俺が願うのは ―レントside―
俺の両親は会社を経営していた。大きな会社では無かったが、社員は活気に溢れ、社長である父への信頼も厚かった。
しかし、突然ある日を境に次々と優秀な社員たちが退社していってしまった。信頼感のある幹部すらも退社してしまい、次第に会社は回らなくなった。
急な事態に深刻な人員不足を改善することはできず、やがて会社は耐えきることができず倒産した。
後から調べると、この突然の退社ラッシュはとある大企業からの悪質な引き抜きが行われたかららしい。
決して表沙汰になることはなかったが、ウチの会社ではできないような好待遇を条件に転職を持ち掛けられていたとか。
信頼が厚かったとはいえ大企業からの好条件での誘いを断れなかった者、中には弱みを握られて仕方なく誘いを受けた者もいたとか。
それから父は荒れた。大企業なら何をしてもいいのか、ふざけるな。俺がどんな思いでこの会社を立ち上げたと思っているんだ、と口癖のように言い続けていた。
その後、父は自分の中で何か吹っ切れてしまったのか酒・女・ギャンブルにハマることで次々と金を溶かしていき、やがて借金まみれになってしまった。
挙句母親とは離婚。俺は母親の方に付いていくことになる。
離婚後、母親は例の引き抜きを行っていた企業からスカウトされた。
俺もお金がないので高校を中退させられ、その会社で働かさせてもらうことになった。
母は俺を養わなければいけないのでこのスカウトを受けたのだが、入社すると嫌がらせのごとく激務を与えられた。
次第に母は心身ともに疲弊し、激務の仕事と環境の精神的な苦痛に耐えられず首を吊って自殺してしまった。
こうして俺は一人になってしまった。
一人になったところで父はああなり、母は自殺してしまったことで周りは俺を見てみぬふりをして避け、俺のことを誰も助けてくれはしなかった。
会社でも中卒だ、落ちこぼれだなどと馬鹿にされながら働く毎日。
俺は弱かった。ドンドン転落していく人生をただただ受け入れることしかできなかったのだ。
この企業の名前は「サキモリ・グループ」。俺の人生は全てこの企業のせいだ。
俺はサキモリに全てを奪われた。
いつか見返してやる。
俺の強さを見せつけて逆に支配し返してやる。
弱者が踏みにじられることない、俺の理想の世界を作り上げる。
強き者に屈しない、本当の強さを手に入れて。
それが俺の願いだ。
◇ ◇ ◇
神と名乗る男から刺客として異世界というところに来た。
もし、俺の願いが叶うのならばやらない手はない。
それに、この願いに反応して力を与える魔石というものは俺にピッタリだ。あいにく俺は願いの強さには自信があるんでな。
俺は力を手に入れる。魔王だかなんだか知らないが俺の手でなぎ倒す。
現実世界と違うこの世界なら、俺は強者になれるに違いない。
さて、どうやら送られてきた先は1つの村のようだ。少し貧しさを感じるが、これといっておかしなところはない。
それにこの世界に転送されるに連れて服装は変えられている。
これといった特徴的な装飾はないが動きやすい。冒険者の駆け出し装備といったところか。これなら別世界でも服装で違和感はないだろう。
さて、魔王を倒すといえども何をすべきだろうか。まずはこの世界のルールは何なのかを知る必要があるな。
そのへんの奴に聞いてみるか。……そうだな、あの赤いポニーテールの女にしよう。
「おい、話をいいか?」
「え? アタシ?」
話しかけたその女は頭に獣のような耳を付けていた。なんだこれは、ふざけているのか。
「この村のことについて……いや、この世界のことについて教えてほしい」
「あ、お客さんかな? ん? でもこの世界って……?」
「そのまんまの意味だ、俺はこの世界ではない現実世界と呼ばれるところから来た。だからこの世界についてよく知らなくてな」
「またまた~お兄さん冗談が下手くそだよ~。この世界ともう一つ世界? そんなものあるわけないじゃ~ん。愉快なお客さんだな~!」
「…………」
「…………え、マジで?」
「俺は嘘を言った覚えはない」
獣耳の女は固まった。何を言っているんだこいつと思いながらも、真剣な俺の目を見て嘘だと言い切れない、そんな顔をしている。
「え、えーとそうだな……。あ、アタシはマイ! このイージス村に住んでいる獣人だよ!」
獣人。そんなものがあるのか。
確かに現実世界にはいない動物だ。人の形、人の言葉を話す獣とは奇妙な。
「俺はレント、梶宮蓮人だ。この世界はどんな世界だなんだ? なぜ魔王に支配されかけた」
「あっ、そこは知ってるんだ……。魔王に支配されかけているのは勇者が魔王に負けて殺されたから。この村はわりと奥地にある田舎の村だから、まだあんまり魔王軍の被害を受けていないんだよ」
「俺は魔王を倒しに来た。どこに行けば魔王に会える」
「ちょいちょい、それは無理だよお兄さん~。そんな何も持っていないような状態の人が勇者すらも敗れた魔王に太刀打ちできると思う? 無理無理、すぐ殺されちゃうよ」
「ならこの世界で特殊な戦い方などはあるのか? 異世界とやらなんだろ」
「特殊か……魔法とか? その現実世界っていうところにあるのかわからないけど、魔法は適正魔法だった場合それを使える人から施しの儀式をしてもらえばすぐに使えるようになるよ」
「そうか、なら頼む」
「え?」
「?」
「あ、アタシに儀式をやってくれってこと?」
「それ以外に何がある」
「ず、ずうずうしいなぁ……」
マイはしぶしぶ言いながらも施しの儀式を始めた。マイの手から出た光がレントを包み込む。
「うっわ、いきなり適正あったよ」
「これでいいのか……? ……ん?」
頭が勝手に呪文のようなものを理解していた。……なるほど、こうやって魔法という物は覚えるのか。
随分適当かつ楽なもんなんだな。
「今の魔法はすり抜けの魔法だね。アタシは何個か魔法が使えるけど、その中でもこの魔法を使える人はかなりレアだよ。アタシは儀式してもらった人以外にこの魔法を使える人を知らないし」
すり抜けの魔法か。これは戦闘向きではないな。ならば、
「よし、次だ。次を教えろ。まだ何個か魔法を使えると言ったな、全部試してみてくれ」
「本当にずうずうしいな……。まぁ、減るもんじゃないからいいけどさ」
こうしてマイから教えてもらった魔法はすり抜け、火、透明化の3つ。
それから他にいくらか教えてもらい、魔王は魔王城にいるということも教えてもらったが場所までは知らないらしい。
その後、マイは仕事があると言ってどこかへ行ってしまった。
マイと別れた俺は村を歩き回った。
流石に何か武器になるものが欲しい。魔石の力が未だ未知数な分何か持っておきたいところだ。
そんなことを思いながら村を散策していると、村の住人1人が大慌てでみんなに声をかけていた。
「る、ルルシャ村が魔王軍に襲われた!ついにここまで来ちまったぞ!」
「なに!?」 「それは本当か!?」
「おい!早く逃げる準備をするんだ!」 「次はこっちに来てもおかしくないぞ!」
どうやら近くの村が魔王軍に襲われたらしい。
丁度いい、そいつらから魔王城の場所を聞き出すことができるかもしれないな。
村の住民が大慌てで散っていくと、村の上空から火の玉が降ってきた。
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