勇者が敗北した世界 ―リョウキside―

 地下室から出たが、魔王軍が村に戻って来たりはしていなかった。

 この荒廃した村にいても始まらないので、ルナをどこか安全な村にでも連れて行かなければいけない。


「ルナ、この村の周りに他の村はあったりする?」


「ルルシャ村からですと……ヘイズ村かイービス村でしょうか。あ、ルルシャ村というのはこの村のことです。こんなことになっちゃってますけど……」


 ルナの表情は悲しみに包まれている。

 ルナはこの村が攻め込まれてから今初めて外に出たのだ。今まで当たり前だった日常が突如壊され、変わり果てた村の姿を見てショックを受けないはずがない。

 彼女の頬からは涙がしたたり落ちていた。


「お前は地下室でじっとしていろ……、それが両親からの最後の言葉になってしまいました。その後、近くで大きな音がしたので様子を見てみようと外に出ようとしたのですが扉が開かなくて……」


 大きな音とは家が崩れた音だろうか。結果的に閉じ込められたわけだが、その時彼女が外に出てしまった場合どうなっていたか想像するに容易い。

 生き埋めにされたのが幸いするとはなんとも皮肉なものだ。


「とりあえず村を出よう、近くに他の村があるならそこを目指す。俺はこの辺に詳しくないから色々と教えてもらってもいいかな?」


「はい、わかりました。そうですね、ここからだとヘイズ村のほうが近いですかね」


 その村も魔王軍に襲われている可能性は高い。小さな村の場合、抵抗する術も持ち合わせていないだろうからこの村のように一方的に蹂躙され滅ぼされてしまうだろう。

 だが、今ここでじっとしているわけにもいかなかった。


「あ、すみません。ちょっといいですか」


 ルルシャ村を出る際に、ルナは村に向かって一礼をした。


「今まで……ありがとうございました。お母さん、お父さん、そして村のみんな……」


 ルナの目には大粒の涙が浮かんでいる。

 正直、この村の惨状を知ったらもっとパニックになるのかと思っていたがそれは違った。

 弱い自分を表に出そうとせず、グッとこらえている。

 歳は俺より少し下の……17歳ぐらいだろうか。年齢以上に彼女は強かった。


「すみませんでした、もう大丈夫です……」


 ルナは涙が溜まった目をゴシゴシとこすり何事もなかったかのようにこちらへ振り返った。

 なんとしてでも彼女をどこか安全な町や村に送り届けなければ。

 魔王討伐を目的とする俺と一緒にいたら巻き込んでしまうに違いないだろう。

 これ以上彼女を悲しい目に合わせることはしたくない。


「……ルナ、聞いてくれ。俺の目的は魔王を倒すことなんだ。君を巻き込むわけにもいかないし、まずは安全な場所へ君を……」


「安全な場所なんてもうないと思いますよ」


「え……?」


 こういった世界には勇者や冒険者がいて、その人たちが町に集まって戦力を固めていたりするものだと思っていた。

 ギルドやパーティがあり、武器もその町で調達出来たりすることが可能なのがこういう世界のお決まりのはず。そこへ連れていけば少しは安全だと思っていたわけだが……。


「少し前ですが、勢力を増す魔王軍に立ち向かった勇者と呼ばれている冒険者がいました。勇者様は仲間たちと共に数々のモンスターや魔王幹部を倒し、人々の希望となっていたのです。しかし、勇者様は魔王軍の本拠地である魔王城を発見し、魔王討伐へと向かったのですが……」


 そこまで言うとルナは黙り込んでしまった。

 なんということだ。この世界は既に勇者と呼ばれる者が敗北している世界だったのだ。

 勇者が死ねば魔王に対抗できる者はいなくなる。世界が魔王に支配されかけているのも納得がいく。


「ルナ、ありがとう。俺は何も知らなくてさ……辛い話を思い出させてごめん。でも、俺に色々なことを教えてほしいんだ。この世界の事を」


「この世界のこと、ですか……?」


「ああ、俺はこの世界とは違う世界から来たんだ。魔王を倒すために」


「だ、ダメです! 魔王を倒すなんて無理です! あの勇者様だって魔王は倒せなかったんですよ!?」


「ああ、そうみたいだね。そんなことが起こっている世界だなんて知らなかったんだ。でも、それが俺に与えられた使命だから」


「リョウキさん……あなたはいったい……」


「ルナと同じ人間だよ。特別な力が特に備わっているわけでもない。でも、俺は助けることのできる人がいるなら全員助けたいんだ。さっきだって君を助けたいと強く思ったら助けることができた。あの瓦礫を退かしてね」


 そう言って先ほどまで地下室の入り口を塞いでいた瓦礫を指差す。

 ルナは目を疑った。あの大きな塊のような瓦礫を一人で動かしたのかと。とても一人で退かすことができそうな瓦礫ではないのにと。


「それは特別な力……ではないのですか……?」


「あぁ、この石が俺の強い思いに反応してそれ相応の力を与えるみたいなんだ。でも、他は何もない。早く走ることもできなければ高く飛ぶこともできない。魔法だって使えないはずだ。その場にならないとただのごく普通な人間だよ」


 実際に存在するか知らないが、魔王が存在する世界なら魔法ぐらいあってもおかしくはないだろう。

 武器はないし、まともに扱えるかもわからない。魔法は存在すらわからない。スペックは普通の人間と変わらない。それでどうやって魔王を倒すのかと笑われてもおかしくない話だ。


 ……でも、あの時白い服の男は言った。強い願いがお前たちのこれ以上ない武器だと。

 瓦礫を退かした時もこれが本当に自分の力なのかと疑いたくなるほど簡単に退かすことができた。俺が強い願いを持ち続ければこの世界の勇者にできなかったことだって可能になるかもしれない。


「俺が一緒にいるうちは必ず君を守る。俺がそう思い続ければこの石が力をくれるかもしれない。」


 ルナはそう語る俺をじっと見つめた。

 先ほどまでの絶望に染まった顔ではなく、少し生気の戻った顔で。


「……本当の勇者様はリョウキさんなのかもしれませんね」


「俺は勇者なんて柄ではないよ?」


「いいえ、私は勇者様のことは話で聞いただけで直接会ったことも、ましてや顔すらも知りません。ですが、リョウキさんは閉じ込められて死を待つだけだった私を助けてくれました。私にとっての勇者様はリョウキさん、あなたなんですよ」


 勇者なんて言われて悪い気はしないけども、そんな言葉俺には似合わない。俺は救える命があるならそれを救いたい、ただそれだけの人間なんだ。

 俺は昔を引きずり続けているある意味呪われた男。もうあの時みたいに後悔なんてしたくないと思ってそう思い続けているだけ。


「違う世界から魔王を倒しに来たってことは本当の勇者様に違いないです。不思議な力で魔王を倒しに行く勇者様……。そんな勇者様に救われた私……。もしかして、このまま勇者様の付き人となって一緒に冒険して世界を救う勇者の仲間の1人に……!?」


 なぜか俺の出身を聞いたらルナのテンションが上がってきてよく喋るようになってきたような……?みるみる顔色が良くなっていく。

 まあ、これが本当の彼女なのかもしれない。少しずつでも精神状態が回復してきたようならなによりだ。

 しかし、なぜか勇者に拘っている気がするのだが……?


「あはは……。さて、とりあえずヘイズ村に向かおうか。道案内してもらえるかな?」


「………ハッ! はい、わかりました。ヘイズ村には私の友達のシャーリィーが住んでいます。ルルシャ村よりかは大きな村なのですが、無事なのかはちょっとわかりませんね……」


「とりあえず行ってみるしかないか」



 俺とルナはルルシャ村を出た。攻め込まれた後の状態だったが、こんな中でも俺は一人の命を救うことができた。

 この村が襲われたのなら周りの村もきっと……。そんな考えが頭の中をよぎったが、ルナの友達がいる村なんだ。彼女を心配させてしまうような発言は控えようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る