをやらかせるんだよ~。あ、もしかして潮の匂いが染みついていて、魚と間違えられているとか?」
俺、もしかしてエサと間違われている?と戦々恐々だ。そんな中、私の足元に一匹の野良猫がやって来て、なにか言いたげにニャーニャーと鳴き始めた。
「ん?」
その猫は何度か鳴くと三尉の方へと歩いていき、三尉の周囲をぐるぐると回って再びこっちに戻ってきてニャーニャーと鳴く、そんな行動を何度も私達の前で繰り返した。
「どうしたの? なにか言いたげだけど、さすがに三尉もあなたの言葉はわかからないと思うよ? もちろん私もだけど」
他国の軍隊との交流もあるし、最近は色々な国の人がやってくるから必要最低限の英語ぐらいならなんとかなるけれど、さすがに猫語の習得は我々自衛官でも無理だと思う。だけど猫にはそんな事情なんて理解できるわけもなく、さらにニャーニャーと私達になにかを訴えるように鳴き続けた。
「うーん、困ったねえ……お腹が空いてるわけでもなさそうだけど」
その場にしゃがむとその猫の頭を撫でる。この子は三尉のなにが気になっているのだろう。しゃがんだまま、立ち尽くしている三尉の方を見る。
「……なに? 俺の顔になにかついてる?」
「いえね、この猫は三尉のどこを見てニャーニャー鳴いているのかなと。猫と同じぐらいの高さまで視線を低くしたら、なにかわかるかもしれないと思って」
私の横で鳴き続ける猫の背中を撫でながら、三尉の顔から更に視線を下へと移動させていく。……ん? あれはなんだろう? んんん? あれはもしかして?
「……んん?」
「な、なにかわかった?」
「ちょっと三尉」
「は、はい? あの……真木さん、顔が怖いよ?」
「ちょっとそのままじっとしていてくださいね」
そう言うと、立ち上がってから三尉の方へと近寄ってもう一度しゃがみ込む。
「むむむむ、これは……!!」
「な、なんなんだよ、なにか問題が?」
「これは大問題かもしれません、三尉」
「ええ?!」
そして目についたものに手をのばす。それはズボンの
「これ、分かります?」
「……ん?」
つままんだ毛を三尉の顔の前に差し出す。
「……これは猫の毛だよね? 一体いつの間に? こいつら、さっきから遠巻きについてくるだけで、いつもみたいにスリスリしてこなかったんだけど、もしかして風で飛んできたのがついたのかな?」
「よく見てください三尉。三毛っぽい毛です。ここにいる猫達に三毛猫タイプの猫は存在しません」
そう言いながら私達を取り囲んでいる猫達を見渡した。白黒ぶち、チャトラ、サバトラ。黒猫、白猫。だけど三毛っぽい猫は一匹もいない。
「……確かにいないね。もしかしてこいつらの誰かがつけてきたのかも」
「三尉」
「は、はい? だから真木さん、顔が怖いよ」
「私の顔のことは横に置いといて。正直に白状した方が身のためですよ」
「な、なにを?」
「浮気しましたね?」
「えええ?! なんでそんな話に?! 真木さん、俺、そんなふうに遊んでいる男に見える?!」
私の言葉に三尉はショックを受けたような顔をした。
「演習の合間の上陸期間中、久し振りだからと羽目をはずして、思いっきりたわむれてきたんじゃないですか?」
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでくれるかな? 俺が風俗にでも行ったとでも? ひどいなあ、そりゃまだ真木さんにちゃんとこくは……」
「ばれてますよ、この子達には。さっさと白状しなさい。こんな証拠を堂々とつけてくるなんてどういうつもりなんですか」
「……へ?」
目の前に差し出した毛の房をブンブンと振ると、三尉がポカンとした顔をする。
「上陸した先の港で三毛猫とたわむれましたね?」
「え……?」
「ですから、ここの子達とは違う猫と、たわむれましたね?と言ったんです」
「え、いや、その……」
三尉の目が泳いだ。間違いない、これは明らかに黒の顔だ。
「正直に言いなさい」
「……」
「宗谷三等海尉?」
私が不審者を問い詰めるのと同じ要領で問い詰め続けると、三尉がシュンとなった。
「……すみません、休暇で上陸した先の港にいた野良猫と遊びました……」
「やっぱり」
「まさかその時の毛がついていたなんて。ちゃんと毛がついていないか確認したのに」
「悪いことは出来ないようになってるんですよ。まさか演習先の港で浮気するなんて。この子達を誤魔化そうだなんて百万年早いってやつです。きちんとお詫び行脚しないと嫌われたままですよ」
「そんなあ……」
まとわりつかれて困っている三尉も、猫達に嫌われるのはイヤらしい。
「当分は休みの間、ボランティアさんと一緒にカリカリとトイレのお世話をするべきですね」
「えええ、俺の貴重な勉強時間が……」
「こんなに可愛い猫達が母港で待っているのに、よその港で浮気をするなんてとんでもないですよ。私もがっかりです」
「そんな真木さんまで……」
ますますシュンとなる三尉。
「まずは猫達に謝らないと」
「すみません」
野良猫達は三尉を見上げて一斉に抗議の声をあげた。
「真木さん、これ、どうすれば……」
「ですから当分は地域ボランティアさんとお世話行脚ですよ、頑張ってください」
+++++
「おはようございます、宗谷三尉。あ、猫の毛がついてますよ!!」
「うん。今朝はいつもの猫達にまとわりつかれちゃってね」
困るよね~と言いながらも三尉の顔は嬉しそう。 あれからきっかり一ヶ月、やっと猫達の機嫌がなおったらしい。
「毛だらけじゃないですか、まったくもう。冬服は白い毛には気をつけないと駄目なんですからね。はい、コロコロしますからじっとしていてください」
そんなわけでしばらくお休みだった猫の毛除去のコロコロ作業も再開です!
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