第37話 ゆらめく光


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「おかしくはないか?」

 そう言ったのは私だった。小さなバッグに最低限のものだけ詰め込みながら、迎えに来たレゾンにそう問う。

「術を使うために必要なエネルギーはもとより、呪いも、稀癌きがんも、全て人間の感情から生まれる。科学的視点に立たずとも感情から得られるエネルギーなんてちっぽけなものだというのは明白だろう」

 少し重たくなったバッグを掲げるとレゾンがそれを無言で受け取った。立ちあがって気が付く。ずいぶん目線が近くなった。中学に入って私の背が一気に伸びたからだ。

「心なんてものに、どうしてそれほどの力を生み出せるのか。私には考えもつかない」

 それでもほんの少し高い位置にある彼の顔は初めて会った時となにも変わらない。若々しい顔立ちの、目元だけがやけに老衰している。

「ふはっ。そんなものは俺も知らんよ。ただ感情というものが人を突き動かすエネルギーを生むのは間違いないだろう。だから人間というものはおもしろいのだ」

 つまりレゾンに訊いても答えは出ないということか。では建設的な質問に移ろう。

「今回はどこへ行くんだ?」

「北極と南極どっちがいい」

「北極は小学生の頃に行った。南極はその翌年の帰りに寄っただろう。別の案を出せ」

「ふむ。ではヴェネツィアはどうだ。水路の入り組んだ町並みは訓練にもなる」

「水の都か。なかなかいいな。お前にしてはロマンチックな選択だ」

 少し伸びた髪が邪魔だったのでゴムでまとめる。そろそろ切るか、と呟くと、意外にもレゾンが反応した。

「そのまま髪を伸ばせばどうだ」

「なぜだ?」

 そんなことを言われるのは初めてだったので問い返す。レゾンは表情も変えずに答えた。

「もしもの時、引き千切れば止血にも使えるぞ」

「…………なるほど」

 それが至極合理的な言葉だったので、私は釈然としないものを抱きながらも頷いた。

 なぜかレゾンが満足げに笑ったように見えたが、特に興味もなかったので追求しなかった。


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 廃病院の一階。剥き出しの柱と落書きばかりが目立つ広い空間で、私は私に追いついた少年を振り返った。


 互いに呼吸は乱れている。肩で荒く息をしながら、互いの出方を探り合う。


 その姿はしくも六年前の路地裏の再現のようだ。ここに仕種しぐささんはいないけれど。


 少年はいつの間にかコートを羽織っていなかった。どこかで脱ぎ捨てたのだろう。深緑のセーターは薄汚れ、ところどころ泥がついたままだった。


 伝う汗の雫を拭いながら、私は深呼吸した。

 これから必要なのは発想の転換だ。


 相手にとっての最悪の手を、私が打つための最善手。つまり一撃で相手を無力化するにはどうすればいいか。それは単純だった。


 一撃で相手を昏倒させねばのだと、そう強く認識すること。


 稀癌の感じる危険は、私の認識と実力が大きく関わっている。私が幼く、身を守る手段の無かった頃は、世界はもっとたくさんの危険で満たされていた。私の味方をしてくれる存在がいると知らなかった頃は、全ての人間から危険信号を感知していた。


 稀癌の伝える感覚情報には良くも悪くも私の思考が反映されているのだ。


 ならば認識を変えることができれば、相手の弱点も分かるはず。


 危険を感知するのではない。危険を回避するでもない。自らの手で危険を刈り取るのだ。まだ慣れていない。だから一番感知しやすい視力に意識を注ぐ。


 むかし練習した通りに、一つ一つ自身の認識を塗り替える。


 少年と私はじりじりと円を描くように少しずつ距離を縮めていく。現在目測十五メートル。ナイフの鈍い光が少年の手元でちらちら揺れる。


「――――ふぅぅ」

 息を吐きだす。


 勝機はあった。一つ、作戦めいたことを考え付いたのだ。しかしそれは一歩間違えれば惨事になることだった。


 けれどかまわない。私は更科君がここに来る前に、ことを終わらせなくてはならないのだから。


 肺の中の空気が全て無くなった瞬間、視界にそれは映った。淡く、弱弱しい、オレンジ色の光だ。今まで見たこともない、幻想みたいに輝く光。そして左の掌底が熱を持つ。


 吸った空気は張りつめている。歯を食いしばって前傾姿勢を取り、私は駆けだした。


 少年は動かない。私が来るのを待っている。ナイフを構え空っぽの表情で私の動きを捉えている。


 残り一メートルで少年は一閃を放った。真一文字に私の顔を切り裂こうとする。私は踵に力を籠めその軌道から身体を一瞬ずらす。


 ぱっと血飛沫ちしぶきが舞った。


 斬り裂かれたのは右の眼球。

 だがそれだけ。追撃はない。予想通り少年は肉を裂く感触にひたりそれ以上動かない。


 一撃目を避けれらないのは分かっていた。どれほどシミュレートしても稀癌は無傷で済む結果を告げなかったから。追撃を喰らいたくないなら少年が動かなくなる時を狙うべきだったのだ。

 少年は斬り裂いた部分が致命傷であればあるほど喜びに浸る時間が長い。それは今までの傾向で分かっていた。


 であれば、なにかを犠牲に差し出せば大きな隙が生まれる。


 無くなっても構わない部分、それは私にとって眼だった。身体は欠ければ不便が生じる。その点、眼はどうせ二つある。片方くらいなくても困らない。どうせ足りない感覚は稀癌が補うのだから。


 使い物にならなくなった眼球から零れた血液が靴と地面を濡らす。

 その血に滑らせるようにして停止した少年の懐に入る。少年が反応した時にはもう遅い。


 脳髄のうずいを引き裂くような痛みを私は叫びでかき消した。


「……っ、ぁああああっ!」


 腹に力を籠め全霊の力を腕に乗せる。そうしてオレンジの軌跡をなぞるように突き上げた掌底が、少年の顎に入った。


「おグァッ――――」


 少年の身体が宙に浮く。完全に決まった。打つ場所、タイミング、籠める力。全て稀癌の示す通り。これで少年は無力化できたはずだ。


 受け身も取れずに硬い地面に倒れた少年の手からナイフがこぼれた。念のために遠くへ蹴る。少年自身は白目をむいていた。もう彼から危険は感じない。しっかり気絶してくれたようだ。


 あのオレンジは少年に後遺症が残らないようにと祈った結果の光だったので、恐らく無事に目を覚ますはずだ。……たぶんだが。


「……終わった」


 力の抜けた私はその場にへたり込んだ。

 羽織はおっていたカーディガンを脱ぎ、未だ血を流し続ける右目に当てる。傷口が熱を持ち酷い痛みが身体を駆け巡り始めた。


 身体が緊張していたせいか手が少し震えている。血が大量に流れ出たせいで寒気もした。


 ああ、寒い。せめて日向に出たかったが、最初に斬られた足はもう感覚がなく、立ち上がる気力も湧かなかった。


 救急車を呼ぶにも、射牒さんを呼ぶにも、携帯電話がすでにお亡くなりだ。連絡手段がない。少年も見たところ持っていなさそうだ。


「……どうしたものか」


 呟いた声には誰も応えない。けれど代わりに遠くから誰かの足音が聞こえてきた。

 その音はなにもノイズを感じない。安全な音だった。


 私にはその正体が分かっている。


 建物の入り口へ顔を向ける。やがて現れたのは、息を切らせた青年の姿。


 私を見てちょっと嬉しそうにした後、何事かを察知したらしく血相を変えてまた駆け寄って来る、更科奏繁そうはんその人だった。


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 候補地の最後の一つとなった廃病院。そこに誡はいた。


 コンクリートむき出しの床に座り込み、よく着ているカーディガンを丸めて右目に当てている。その傍には汚い格好の少年が倒れていた。


 どうやら最悪の出会いがあった後らしい。自分ぼくは急いで彼女に駆け寄った。


「誡! 大丈夫?」

「……生きていますよ、少なくとも」


 軽口をもらす誡に安堵しながらも、床に広がる血痕に心臓が押しつぶされる。


 よく見れば誡は体中切り傷だらけで、カーディガンにも血が広がっていた。


「救急車は?」


 自分の上着を脱いで誡の肩に掛け、屈み込んで怪我の状態を確認しながら問うと、彼女はゆっくり首を振り小さく息を吐いた。


「……必要ありません。命に別状はありませんし、もう出血も止まります」


「――――っ」


 誡があまりにもいつも通りにそう言うから、逆に自分ぼくは苦しくなってしまった。


 自分ぼくは誡に傷ついてほしくない。だというのに、また何もできなかった。

 自分ぼくが無力だから。いつまでたっても彼女の力になれない。彼女を守ることができない。


 だけど、ここでごめんと言うのは間違いだと分かっていた。無力ならば努力をすべきだ。謝罪だけ相手に押し付けて、心に詰まった感情を吐き出して、何もしてない自分だけむくわれようだなんて卑怯ひきょうでしかない。


 だから自分ぼくには、ただ彼女を不器用に抱きしめることしかできない。


「……更科君。血が、……汚れますよ」


 腕の中でもぞりと誡が身じろぎする。自分ぼくはそれを意に介さず、誡の身体をさらに引き寄せた。


 自分ぼくよりずっと強くて、いろんなことを経験していて、たくさんのものを背負っているはずの彼女の身体は、狂おしくなるほど小さかった。誡は黙って自分ぼくにされるがままになっている。温かな誡の身体を強く抱きしめて、彼女が生きている奇跡に感謝した。


 あふれそうになる涙を必死に堪える。自分ぼくが泣くのは筋違い。頑張ったのは彼女で、自分ぼくは空回りしかできなかった。せめて誡の背中を濡らしてしまわないようにすることぐらいしか、今の自分ぼくにはできない。


「…………ありがとうございます」


 耳元でそんな言葉がささやかれた。


「なんで、誡がお礼なんて言うんだ。自分ぼくはなにもしてない」


「……ここまで、来てくれましたから」


 君にそんなことを言ってもらう権利なんて自分にはない。だって自分ぼくはここに来るまで、誡をこんなに傷つけた漆賢悟に同情していたんだから。


 いや、今もしている。日記を読んでしまって彼の心を知ってから、自分ぼくは……。


 誡を失いたくないと思うほど、依琥乃を失い、依琥乃に関する想い出も忘れてしまった彼に共感してしまうから。


「っ、ぅぅ……」


 少年の呻き声が聞こえて、自分ぼくは誡を放した。どうやら立ち上がれないらしい誡を背に庇う。


 目を開けた漆少年は起き上がらない。ただぼんやりとボロボロの天井を見ている。


「……少し、きつめのを入れてしまったので、動けないのかも」


 自分ぼくそでを引っ張って誡がそう小声で呟く。本当にそうかは分からないが、とりあえず少年は暴れ出しはしなかった。


 しんと静まりかえった廃墟に三人の呼吸音だけが聞こえる。少年になにか声をかけるべきかと考え出したとき、低くか細い声が耳につたった。


 声を発したのは、漆賢悟だった。


「わからな、かったんだ。ボクは、心の弱い人間だから。胸に開いた空白が大きすぎて、なにもわからなかった。思い出したいだけだったのに、自分でもなにをしているのかわからなくなって、けど、やっぱり、空っぽなままだ。あの肩をぶつけた男の人も、ボクは傷つけてしまった。ボクが、自分を抑えられなかったから」


 ポツポツと呟かれる言葉。意味するところはよく分からない。零れた言葉は形にならない感情のようなものだったのだろう。


「どこを探しても見つからない。なにを探しているのかも、わからないっ。」


 絞り出されるような独り言だった。悔しそうに、悲しそうに、虚空を見つめる少年は、それでも何かを探し続けたのだ。


 また袖を引かれて誡を振り向く。誡は何も言わず自分ぼくをじっと見ている。いつも通りの無表情。けれど瞳にはなにか意思を感じた。いつも眠たげなその瞳は、今は悲しげに曇っているようにも見えた。


 それが自分ぼくの勝手な思い込みだとしても構わない。漆少年に対して感じていた小さな怒りも、誡の目を見ているうちにすっと消えていった。少年と相対した本人が怒っていないのだ。なら自分ぼくも彼を許すべきだ。


 それに自分ぼくには、漆賢悟に伝えなければならないことがあった。

 自分ぼくは少年に向き直りその名を告げた。


「…………依琥乃いこのだ」


「――――ぁ」


「君が探していたのは、伊神いがみ依琥乃だ」


 少年の眼が見開かれ、すぐに顔がくしゃりと歪む。彼の目元を一筋の涙が流れ落ちていく。


「――いこの。……依琥乃っ。ぁあああ」


 大切な名前を包むように慟哭どうこくが響く。仰向けのまま泣き叫ぶ少年を見て、自分ぼくは日記の入ったカバンを握りしめた。


 ただただ泣き続ける少年の姿はやはり痛ましかった。彼の中に溢れた想いは、きっと自分ぼくでも想像つかないものなのだろう。


 依琥乃はもうこの世にいない。彼もそのことを知っているはずだ。日記帳の最後、殴り書かれた文章は、依琥乃の最期の幸福を願うものだったから。


 最後に会った日に依琥乃は、もう会うことはできないと漆賢悟に告げたのだろう。そういうところ依琥乃は律儀で無神経だ。必要ならばどれほど残酷なことでも彼女は告げる。


 二人はもともと、時々会う程度の関わりだった。漆賢悟から依琥乃を頼ることはなく、依琥乃が訪れるのを待つだけ。それでも依琥乃は自分がいなくなった後、漆が混乱しないように先に真実を伝えたのだと思う。昔、自分ぼくに自身のことを教えた時のように。

 

 それからちょっと時間が経って、少し落ち着いた漆少年に自分ぼくは日記帳を返した。


 立てないまでも起き上がるくらいはできるようになったらしく、少年がゆっくり身を起こす。


 差し出された何も書かれていない表紙を見て、少年は震える手でそれを受け取った。


「いつか会えなくなることは分かってた。ずっと一緒にいたいなんて我が儘はボクなんかには言えなくて。

 ……会うことがなくなれば、いつかは忘れてしまう。それはあたりまえってわかってる。だからボクは依琥乃に、忘れられてよかったんだ。ボクのことなんて、これっぽっちも覚えてなくてよかった。それで君の最後が幸せであってくれたなら、それで十分だったんだ」


 それは、人を傷つけた人間のものとは思えないほど、悲痛で優しい声だった。漆少年が沈痛な面持ちで表紙を撫でる。


「……君のためなら、ボクは世界だって切り裂いたのに。どうしてよりにもよってボクが、君を忘れてしまったんだろう。どれだけ自分がおかしくなっても、狂気に自我が沈んでも、ボクは君だけを――忘れたくなかったはずなのに」


 透明な涙を流しながら、漆少年が日記帳を胸に抱き抱える。まるで二度と触れることのできない大切な人との思い出を、せめて抱きしめるかのように。


 彼の中に浮かんだ感情はなんだろう。大切な人が死んだ悲しみ? 二度と会えない寂しさ? それとも、忘れてしまったことへの困惑だろうか。


 いいや、自分ぼくにはそれが違うと分かる。彼を一番苦しめたのは、記憶を失い、失ったことにすら気づけなかった己への怒りだ。それが結果的に見ず知らずの人間を些細なきっかけで傷つけてしまう要因となった。


 少年の心が伝播してくるようで、自分ぼくは彼から目を逸らす。


 ふと誡を見ると、彼女は天井の割れ目から見える空を見ていた。彼女がここにいたということは、少なからず誡も依琥乃のことを忘れていたはずだ。名前を聞いて彼女の存在を思い出せる程度の忘却だったならいいけれど。


 それでも、己の人生の数割を占めていた人間を忘れていたという事実に、彼女は何を思うのだろう。


 ……依琥乃にまつわることについて、自分ぼくは他人に話すことはできない。依琥乃と約束したからだ。


 言えないもどかしさが胸をかき乱して仕方がない。けれど死んだ人間との約束を破りたくなかった。それに言うなと言われていたことを教えられたら、誡はたぶん自分ぼくをたしなめるだろう。


 安易にその場面が想像できて少し苦笑していると、漆少年はようやく泣き止んだらしく、鼻水をすすりながらようやく自分ぼくらを見た。


「あの、あなたたちは――」

「こんな所にいたのだね」


 少年の言葉は突然現れた人間の言葉で遮られた。


 全員が声の出処を見る。廃墟の入り口に姿勢よく立っていたのは、スーツを着た外国人だった。


 帽子をかぶっているが髪型をオールバッグにキメているのがわかる。外人は年齢が外見から推測し辛いけど、恐らくは三十代くらいか。逆光で細部は分からないが映画の中でしか見たことがない英国紳士を現実に引っ張り出してきたみたいなで立ちの人だった。


 紳士は年若い青年を連れていた。ボクよりは少し年上だろうか。紳士同様きれいな金髪で、やはりスーツを着ている。


「いやあ、探したよ。逃げられてから今日まで、ずっと君を探していた」


 そう言いながら紳士は自分ぼくらに歩み寄る。青年もその後ろに随伴ずいはんしてくる。


 自分ぼくにこんな知り合いはいない。ならばと漆少年を振り返る。すると少年は顔を青ざめさせて後ずさりしていた。誡も表情こそ変わらないものの、似たような顔色だった。


 二人が揃ってこんなになっている。ということは、彼らは少なくとも、自分ぼくらに友好的な人間ではない。


 唐突にレゾンの忠告を思い出す。連盟の人間が県内に入った、と。連盟には狂った稀癌罹患者を狩る部署があるという。まさか彼らこそが――。


「あなた達は厳罰人ですか?」


 駆ければ一瞬で縮まるほどの距離にまで近づいてきた西洋人二人に自分ぼくはそう問うた。


 女性受けしそうな甘いマスクに微笑みを浮かべた紳士は、帽子を取り、胸元に当てて礼をする。


「その通り。そういうあなた達は、全員稀癌罹患者だね。一番奥の彼は私達が追っていたターゲットだ。この距離ならよくわかる。彼は狂っている。処理の対象者だ。

 さて、他の君たちはそうではないようだが……。どうしたものかな。ルー、罹患者の処理にあたり、他の罹患者が居合わせた場合の規定を覚えているかな?」


 突然呼びかけられた青年がさながら軍人のように背筋を伸ばした。記憶を探るように目が泳ぐ。


「えっと……。居合わせた人間が罹患者のみであった場合に限り、関係者として共に処理することも可能です!」


「よく覚えていた。その通りだ」


「はい、ありがとうございます!」


「と、こちらの事情はこの通りだ。さて、どうする?」


 目じりにしわを寄せ、紳士が自分ぼくらに向かってそう言った。処理とはつまり殺すということだ。冗談じゃない。はい殺されますなんて答えるわけがない。


 けれど自分ぼくらには抵抗する術がない。


 誡は動けず、漆少年は震えている。そして自分ぼくには戦闘力なんてものはない。

 どうすればいいんだ? 自分ぼく一人じゃ誡すら逃がしてあげることもできないだろうに。


 絶望が心を支配する。けど小さく聞こえた誡の言葉が、自分ぼくに希望を与えた。


「……平気ですよ更科君。もっとのが来ますから」


 誡が指差すほうを見るまでもなかった。示されたのは天井。衝撃は言葉の直後だった。


「っ、なんだ!」


 紳士の焦った声がする。


 轟音と共に天井が崩壊した。おそらく二階の天井も同様に突き破ったであろうその男は、崩れた瓦礫と土煙の中に、銀色の髪をなびかせ立っていた。


「ふはっ、間に合ったようだな」


 不敵に笑うその男は自称千年生きた吸血鬼。恐るべき力を持った銀色の化け物。レーゾン・デートルであった。


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