魔獣との交戦 ―リョウキside―

 シェルターを出てすぐに敵の気配は感じなかったはずだ。

 しかし、先頭を走っていたはずの村の人たち数人かエネルギー波のような何かに吹っ飛ばされた。

 敵……か?


 こちらへ何者かが近づいてくる音が聞こえてきた。この足音には聞き覚えがある、ルナと一緒に空き家へ隠れた時に聞いた足音だ。


「マズイ……! みんな、モンスターが来るぞ!」


 既に数人あのモンスターが発したエネルギー波のようなもので近くの建物まで吹き飛ばされていた。

 吹き飛ばされた先の建物はその衝撃で崩壊し、村の人たちはその下敷きとなってしまった。早くも犠牲者が出た。


「ここは私がなんとか足止めする! みんな、足を止めるな!」


 クロムが足止めしようとモンスターの前に立ちはだかった。しかし、見えてきたモンスターはとても大きく荒々しい狼のような姿をしている。

 間違いなく一人では無理だ。

 俺も何か力になれないか……。そう思った時、魔石が光を取り戻した。

 誰かに教えられたわけではない。なぜか本能的に、あの時の30秒間だけだが身体能力が上がった時の力がまた使えるようになった。それがわかったのだ。

 しかし、一度使ってしまうと連続で使うことはできない。また光が戻らなければ再び使用することはできないことも本能的に理解していた。


「お兄様!【ウォーター】!」


 シャーリィーが水の魔法を使い、空中に水を噴出する。

 そこから間髪入れずにクロムが魔法を使う。


「よし、【ウィンド】!」


 シャーリィーが噴出させた空中の水を風を起こしてまき散らした。

 水といってもそれは魔法の水だ。普通の水と違って威力がある。

 まき散らした水は簡易的な拡散弾となってモンスターを襲う。


『グルゥゥゥ……』


 拡散弾と化した水を受けたことによってモンスターが少し怯んだ。その間に俺とクロム、シャーリィーは距離を取る。

 しかし、怯んだと言ってもほんの少しの間だけ。すぐにこちらを追ってきた。


 モンスターの移動速度はかなり早い。あっという間にこちらとの距離を詰められてしまう。

 モンスターは衝突を恐れずに、全速力のままこちらへ突進してくる。


「マズイ! ぐっ、【バリア】!!」


 咄嗟にクロムがバリアを展開。それと同時にそのモンスターが俺たち3人へと衝突した。

 バリアでいくらか衝撃を防げたが、それでもかなりの衝撃だ。ダメージはないが、俺たちはその衝撃で高く吹っ飛ばされてしまう。


「うぃ……【ウィンド】!」


 俺は落ちる寸前に風の魔法を使い、それをクッション代わりにして落ちる衝撃を回避する。

 吹き飛ばされはしたが俺たち3人に外傷は無し。しかし、かなり吹っ飛ばされてしまったので他の逃げている人たちとはぐれてしまった。

 それに、大きな音を出してしまったので他の魔王軍にバレた可能性が高い。ハンクスを襲った弓使いの集団がこちらに向かってきていてもおかしくないはずだ。


「ぐっ……、しょうがない……。我々は我々で行動してみんなには頑張って逃げてもらうしか……」


『キャアアアアアアアアアアアアア』


「……ッ!」


 その瞬間悲鳴が聞こえた。聞こえたのは村の人たちが逃げていた方向だ。

 あぁ……最悪だ。またしても罪のない人たちが命を落とすことになった。

 助けようにも自分に力が無い。どうすることもできない。


「………ッ。行こうシャーリィー、リョウキ殿……!」


 俯いていたクロムが立ち上がった。彼は唇を噛み締め悔しさに体を震わせている。

 シェルターを仕切っていた者として、村の人たちを救えなかった悔しさを滲ませているのだろう。

 しかし、立ち止まっている暇はない。すぐに敵の増援が来る。

 妹だけはなんとしてでも守り切る、その決意がクロムの背中からは読み取ることができた。


 「かなり吹っ飛ばされたのが幸いしたのか、モンスターがこちらを見つけるまでに時間ができた。今のうち移動しよう」


 「はい、……っと!」


 移動を始めてすぐに弓矢が飛んできた。先ほどの音を聞いた弓使いたちが集まってきたのだ。

 しかし、こちらは弓矢が飛んでくることは想定済み。俺たちの周りをクロムがバリアを張っている。

 ハンクスを襲ったように降り注ぐ弓矢は弾かれて地面へと落ちていく。


「……そうだ。【ウィンド】」


 俺は機転を利かせ、風の魔法で弓矢を元の来た方向へ打ち返した。今飛んできている弓矢だけでなく、既に地面に落ちた弓矢も再利用。逆にこちらが弓矢の雨を起こす。


 これがある程度の牽制になったのか、弓矢が飛んでこなくなった。

 今のうちに移動を続ける。敵を倒し切る必要はない、今はこの村から脱出することが最優先だ。

 

 そのまま移動していると、突如前方の建物が音を立てて吹き飛んだ。

 さっきのモンスターが建物を突き破り前方から追ってきたのだ。モンスターの顔には血のようなものがこびりついており、それは先ほどの悲鳴と合わせて村の人たちが犠牲になってしまったことを意味していた。

 モンスターはこちらに気付き再び猛スピードで突進して来る。


 先ほどと同じ手は通用しないかもしれない。通用したとしてもまた吹き飛ばされて入口から遠ざかってしまうだけだ。バリアでは解決にならない。

 すなわち、ここが魔石の力の使いどころだ。


 魔石が光る。ルナを助けた時のように光がそのまま身体中へ広がっていく。

 発動する前より格段に己の力が増したのが自分でもわかった。

 制限時間は30秒。その間にこのモンスターを撃退し、クロムとシャーリィーを逃がす。

 よし、行くぞ。


「クロム、シャーリィー、俺を気にせず入口を目指してくれ! 俺がなんとかする!」


「何をするつもりですか!?」


「どうにかするんだよ! モンスターを退かしたらまっすぐ入口まで走れ!」



 開始。

 突進してきたモンスターを受け止める。大丈夫、あれほど大きかった衝撃でも受け止められている。モンスターの顔を掴み、後ろへ投げ飛ばす。 

 その隙にクロムたちは入口へと走り始めた。


 5秒。

 そのまま拳をモンスターに叩き込む。モンスターが後ろに吹き飛んだ。

 10秒。

 

「【ウィンド】」

 

 風を自分の足に纏わせ、身体能力強化と併せ軽く空を飛ぶように滑空した。

 これで一気に距離を詰め、

 17秒。

 そのまま風を纏った足で空中からモンスターに飛び蹴りを加えた。手応えがある、これは流石にモンスターも効いたはずだ。

 22秒。

 最後にもう一回拳を叩き込む。これも風の魔法で腕に風を纏わせ、勢いをつけた重い一撃になっているはず。

 28秒。

 魔石による強化が切れる。急いで距離を取り、クロムとシャーリィーを追いかけた。

 身体から光が消え、魔石からも光が消えた。またこれでしばらくこの力は使えない。


 なんとか撃退することはできた。この力は俺の切り札だったため、俺にこれ以上の仕事はできない。

 それでも、逃げ切るくらいの時間を作ることはできた。

 後はルナの元へ3人で戻るだけ……、


「な、なんの音だ……?」


 凄まじい勢いで走る音が後ろから聞こえてきた。

 まさか、確かに手応えはあったはず。追いかけてくるにもしばらく動けないくらいのダメージを与えたはずだ。

 後ろを振り向くと、モンスターはさっきよりも勢いを増しながら一心不乱にこちらへ突進してきている。

 俺は既に魔石の力を使っており、風の魔法もそんなに高く飛ぶことはできない。ならば風を起こして食い止める? 無理だ、そもそも風でどうにかなるようなスピードではない。


 万事休す。そんな言葉が頭の中をよぎった。

 その時、


『グガアァァァ……』


「はっ……?」


 モンスターの迫る音が大きな地面が割れるほどの音と共にしなくなった。

 大きな衝撃が俺の背後で起きたのだ。何だ、何が起こったんだ……?


 振り向くと一人の男がそのモンスターの上に立っていた。剣を持った男だ。

 モンスターは完全に静止し、動きが止まっている。


「…………貴様、こっちに来ていたのか」


「お、お前はあの時の……!」



 そこに立っていたのは、あの時俺と一緒に白い服の男にこの世界へ連れて来られたもう一人の男。

 赤い魔石を渡された現実世界からのもう一人の刺客だった。


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