コドクの儀式

コオロギ

第1話 コドクの儀式

 嫌なことがあったとき、大切なものをひとつ壊すことにしている。

 今日は気に入っているお皿を一枚割ることに決めた。

 ぱりん、と壊れる音がきちんと聞こえるように、椅子に上ってなるべく高い位置から落とした。

 白くて薄っぺらいその皿が落下している数秒間、自分の中のどんよりしたものが一気に膨張して胸を圧迫する。皿の破片が飛び散るのと同時、同じように心もはぜた。

 破片をすべて集めて、透明なビニール袋に入れた。そして、二度と元に戻すことができないのだと感じられるまで、金槌を振り下ろして粉々に砕いた。

 次の日も嫌なことがあったので、大切にしていたぬいぐるみを燃やした。体がじわじわと熱くなり、涙が出た。すべてが灰になったころには、目は乾いていた。なんだかとても眠くなってしまって、早々にベッドに潜って眠りについた。

 その次の日もまた嫌なことがあった。大好きな本をカッターナイフでずたずたにした。切られたページから血が出そうだった。一ページもまともに読めなくなった本は、もう何の意味もなくてかわいそうだった。

 そんな風にして、ひとつずつ大切なものを壊していった。それはとても心地よくて、自身の体を軽くしていった。

 ある日、なにも嫌なことが起こらなかった。全然うれしくなかった。そのとき、自分にとって大切なものが一つも残っていないことに気づいた。

 今日は本当になにも起こらなかったのか、それとも、自分がなにも感じられなくなっただけなのか分からなかった。

 ただ、大切なものはすべて壊れていて、もう元には戻らない。

 だから家を出た。

 最後に残ったごみを処分するためだ。

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