祭木のシェルター ―リョウキside―
俺はルナから教えてもらった祭木の方向へと走っていた。
走っているとはいっても物陰から物陰へと移動しながらなため、少しずつ慎重に進んでいる。
ルナを意識して移動しなくて済んでいるので多少大胆に進むも敵に悟られた気配はない。
ハンクスが一瞬にして他方から集中攻撃を受けた以上、一度交戦してしまうと敵は一人だけと考えない方がいい。遭遇してしまったが最後だ。
「気配なし。よし、祭木とはあれのことかな」
なんとか敵と遭遇することなく大きな樹が視界に入った。おそらくあれが祭木だろう。
周りには敵はいない、チャンスだ。
「で、シェルターというのはどこに……?」
着いたのはいいがシェルターがどこにあるのかわからない。祭木の傍とは聞いたもののそれらしき入口がない。
何かで隠されているのだろうか。とりあえず今のうちに祭木の周辺を探ってみることにした。
『祭木はとても大きな大樹でこの村のシンボル。この樹が枯れる時、それは村の死を意味する』と看板に説明に書いてある。
この看板を見ながらふと見た樹の根元に違和感を感じた。空間が歪んでいるような不思議な感覚を。
「なんか、あそこ揺らいでないか……?」
もしかしたらと感じ、その樹の根元の一部分へと向かう。この部分だけ揺らいでおり他の部分と比べると違いは一目瞭然だった。
手を触れてみると、なんと樹の感触は無く、手は通り抜けてしまった。
今度は体ごと入ってみる。すると、そこは一つの大きな地下室に繋がっていた。
そこは簡単な地下施設といった感じで、小さなマンションのフロアのような感じになっている。
「ここか、シェルターって……」
とりあえず中に入って奥へ進んでみる。ハンクスが言うには生き残りは数人、その中にはルナの友達のシャーリィーがいるはず。
この近辺に敵がいなかった以上、今が逃げるチャンスかもしれない。それを伝えなければ。
「ん? あなたは……?」
少し進んでみるとドアの前に一人の男性がいた。この村の人に違いない。
「あぁ、この村ではないところからやって来た者です。えーと、皆さんの救援に……」
「救援ですと? ここがわかったということは敵ではなさそうですが、あなたはいったい?」
「俺はリョウキといいます。ハンクスさんにここを教えられて来ました」
「ハンクスさんと会ったのですか。ということは良かった、まだ村には人が残っていたんですね。それで、ハンクスさんは?」
「あ、それは……」
思わず俺は顔を伏せてしまった。その意味を察したのかこの男性もその先は聞き出してはこない。
「そう……か。わかった。あぁ、すまない中へ案内しよう」
そう言って男性はドアの中へと案内してくれた。
おそらくこの部屋はこの地下室の中で一番大きな部屋だ。中には数人の村人がいる。
「申し遅れました。私の名前はクロム。この村の者です。ここに入ってくる時に樹の一部分が揺らいでいたでしょう? あれは私のバリア系魔法の一種で、ここが害敵にわからないようにしているのです。余程近くに寄らなければ認識できないでしょう」
この付近に敵がいなかったのも、もうこの近くには住人がいないと魔王軍に判断されたからかもしれない。
現に軍勢が集中していたであろう村の奥地はここと真逆のところだ。
「あ、お兄様! あれ、この方は……?」
「この方はリョウキ殿だ。まだ村に残っていた」
クロムに寄ってきたのは金髪の女の子。もしかして彼女がルナの言っていたシャーリィーだろうか。
「妹さんですか?」
「はい。妹は魔王軍に攻め込まれた時に偶然この辺りにいて素早く逃げ込むことができまして無事だったのです」
「シャーリィーと申します。クロムの妹です。よろしくお願いしますリョウキ様」
「よろしくシャーリィー。ルナも心配していたよ」
「ルナを知っているのですか?」
「ああ、ルナも無事だ。今はこの村の外で俺たちを待っている」
「そうですか、良かった……」
どうやらこのシェルターを仕切っているのはクロムらしいので、今までの事情を全て話した。
ルルシャ村が攻め込まれたこと、ルナを助けたこと、この村に来た理由、ハンクスが魔王軍の手にかかってしまったこと。俺が知っていること全てを彼らに話した。
いくらバリア魔法で見えないように隠していると言ってもそれは魔法だ。使用者は次第に疲弊していくためずっと使い続けることはできない。
このカモフラージュの魔法は消費が少ないらしいが、それでも限度はあるだろう。
その魔法が無ければこのシェルターは裸も同然。いずれは隙を見てこの村から逃げないといけなかった。
「そうだ。クロムさん、俺に魔法を教えてくれませんか? 適正を知りたいのですが、まだ人に出会えなくて」
「ええ、構いませんよ。魔法を覚えると護身にもなりますからね。私はバリア系統の魔法と風の魔法を使えます」
「私は水の魔法を使えます。リョウキ様はまだ魔法を使えないのですか?」
「ルナから状態異常の魔法を教えてもらおうとしたけど適正がなかったんだ」
「では、バリア魔法からいきましょうか」
クロムに手をかざしてもらう。しかし、その手から出る光は俺を包み込まない。適正無しだ。
次に風の魔法だ。今度は光がリョウキへと移り包み込んだ。適正有りだ。
「私と同じ風の魔法を使えますね。これは移動にも使えて便利な魔法ですよ」
自然と脳内に魔法を使うための呪文が浮かんでくる。魔法とは便利なもので、その人のスキルによって脳が勝手に呪文を覚えていく。
少し不気味ではあるが、自身のスキルを上げれば勝手に上級魔法を覚えていったりするのだろう。
「次は私の水の魔法ですね。……うーん、適正はないみたいですね」
水の魔法は適正無し。
「やっと適正魔法がわかりました。二人ともありがとうございます」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです」
これで俺も魔法を使えるようになった。
今でも信じられないが、本当にファンタジーの世界にやって来てしまったのだと痛感してしまう。
クロムが生き残った村の人たちを集めた。このままずっとシェルターにいるわけにはいかない。いつかはここを出ないといけないと伝えるためだ。
俺がここに来る際に敵と遭遇しなかったということは、今がチャンスの可能性が高い。このチャンスを理由し、一気にこの村を脱出することになった。
村の生き残りはクロムとシャーリィーを含めて10人ちょっと。大人数の移動にはならないので逃げ切ることができるかもしれない。
「よし、みんな行こう」
その声と共にクロムがバリア魔法を解く。そして急いで村の人たちと移動を開始した。
こちらの戦力はほぼ無いと言っていい。魔王軍と遭遇してしまうと壊滅は避けられない。
まだ俺が来てからあまり経っていないし、村の入り口まではなんだかんだ辿り着けたりするのではないか。と、俺は安易な考えを持っていた。
生き残った村の人たちと会えたことで、どこか安心してしまっていたのだろう。
しかし、俺は忘れていた。あの時に徘徊していた獣のような唸り声のモンスターの存在を。
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