邪剣 ―レントside―
火の玉が降り注ぎ村を襲った。
村人は近くの村に魔王軍が来ていると言っていたが、既に敵は村の上空まで来ていたのだ。
「みんな急げ!こっちだ!」
村の住人が慌てて逃げている。それをお構いなしに降り注ぐ火の玉が建物に燃え移り、村は火の海と化していく。
敵は4、5、6……。6体か。
俺はとりあえず透明化の魔法で姿を隠した。魔法は体力を消費するらしいのでずっと使い続けるのはダメだ。あくまで様子を窺うためだけに使うとしよう。
ある程度攻撃を済ませると敵が上空から降りてきた。俗に言うワイバーンと呼ばれるものに乗った鎧の兵士たちだ。
……いや、6体じゃない。もう1体いた。
「よし、このままこの村も滅ぼせ。住人は殺してもかまわん、抹殺し制圧せよ」
内の1人が合図をすると、鎧の兵士たちはそれぞれ行動を開始する。
命令の通り一斉にワイバーンたちが火を吐き、一層村は火の海と化した。
幸いにも行動が早かったので、村人たちが巻き込まれている様子はないが……。
どこの世界でも、力を持つ者が持たぬ者を力で無理やり制圧していくのは変わらないようだ。
例え相手がどんなに無抵抗でもお構いなし。まるで弱き者には生きる価値すらもないと言っているかのよう。
まだこの村に来てから一時間経ったか経っていないかくらいだが、先ほどまで平和だった村が一瞬で火の海にされている。
まるで俺の親の会社のようだ。弱ければ一瞬でそれは奪われてしまう。
情け容赦もなく蹂躙し、弱き者を嘲笑うのだ。
ならばどうすればいい? 自分も力を持てばいいのか?
強い力を間違った方法で使う者にはさらに強い力で対抗すればいい。
だがそれは正義なのか? 自分が正しい方法で力を使っていると必ず言い切れるのか?
見方を変えればそれも間違った方法で力を使うことではないのか?
…………いや、今は考えるだけ無駄か。
それが正しいかどうかなんて使う人の価値観で決まるし、他人も己の価値観からこれが正しい・間違っているの判断を下す。
結局は人それぞれ正義の価値観が違うんだ。みんな一緒じゃない。
自分がそれを正しいと思うならそれは俺の中で正義だ。
今はそれでいい。おそらく今の俺は間違っていないはず。
――だからこれは俺の中で正しいと思う力の使い方だ。
魔石が激しく光り輝く。
感じる、力を。強き者に屈しない強さを。
やがて光を放っている魔石はペンダントの状態から姿を変えていく。
それはレントの右腕に宿り、禍々しい剣となった。
【邪剣―イーヴィル・ソード―】
頭の中に浮かんできたこの剣の名称だ。無意識にこれがそう呼ばれる物だとわかったのだ。
黒きオーラを放つ漆黒の剣。剣が放出するオーラは周囲に圧を与え、火は風に吹かれたかのようにゆらめいている。
魔石が剣に変わっただけじゃない、身体能力が格段に上がったのもわかった。
これが力。
俺が手に入れたかった力。
強き者にも屈しない力。
ワイバーンに乗った兵士がこちらへ向かってきた。どうやら敵と判断されたようだ。
低空飛行でこちらへ突っ込みながらワイバーンは俺に向かって炎を吐く。
俺は構えをとって剣を振り、吐いた炎を真っ二つにするかのように斬る。そして、その斬撃によって邪剣のオーラが形となり、そのままワイバーンの兵士に到達して直撃する。
飛ばされたオーラをまともに食らったワイバーンと兵士は断末魔をあげながら浄化するように消滅した。
まず1体。
素早く2体目の兵士の元へ向かう。これ以上何かをさせるわけにはいかない。
今度もこちらに気付いたワイバーンが火の玉を複数吐き出す。それを右へ左へ避けながら突き進む。
すごい、これが俺の力なのか。
普通の人間には到底できないであろう身のこなしを平然とやってのけている自分がいる。
そのまま一気に距離を詰め、邪剣で切り落とす。1体目と同じように音を立てて消滅した。
これで2体目。
斬っているというよりも剣がまとっているオーラに触れることで消滅させていた。
先ほどの斬撃もオーラがそのまま敵に向かって行っている。まるで飛び道具のようだ。
『グォォォグギャオォォォォ……』
今度は上から2体同時に襲ってきた。
頭の中で何者かに囁かれる。今の俺は高く飛べると。
剣を構えながら上空へ飛ぶ。とても人間とは思えない跳躍力だ。
飛んだ先にいる内1体を切り裂き、撃破。
もう1体も俺が落下する際に火を吐いて応戦するが、それもこの剣の前では無力。
炎を斬り裂きながらワイバーンと兵士ごと落下し、地面に叩きつけた。
これで4体目だ。
「貴様、何者だ。我々に歯向かおうというのか」
先ほど他の兵士に合図を出していたリーダー格のような奴が降りてきた。
兵士たちは言葉を話せないみたいだったが、こいつは話せるみたいなので丁度いい。こいつから魔王城の居場所を聞き出せるかもしれない。
「歯向かうとしたら?」
「抹殺だ」
「ふん、俺はお前に興味はないが魔王城の場所に興味がある。命が惜しければとっとと教えろ」
「思い上がるな小僧。お前はここで倒れる」
リーダー格の男が白と黒の翼を出現させた。鳥? コウモリ? いや、堕天使とか呼ばれるものか?
前二つならともかく、もし堕天使ともなればさっき兵士たちを仕切っていたのを考慮すると間違いなく幹部クラスに違いない。
こいつを倒せば魔王城へたどり着く重要な情報源になるはずだ。
男は翼から羽根をガトリングのように銃弾にして飛ばしてきた。広範囲に撃っているわけではないのでコースを躱しながら接近する。
「ふっ……来たな。ハァッッ!!」
「!?」
男は両翼をさらに大きく開き、その翼で俺を包み込むようにして覆い捕らえた。
「この距離なら逃げ場も無く避けられまい。死ぬがいい!」
それはまるで翼で作った檻。その中で羽根銃を乱射した。
「ふふっ……愚かな。まんまと罠にハマりおって」
「誰が罠にハマったって?」
「なにッ!?」
俺は男の背後で魔剣にオーラを帯びさせる。
「馬鹿な!?確かに捕らえたはず!」
戦闘には使うことがないと思っていたが、すり抜けの魔法がこんなところで役に立つとは。
透明化の魔法と併せて完全に気付かれずに背後に回ることができた。
にしても背後に回った気配にも気付かないとは。
こいつの敗因は俺ごとき簡単に捻り潰せるだろうと過信したこと、驕りだ。
「なんでだろうな。オラァ!」
オーラを纏った剣が男を貫く。
先ほどは敵を消滅させていたが、そうしてしまったら魔王城の場所を聞き出せない。
ならばと思いみねうちになるように調整してみたが、上手くいく保証はない。
「ガハッ………」
……よし、消滅はしなかった。
後はこいつから魔王城の場所を聞き出して……。
『グギャャォォォォォォォォ』
残っていた兵士が駆け付けた。火の玉を飛ばしてきたので、やむを得ず距離を取らされる。くそっ、まだこいつから魔王城の場所を聞き出せていないのに。
残る2体のうち1体は瀕死の男を救出、もう1体はこちらへ突っ込んできた。
火の玉を飛ばしながら迫ってくるので視界が遮られ、翼の男の行方がわからない。
「ぐっ……邪魔だぁ!!」
邪剣は空を切るが、斬撃のオーラがワイバーン目がけて飛んでいく。そのオーラは飛んできている全ての火の玉を蹴散らし、兵士に直撃。消滅させた。
しかし、煙が晴れるとそこに男の姿は無かった。まんまと逃げられたのだ。
後一歩で魔王城の場所を聞き出せたかもしれなかったのに……。絶好のチャンスを逃してしまった。
俺が魔石の力を解くと魔剣は元のペンダント状に戻った。
あの時のギラギラしたような光は失われ、今はただの赤い石。
「ふぅ………んぐ!?ぐっ、ぐわああああああああああ!!!」
突如身体に激痛が走る。魔石の力を急激に多く解放した代償だろうか。
大きな力にはそれ相応の代償が伴うはず。それほど魔石の力は大きく、俺の体はそれに耐えられていないのだろう。
そうして俺は燃えゆく炎の中で気を失った。
◇ ◇ ◇
結局魔王城の場所は聞き出せないまま戦闘が終わった。
村は燃えてしまったが、犠牲者は0人。みんな無事だった。
俺はあの後、村の人たちに助けられ看病されている。
「ありがとう。君はイービス村の救世主だ!」
「魔王軍を圧倒するなんてすごすぎる……!」
「…………」
自分の目的のために戦ったはずがこの村の人たちに感謝されてしまった。
今まで人に感謝されるということを経験したことがなかったので、こんな時にどう反応したらいいかわからない。
「村は焼けたが、犠牲者どころか怪我人も0だ! あんたはこの村の英雄さ!」
でも……、なんかいいな。こういうのは。
「あ、お兄さんじゃ~ん! 聞いたよ。この村を襲った魔王軍一人で追い払ったんだって?」
そう話しかけてきたのは先ほど魔法を教えてくれた獣人のマイ。
仕事でこの村の外にいたらしく、あの時のことをよく知らないらしい。
「敵のボスっぽいやつ逃げたんだって? さっきまでヘイズ村にいたんだけど、あそこも魔王軍が来ちゃってね~。逃げてきたらここもこうなっててさ~」
「なに? 他にも魔王軍が来てるってことか?」
「あの短時間で移動するとは思えないからおそらくそうだね。逃げられたのなら合流とかしてるんじゃない?」
そこまで遠くに逃げていないのならまだ魔王城の場所を聞き出すチャンスはある。
こうしてはいられない。俺は立ち上がってすぐに準備を始めた。
「おいマイ、そのヘイズ村とやらまで案内しろ。今度こそ魔王城の場所を聞き出してやる」
「え? ちょっ、ちょっと~!」
マイの手を引いて強引に連れ出した。いざとなればこいつは透明化の魔法があるから逃げるのも簡単だろう。案内役にはもってこいだ。
「グズグズするな。早く行くぞ」
「無理やり連れて行ってるじゃ~ん! やだー! 死にたくないー!!」
「頑張れよ! 英雄さんよ!」
「魔王軍なんて蹴散らしちまえ!」
そう言って誰も連れて行かれるマイを助ける者はいなかった。
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