攻め込まれたヘイズ村 ―リョウキside―
ヘイズ村の入り口へと着いたが、周囲に敵の気配はなかった。できる限り戦闘は避けたいのでありがたい。
「まずは友達の様子を見に行こう。ルナ、その友達の家に行くにはどう行けばいい?」
「ここからだと少し奥の方になります。えーと……あ、あっちの煙が出ているあたりです。そこを右に曲がってください」
「よし、わかった。それと、その友達の……シャーリィーさんだっけ? その子の容姿や特徴を教えてほしいかな」
「はい。髪は長くて金色、目は薄い青の女の子です。後、かわいいですよ」
なるほど。金髪美少女ね。わかりやすくて助かる。
「よし、行こう」
俺たちはヘイズ村に入り、シャーリィーの家を目指して歩みを進めた。
家などの物陰を利用し、なるべく敵に気付かれないように進んで行く。ルルシャ村のように全体的に建物が崩壊していないので、隠れる場所自体はたくさんある。
息を潜めて忍び足で進んで行くので、気分はまるで泥棒のようだ。
「ん……? ルナこっちだ、隠れろ!」
「えっ!?」
何かが近づいてきた音が聞こえたので、咄嗟に火災が起きていない家の中へと隠れた。
魔王軍と鉢合わせた場合戦闘は避けられないだろう。ルナを連れている以上、それは絶対に避けたい手前慎重に進んでいく必要があった。
おそらく、何者かが近くまでやってきている。ここはこの家に隠れてやり過ごそう。
「随分大きな足音だな……」
「もがもが」
足音と共に獣のような唸り声が聞こえる。いわゆる魔獣と呼ばれたりするモンスターの類だろうか。まだモンスターと呼ばれるものを見たことがないので断定はできないが。
ルナの口を抑え自分も息を潜め声を殺す。
「………………」
足音の発生源が遠くにいったのでルナの口から手を離した。ぷはっ、とルナは大きく息を吸い込む。
どうやら無事にやり過ごせたらしい。移動するにも細心の注意を払わなければいけなさそうだ。
「い、行きましたかね……?」
「おそらくね。でもマズイな、おそらく足音の主が向かった方向は俺たちの目的地と同じ方向だ」
「そ、そんな……」
「このまま行ったら鉢合わせてしまうかな……」
足音から推測するにおそらく四足歩行のモンスター。大きな犬や狼のような感じだろうか。
今の俺たちでは遭遇してしまったらそこでおしまいだ。
「そうだ、この家に何か武器になるような物はないかな。勝手に取るのは気が引けるけど、丸腰でいるよりかはマシになるだろうし」
「そうですね、急いで探してみましょうか」
俺とルナは隠れた家に何か武器になるものはないかと探し始めた。
銃や剣といかずともナイフでもなんでもいい。丸腰より100倍マシになる。
しかし、普通の農家の家だったのか出てくるものは農具ばかり。武器になりそうなのは大きくかさばる物ばかりで持っていくことは難しそうだ。
「食事用のナイフならありましたけど…」
「他には何もないな……。まぁいいや、これでもないよりいいし」
「5本あるし、2本はルナが持っていてくれ。状態異常の魔法を使えば効果付きのナイフとか飛び道具になるかもしれないからさ」
「なるほど! そうですね、わかりました」
俺が3本。ルナが2本。食事用のナイフだが、これで丸腰ではなくなった。
何かに役に立ってくれるかもしれない。
「周りに気配なし。よし、行こうルナ」
なるべく音を立てないようにドアを開けて、素早く移動を開始する。
気配もなければ足音もしない、これなら敵と遭遇せずにシャーリィーの家付近まで行けるかもしれない。
と、思ったその時だった。
空気を切る音が左上の方向から聞こえた。
「ッ!!」
間一髪で避けることができたが、足元に弓矢が飛んできたのだ。
敵に存在を察知された可能性が高い。すぐにルナの手を引いて裏路地へと隠れる。
「だ、大丈夫ですかリョウキさん!」
「うん、当たってないから大丈夫。くそ、これじゃあ今使っていた道は使えないな……、この先の裏道から回り込むことってできる?」
「は、はい。少し遠回りになりますけど大丈夫です!」
「よし、それじゃ……」
「そこまでだ」
そう言って腰を上げた瞬間、俺の頭に銃が突きつけられた。2人して今来た道の方角に頭を向けていたので、背後から迫る気配に気づかなかったのだ。
さっきの弓を放った奴か? ここまで接近されていたのだとしたらここまでか……。
「ぐっ……」
「貴様、魔王軍の者だな。覚悟しろ」
「え……? 魔王軍?」
「あ、ハンクスさんじゃないですか!」
ルナはこの人を知っているらしい。ということは敵ではないのか?
「ん? あぁ、ルナじゃねぇか。なんでここにいるんだ?」
「それより銃を下げてください! この人は勇者様なんですよ!」
初対面でこの人は勇者ですって紹介されるとちょっと恥ずかしい、できればやめてほしいよルナ。めちゃくちゃすごい人だって勘違いされたらどうするんだ。
そんなことより、どうやらこの人は悪い人ではないようだ。
「勇者……? すまねぇ、見ねぇ顔だからてっきり魔王軍の者だと思ってな」
そう言って男は銃を下した。仮にこの人が敵だった場合俺の物語はそこで終わりを告げられていた可能性が高い。
ルナを連れていなかった場合、そのまま勘違いされて頭を撃ち抜かれていてもおかしくなかったかもしれない。
「リョウキといいます。この村の方でしょうか?」
「あぁ、俺はハンクス。このヘイズ村の者だ。お前らここで何をしている? こっちは魔王軍が攻め込んできて大変なんだ」
「まだ村に生き残っている人がいないかと思って。戦うことはできなくても逃がすことくらいはできないかと……」
「随分と命知らずな奴だな。この村の人間はもうほとんど殺されちまったよ。生き残っているのは俺とシェルターに隠れている数人だけだ。逃げ遅れた奴らはみんなやられちまった」
「そう、ですか……」
ルルシャ村のように全滅とはいかなくても既に多くの人たちの命が奪われてしまっていた。
どうやら何人かはシェルターと呼ばれている場所へ避難しているようで、無事ではあるみたいだが。
「あの、シャーリィーは……」
「シャーリィーならシェルターにいるぞ。たまたまあの付近で遊んでいたらしくてな、すぐ逃げ込むことができたんだとさ」
「ほ、本当ですか……!良かった……」
どうやらルナの友達であるシャーリィーは無事らしい。これでルナも少しは安心できたはずだ。
だが、問題はどうやって村から逃げるか。
今は一カ所に集中しているようだが、どこから敵が現れるかもわからない状況だ。
「俺はもう生き残ってる奴がいないか確認しに来たわけだが、お前らを見つけちまったわけでな。まさかこの状態の村に入ってくる奴がいるとはなぁ……。よし、ならシェルターに向かうか」
そう言ってハンクスは俺たちが来た道の方へ出ていく。
いけない、そっちは敵に見つかった方の道だ。
「ハンクスさん、そっちは!」
ハンクスが道へ出てすぐに弓矢が飛んできた。その弓矢は容赦なくハンクスの肩に突き刺さる。
「ぐはっ……!?」
「ハンクスさん! あっ……!」
その後も援軍が来たのだろうか、1本だけでなく無数の矢が飛んできた。容赦のない矢の雨は次々とハンクスを襲い体中に突き刺さっていく。
やがて、立つことすらできなくなったハンクスはその場に倒れ込んだ。
「がっ、はっ……あ…………っ……」
俺とルナは見てるだけで助けに出ることもできなかった。今俺たちが飛び出しても雨のように降り注ぐ弓矢の餌食になるだけ。
たった今出会った人の命が目の前で奪われようとしていのにどうすることもできない。
「あっ……ぐぅ……お前ら、……シェル……ぐはっ……-は祭木の傍にああっ……るっ……い、行くんだ……俺に、かま……わずっ!」
ハンクスは矢に打たれながらも決死の思いで言葉を絞り出し、俺たちにシェルターの場所を教えてくれた。
ここまで矢の餌食になってしまうともう助からない。敵が自分に集中しているうちに移動しろというハンクスの遺言だ。
「…………ルナ、祭木がどこにあるかわかるか?」
「は、はい……。ここから真逆の方向ですけど」
「敵が今ハンクスに集中しているんだ。今のうちに裏から回り込むぞ」
「で、でも……!」
「生き残っている人たちを助けに行くんだ! ハンクスが行けと言っている、いいから行くぞ!!」
ルナの手を半ば無理やり引いて裏の道へ走る。
握ったルナの手はひどく震えていた。ルルシャ村でも襲われた時は地下室にいたので、直接誰かが殺される姿なんて初めて見たに違いない。
俺だって怖いし、助けることのできない自分にもどかしさを感じる。
いくら俺に魔石の力があったとしても、この状況をどうにかすることなんてできないことぐらいわかる。
ルルシャ村の時のような怪力を発揮したところでこの状況を打破することはできないだろう。
まさかハンクスが俺たちが来た道へ出て行ってしまうとは思っていなかったし、先に言っておけば良かったと後悔してしまう。
襲われている人1人助けられず何が勇者様だ。
勇者ならあそこに割って入ってなんとかするもんだろ。
結局は大を取り小を見捨てるただの現実主義者なんだよ、俺は……。
再び村の入り口へ戻ってくることができた。ここまで来れば敵に襲われる心配はないだろう。
ハンクスの犠牲のおかげか、道中的に気付かれることもなかった。
「ハンクスさん……そんな……」
ルナはまだパニック状態のままだ。無理やり引っ張ってきたわけだが彼女には戦う力があるわけではない。か弱い1人の少女なんだ。
これ以上連れて行くのはよくないな。
「ルナ、やっぱり村の外で待っているんだ。俺は今みたいに襲われたらどうすることもできない。ハンクスがやられるところだってただ見てることしかできなかったんだ。勇者でもなんでもない、君を守ることなんてできないかもしれない」
「リョウキさん……私は……」
「祭木の方向さえ教えてくれれば後は俺がなんとかするよ。……大丈夫だって、必ず戻ってくるから」
「でも…………」
「俺は君までも失いたくないんだ」
「……」
ルナはまだ震えていた。この状態のルナを連れていくのは危険すぎる。
何かあってからでは遅いんだ。
「わかりました……。私が行ってもリョウキさんの足手まといになるだけでしょうし」
「でも、忘れないでください。リョウキさんがどう思おうと私にとってリョウキさんが勇者であることに変わりはないんです。救える命ともう救えない命の差ぐらい私にだってわかります。先ほどのあなたの判断は間違っていません」
涙目になりながらも真剣に俺が勇者であることを訴えるルナ。
そのあまりにもまっすぐ俺に向けられた瞳は俺の心を揺さぶるに充分だった。俺は彼女の思いが込められている視線に耐えられず、村の方向へと振り返って背を向けてしまう。
「…………祭木の方向は?」
「入って左です。……私はここで帰りをお待ちしています。勇者様」
「ああ……行ってくる」
そう言って一歩目を踏み出したところで俺は足を止めた。
行く前にどうしてもルナに一つだけ聞いておきたいことがあったからだ。
「ルナ、勇者っていうのはどんな奴のことを言うんだ?」
「その人の希望です。この人なら私を救ってくれるに違いないと信じた、自分の希望を託せるような方です」
「…………そうか」
彼女が勇者に拘る意味がなんとなくわかった気がした。俺にどのような目線を向けているかもなんとなく。
時間はあまりない。ルナの答えを聞いてすぐに祭木のある方向へ走り出した。
ルナは近くの茂みに身を隠し、リョウキの帰りを待つことにした。
彼女にとっての勇者の帰りを。
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